こう生きたいは見つかった。でも帰る勇気はなかった。
もう私の1回目のワーキングホリデービザは期限が切れている。
今さらこの話を書くのも少し不思議な気がするけれど、なぜ私がカナダのワーホリ2年目を選んだのかを残しておきたいと思った。
2025年からカナダのワーキングホリデーが2回利用できるようになった。
制度が変わったと知った時、私はとりあえず申請だけしておこうと思った。
その頃は、
「使わなければ使わなくていいし」
「やっぱり残りたいと思ったら残ればいい」
そんな軽い気持ちだった。
正直、本当に2年目を使うことになるとは思っていなかった。
でも、1回目のビザの期限が近づいてきた頃、私は日本に帰る決断ができずにいた。
"正解"を探すのをやめてみた
ワーホリに来た時の私は、かなり迷子だった。
看護師として働き続けるのか。
別の仕事に挑戦するのか。
自分は何がしたいのか。
そんなことばかり考えていた。
海外に出れば何か答えが見つかるかもしれない。
そんな期待も少しあったと思う。
実際にカナダで1年過ごしてみても、明確な答えは見つからなかった。
将来やりたい仕事も決まっていない。
帰国後のキャリアも見えていない。
でも、何も得られなかったわけではなかった。
カナダに来て驚いたのは、40代や50代で学校に通っている人が普通にいることだった。
日本にいた頃の私は、「もう30代になるんだから」と勝手に焦っていた。
でもこっちでは、キャリアチェンジをする人も珍しくない。
その姿を見ているうちに、「人生ってそんなに急いで決めなくてもいいのかもしれない」と思うようになった。
日本にいた頃の私は、「看護師なんだから」とか「もう30代になるんだから」とか、自分で勝手に制限を作っていた。
今思えば、「こうあるべき」に縛られていたのかもしれない。
カナダで暮らす中で、少しずつ肩の力が抜けていった。
仕事の答えは見つからなかったけれど、こう生きたいという価値観は見つかった気がしていた。
「帰る」という選択だけができなかった
ビザの期限が近づくにつれて、帰国のことを考える時間が増えた。
でも、航空券を調べても予約する気になれなかった。
こう生きたいという感覚は見つかった。
「帰ったらどうするの?」
その答えを私はまだ持っていなかった。
日本に帰ったらどうするんだろう。
また看護師として働くんだろうか。看護師なんだから看護師をしなきゃいけないんじゃないか。
年齢的にもそろそろ落ち着かなきゃいけないんじゃないか。
でも正直、自信がなかった。
あんなに頑張って看護師をしてきたのに、"また戻りたい"とは思えなかった。7年以上続けてきた仕事なのに、なぜだろう。自分でもうまく説明できなかった。
そんな「こうしなければならない」が、少しずつ自分の中に戻ってくる気がした。
もちろん、それが悪いことだとは思わない。
実際にその価値観の中で頑張っている人もたくさんいる。
でも当時の私は、自分が本当にどう生きたいのかをもう少し考えたかった。
世間体や周りの期待ではなく、自分自身の気持ちを優先してみたかった。
だから日本に帰るのではなく、もう少しだけ海外で自分の人生と向き合うことを選んだ。
メンタルヘルスも、メジャーリーグも諦めきれなかった
そんな時、トロントでメンタルヘルスについて学べるオンライン研修を見つけた。
もともと精神科看護の経験があり、メンタルヘルスやカウンセリングには興味があった。
「カナダのメンタルヘルスについて学んでみたい」
そう思えたことは、カナダに残る理由の一つになった。
将来への迷いもあった。
メンタルヘルスを学びたい気持ちもあった。
カナダで出会った価値観をもう少し味わっていたい気持ちもあった。
あと、これは少し恥ずかしい理由なんだけど。
私はまだメジャーリーグを見ていたかった。
人生のことを真面目に考えていた一方で、
「まだブルージェイズを見たい」
「スプリングトレーニングにもう一度行きたい」
「他のメジャーリーグ球場にも行きたい」
なんてことも考えていた。
でも今振り返ると、それも立派な理由だったと思う。
人生の大きな決断って、案外そんなものなのかもしれない。
悔しくて泣いた日も、孤独だった日もあった
誤解されたくないのは、カナダ生活が楽しいことばかりだったわけではないということ。
仕事探しに苦労したこともあった。
英語が聞き取れなくて会話に入れない。
自分の言いたいことが伝えられない。
周りは楽しそうに話しているのに、自分だけ置いていかれている気がする。
英語ができなくて、自分の気持ちをうまく伝えられずに悔しい思いをしたことも何度もあった。
家に帰ってから、一人で泣いたこともあった。
周りは楽しそうに見えるのに、自分だけが前に進めていないような気がして、孤独に悩んだこともあった。
物価は高いし、経済的にも決して楽ではなかった。
むしろ、楽しかった思い出よりも苦しかった思い出の方が多いかもしれない。
それでも、生きやすさという意味ではカナダの方が私には合っていた。
人と違っていてもいい。
遠回りしてもいい。
人生の答えがまだ出ていなくてもいい。
カナダで出会った人たちは、それぞれが自分なりの人生を生きていた。
その姿を見ているうちに、私も少しずつ肩の力を抜いて生きられるようになった気がする。
だから私は、もう少しだけここで自分の人生と向き合ってみたいと思った。
「もう1年あれば何か見つかる」と思っていた
そして気づけば、2回目のワーキングホリデービザも残り4か月を切った。
あの時は、
「もう1年あれば何か見つかるかもしれない」
と思っていた。
でも正直に言うと、今もまだ人生の答えは出ていない。笑
ただ、一つだけ言えることがある。
私はあの時、ワーホリ2回目を選んだことを後悔したことはない。
この1年8ヶ月で出会った人たち。
悩みながらも積み重ねてきた経験。
そして、自分の中で少しずつ変わっていった価値観。
それらはきっと、日本にいたままでは得られなかったものだと思う。
ワーホリ2年目は、海外生活を続けるための1年ではなかった。
私にとっては、自分の人生と向き合うための時間だった。
日本に帰ってからも悩むと思う。
それでも、あの時の私は「もう少しだけカナダにいたい」と思った。
だから2回目を選んだ。
その選択は間違っていなかったと思う。
そして今もまだ、その答えを探している。
残り4か月で見つかるかはわからないけど。笑
