終わらない時代 第35話
『それでも、前へ』
リンは、ぼんやりと遠くを見つめていた。
「リン? どうしたの?」
ジュリアが声をかける。
「……ガレスさん、大丈夫なのかな?」
自分を庇ったせいで、ガレスは片脚を失った。
心配ではある。だが、どんな顔をして会えばいいのか分からない。

そんな様子を見て、ジュリアが静かに言った。
「見舞いに行く?」
「え?」
「一人で行きづらいなら、私とミネルも一緒に行くよ?」
リンは少し驚いたあと、ゆっくり頷いた。
「……うん。」
「せっかくだし、何か持っていこう。」
その言葉に、リンの表情が少し明るくなる。
「じゃあ、美味しいものを持って行こうよ!」
「……自分が食べたいだけでしょ?」
「違うって!」
ミネルにも声をかけ、三人は基地の調理場へ向かった。
しかし、食糧庫には保存食ばかりで、生鮮食品はほとんど残っていない。
「ちょっと足りないわね……。」
ミネルは考え込み、結論を出した。
「ジュリアは基地周辺で食べられる野草を採ってきて。私とリンは買い出しに行くわ。」
「分かったわ。」
こうして三人は食材を集めることになった。
ジュリアは基地の周辺で食べられる野草を探す。

(これは……確か食べられる種類ね。)
葉の形や色を確認しながら、過去のサバイバル訓練で教わった知識を思い出す。
食用になる野草を見つけ、必要な分だけ丁寧に摘み取っていった。
一方――
リンとミネルは、アオバシティのスーパーマーケットを訪れていた。
二人は買い物カゴを手に、野菜売り場へ向かう。
しかし、棚に並んでいる野菜はまばらだった。
一部の商品はすでに売り切れ、空いた棚には「入荷未定」と書かれた案内が置かれている。
「うーん……思ったより少ないね。」
リンが棚を覗き込む。
「あるもので考えましょう。」

2人は残っている野菜を一つずつ確認してカゴに入れていった。
「じゃあ、作ろっか!」
リンは包丁とまな板を取り出した。
「私はスープにするね。」
ミネルも鍋を用意する。
「じゃあ、私は……」
『ダメ!』
ジュリアが言い終えるより先に二人の声が重なった。
「何で!?」
ジュリアは思わず声を上げる。
リンとミネルは顔を見合わせた。
「だって、ジュリア……」
「料理、あまり得意じゃないでしょ?」

「……できるわよ!」
「この前、卵焦がしてたよね?」
「あれは火が強かっただけ!」
「それを失敗って言うの!」
しばらく三人で言い争った末――
ジュリアは、食材の下ごしらえを担当することになった。
「私だって……」
不満そうな顔で野菜を洗うジュリア。

その隣では、リンが鼻歌交じりに食材を切って、ミネルは慣れた手つきで鍋をかき混ぜる。

ジュリアは2人に教わりながら、卵焼きのみ任された。
次々と料理が出来上がってくる。
――約一時間後。
調理台には出来上がった料理が並んでいた。

「できたね!」
リンが満足そうに声を上げる。
「……」
ジュリアは何か言いたげに料理を見つめている。
「ふふっ」
そんな様子を見てミネルが小さく笑う。
三人は料理を容器へ詰めると小型トラックへ乗り込み、ガレスのいる病院へ向かった。
三人はアオバシティの病院へ入り、受付を済ませた。
病室へ近づくにつれ、リンの口数は少なくなっていく。
「……」
「ほら、リン。」
ミネルに促され、リンは病室の前で足を止めた。
一度だけ深呼吸し、扉をノックする。
コンコン。
「……リンです。」
少し間が空いたあと、落ち着いた声が返ってきた。
「入ってこい。」
三人は静かに病室へ入る。
「お前ら……久しぶりだな。」
ベッドの上のガレスは、思っていたより元気そうな様子。
リンはベッド脇の椅子へ腰掛ける。
「ガレスさん……私……」

そこから先の言葉が出てこない。
ガレスはそんなリンを見て、少し笑った。
「まだ気にしてたのか?」
「……」
「お前が無事だった。それで十分だ。」
リンは俯いたまま、膝の上で手を握る。
「それにな」
ガレスは少し姿勢を正した。
「隊長にも話したが、これからはお前らの指導教官をやることになった。」
「え……?」
「俺の訓練は厳しいぞ?」
口元に笑みを浮かべる。
「今のうちに覚悟しておけ。」
「……はい。」
リンはようやく顔を上げ、まっすぐガレスの目を見て頷いた。
「ところで……それは何だ?」
ガレスが、ミネルの持っている荷物へ視線を向ける。
「あ、これですか?」
ミネルが容器を持ち上げる。
「私達でお弁当を作ってきたんです。」
「良かったら、一緒に食べませんか?」
ジュリアも穏やかな声で続けた。
「ほう、弁当か。」
ガレスは少し嬉しそうに笑う。
「ちょうど病院食に飽きてきたところだ。」
そう言って、ガレスは布団をめくった。
「……っ!」
リンの視線が止まる。
そこには、失った脚の代わりに装着された義足。
カツン
硬い音が病室に響く。
ガレスが立ち上がろうとするのを見て、リンは反射的に手を伸ばした。
「ガレスさん、肩を……」
「大丈夫だ。」
ガレスは杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。
「この足にも、だいぶ慣れてきた。」
「あっちに休憩スペースがある。そこで食べよう。」
カツン、カツン
杖と義足の音を響かせながら、ガレスはしっかりとした足取りで歩き始めた。
リンはその背中を、黙って見つめていた。
ミネルは休憩スペースのテーブルに、弁当とスープを並べた。
「おぉ……美味そうじゃねぇか」
ガレスは嬉しそうに目を細める。
『いただきます!』
四人は揃って食べ始めた。

「美味い! これも美味いぞ!」
ガレスは次々と料理を口へ運んでいく。
「良かった……気に入ってくれて。」
ミネルはほっと胸を撫で下ろした。
やがてガレスが、卵焼きを一切れ口にする。
「ん? この卵焼き、少し苦いな……。」
「あ……それは……」
ジュリアの箸が止まった。
何度も失敗しながら、ようやく形になった卵焼き。
ガレスはもう一口食べる。
「……美味い。」
たった一言。
それでも十分だった。
ジュリアは少しだけ嬉しそうに目を逸らす。
「これ、教えるの本当に大変だったんですよ!」
リンが呆れたように言った。
「ちょっと! それは言わなくていいでしょ!」
「ははっ! そうか。」
ガレスは楽しそうに笑い、今度はスープを口へ運ぶ。
「このスープも美味いな。具材が柔らかくて食べやすい。」
「ありがとうございます。」
ミネルは嬉しそうに微笑んだ。
そうしてガレスは、弁当もスープもあっという間に平らげた。
「ふぅ……美味かった。」
空になった容器を前に、満足そうに息を吐く。
「お前ら、ありがとうな。」
その一言に、三人は顔を見合わせた。
ガレスは壁の時計へ視線を向ける。
「もうこんな時間か……。」
そして三人へ向き直った。
「まだ仕事があるんだろ?」
「俺は、もう少しで退院だ。」
ガレスは笑みを浮かべる。
「それまで、みんなを頼むぞ!」
『はい!』
三人は元気よく返事をした。
――帰り道。
小型トラックの荷台から、リンは遠ざかっていくアオバシティの景色を眺めていた。
胸の奥に残っていた重いものが、少しだけ軽くなった気がする。
(大丈夫……私ならやれる!)
リンは前を向いた。
その表情には、もう迷いはなかった。

