「私の時間ってどこいったんやろ」と思っていた私が、少しラクになった理由
「私の時間ってどこいったんやろ」
ふと、そんなふうに思うことはありませんか?
一日中ずっと何かをしているのに、
気づいたらもう夜で、
「今日も自分のこと、何もできなかった」と
考えてしまう。
そして、そんな日が繰り返され、
気づくと1か月、2か月…
数か月、1年…
こうして、
焦りとモヤモヤとした気持ちを抱えながら、
歳月を重ねる。
やることはちゃんとやっています。
分刻み、秒刻みで次々と目の前のことをこなして、
毎日精いっぱいにやっているのです。
誰かの役にも立っているはずです。
それなのに、
なぜか心が満たされない。
以前は、そんな日が多くありました。
介護のこと、家のこと、やることはたくさんあって、
毎日、頭の中で段取りを組みながら動いていました。
「次はこれをして、その間にこれをやって…」と。
その合間に、
少しでも自分の時間を入れようとしていたのですが、
やっぱり予定通りにはいかないことも多くて。
気づけば、
自分のことは後回しになって終わる日がほとんどだったように思います。
そんな日が続くと、
なんとなくイライラしたり、
焦ったりすることがよくありました。
自分に余裕がなくて、
本当は相手が悪いわけではないのに、
少しきつい言い方をしてしまって、
あとで自己嫌悪になって、
またしんどくなるようなこともたくさんあって。
そのときは、
「忙しいから余裕がないんだ」と思っていました。
でも、少しずつ自分の気持ちを見ていく中で、
気づいたことがあります。
それは、
「自分の人生が進んでいない気がしていた」ということです。
やりたいことが見えないまま、
ただ毎日をこなしているような感覚。
その奥にあった焦りが、
イライラやしんどさにつながっていたのだと思います。
今も、やっていること自体は、実はあまり変わっていません。
母の介護もありますし、家のこともありますし、
忙しさも以前と大きくは変わりません。
それでも、
「すべてが自分の人生につながっている」と
思えるようになってきました。
ほんの少しの時間でも、
自分がやりたいことに触れたり、
自分の気持ちを感じたりすることで、
心の中に、
ちゃんと「自分の居場所」ができたような感覚があります。
だからもし今、
「なんだか満たされない」と感じているとしたら、
それは頑張りが足りないからではなくて、
「自分の人生とつながりたい」というサインなのかもしれません。
大きく何かを変えなくても大丈夫です。
1分でもいいので、
「私は今、どうしたい?」と
自分に聞いてあげてみてください。
ただ目を閉じて、
今の自分を静かに感じるだけでもいいです。
私も、1分とか2分とかだけでも、
毎日自分の手を胸やお腹に当てて、
その感覚を感じてみたり、
呼吸を感じて瞑想してみたり。
それだけは続けてきました。
そうすると、
劇的にすぐ現実が変わるわけじゃないけれど、
心に小さなスペースができて、
目の前に優しい光を感じることができるのです。
それだけで、
止まっていた何かが、少しずつ動き出す…
私は今、確かにそう感じています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
