介護しているのに感謝されない。「こんなにやっているのに」が楽になった話
「ありがとうの一言もない…」
介護をしていると、
そんな気持ちになることがあるかもしれません。
家族のことは大切に思っている。
少しでも快適に過ごしてほしいし、
生きる楽しみを感じてほしい。
そう思って毎日動いているのに、
相手から特に反応がなかったり、
当たり前のように受け取られたりすると、
なんとも言えないモヤモヤが湧いてくることがあります。
そして、
「感謝してほしくて介護しているわけじゃないのに」
そう思う自分もいて、余計に苦しくなる。
私自身も、
そんな気持ちになることがあります。
この記事では、
私が介護の中で感じてきた「感謝を求めてしまう気持ち」と、その気持ちが少し楽になったきっかけについて書いてみたいと思います。
がんばっているのに反応が薄いと、モヤモヤしてしまう
例えば、
食事作りで感じることがあります。
母は味覚の変化や口の中の違和感が続いていて、食べることは好きだけれど、以前のように食事を楽しめないことがあります。
父は好き嫌いが多めです。
介護や家事、他の用事をしながら、
・健康面
・家族全員の好み
・食べやすさ
・家計へのやさしさ
・時間をかけない
そんなふうに、
毎日食事のことを考えています。
もちろん、
すべて手作りではなく、
冷凍弁当なども利用しています。
それでも、
「今日は何を食べてもらおう」
と考えること自体に、
たくさんの時間とエネルギーを使います。
だからこそ、
食事を出した時の反応が気になります。
ところが、
何も言わずに黙々と食べて終わる日も多いです。
そんな時、
「がんばって作ったのにな」
「美味しいのかな?」
そんな気持ちが出てくることがあります。
特に、
自分のやりたいことを後回しにした時ほど、その気持ちは強くなります。
感謝が欲しいのではなく、わかってほしかった
以前は、
「ありがとうの一言くらいあってもいいのに」
と思うことがよくありました。
でも振り返ってみると、
本当に欲しかったのは感謝そのものではなかった気がします。
毎日考えていること。
工夫していること。
時間や体力を使っていること。
そういう見えない努力を、
ただ少しわかってほしかった。
そんな気持ちだったのだと思います。
愛犬の介護では、感謝を求めたことがなかった
そんなことを考えていた時、
ふと思い出したことがありました。
私は以前、
愛犬の介護も経験しています。
人間の介護と同じくらい、
時間も体力もお金も使いました。
ご飯もたくさん試行錯誤しました。
でも、不思議なことに、
愛犬に感謝を求めたことは一度もありませんでした。
犬だから言葉でお礼を言えないというのもあるかもしれません。
でも、
それだけではない気がするのです。
振り返ると、
「私がしたくてやっていた」
その気持ちがとても強かったように思います。
「やってあげている」が増える時
そこから私は、
「こんなにやっているのに」
と思う時ほど、
どこかで、
「やってあげている」
が増えているのかもしれないと思うようになりました。
本当はやりたくない。
少ししんどい。
余裕がない。
でも、
「やらなければ」
と思って頑張っている。
そんな時に、
感謝を求める気持ちが強くなりやすいように感じています。
私が勝手に背負っていたもの
以前の私は、
母の着替えのたびに身体を拭いていました。
母は昔から入浴があまり好きではありません。
現在は、
週1回のシャワー浴を私が介助しています。
それに加えて、
週2回の洗髪や訪問看護での足浴など、
必要な清潔ケアは続けています。
それでも私は、
「もっと身体を拭かなきゃ」
と思っていました。
夏は汗もかくし、
不衛生になったらかわいそう。
清潔を保たないと健康にも悪い。
そんな気持ちがあったからです。
使い捨てのボディタオルを温めて拭くだけなので、一見それほど大変ではありません。
でも実際には、
介護や家事の合間に続けるとなると、
意外と手間も時間もかかります。
それでも、
「しないといけない」
と思って続けていました。
ところが、
どうしてもできない日があって、
省いたことがありました。
すると、
何も問題が起きなかったのです。
母も特に困っていませんでした。
その時を境に、
こまめにボディタオルで母の身体を拭くのを辞めました。
ですが、
皮膚トラブルが起きることもなく、つるっとしています。
母本人から、
もっと拭いてとか、
不快という訴えもありません。
むしろ本人は、
週1回のシャワー浴で十分満足していました。
そこで私は気づきました。
母が求めていることと、
私が「やらなければ」と思っていることは、
必ずしも同じではなかったということに。
本当に必要なことだけ残してみる
それから私は、
「これは本当に必要?」
と考えるようになりました。
毎日違う献立を考えなくてもいい。
同じメニューが続いてもいい。
毎食完璧に栄養を考えなくてもいい。
以前は決めていたケアの頻度も、
「絶対こうしなければ」
「ずっと続けていることだから」
ではなく、
「余裕がある時にしよう」
に変えていきました。
もちろん、
健康に関わることは大切です。
でも、本人に聞いてみると、
意外と私ほど気にしていないこともあります。
私が勝手に背負っていた荷物も、
たくさんあったのです。
「こんなにやっているのに」が減っていった
不思議なことに、自分で背負っていたものを少しずつ下ろしていくと、
「こんなにやっているのに」
と思うことも減っていきました。
やりたくてやっていること。
本当に必要なこと。
そこにエネルギーを使えるようになったからです。
介護をしていると、
大切な人だからこそ頑張りすぎてしまいます。
そして頑張りすぎるほど、
「わかってほしい」
という気持ちも大きくなります。
だからもし、
「感謝されない」
と苦しくなった時は、
少し頑張りすぎているサインかもしれません。
本当はしなくてもいいことまで抱えていないかな。
自分が勝手に背負っている荷物はないかな。
そんなふうに振り返ってみるのもいいかもしれません。
私も今でも時々モヤモヤします。
でも以前よりは、
「私がしたくてしていること」
を選べるようになってきました。
介護は長く続くこともあります。
だからこそ、
相手のためだけではなく、
自分のためにも続けられる形を大切にしたいなと思っています。
もしかしたらこれは、
介護だけでなく、お仕事とか他の場面でも言えることかもしれませんね。
最後まで読んでくださり、
ありがとうございます。
