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その不調、本当に病気のせい?母の入院で気づいたお薬(処方薬)との向き合い方

以前、母の様子を見ていて、ずっと心のどこかに引っかかるものがありました。

「年齢のせいだから仕方ない」
「病気が進んでいるからこうなるのも当然」

そう思おうとしていたけれど、どこかで納得しきれない自分がいました。


昨年の夏、母が誤嚥性肺炎で入院しました。

肺炎の状態としては重症ではなかったものの、呼吸がうまくできない状態で、このままでは体力がもたないかもしれない、最悪の場合は気管内挿管が必要になる可能性がある、「今日が山かもしれない」と医師から説明を受けました。

その日の夜は、自宅に帰っても気が気ではなく、いつ病院から連絡が来るのかと不安でいっぱいでした。

けれど、連絡がないまま朝を迎え、面会時間と同時に母のもとへ向かうと、前日よりも少し落ち着いた様子で、呼吸器は装着せずにいけそうだと説明を受けました。

そして数日後には一般病棟へ。
そこから母は、日を追うごとに回復していきました。

入院から2週間ほど経つ頃には、入院前よりも動きがよくなり、認知の状態もしっかりしてきて、食事中にむせることもほとんどなくなっていました。

リハビリや関わってくださる方々の支援、食事管理など、いろんな要因があったと思います。

でも、それにしても回復のペースが早い。
正直、少し不思議に感じていました。


退院が近づいたある日、医師から「入院中は一部中止していたお薬も、退院後は再開してください」と説明を受けました。

もともと複数のお薬を服用していたこともあり、気になって看護師さんに入院中の内服内容を教えていただいたところ、入院前は14種類あったお薬が、9種類まで減っていたことを知りました。

はっきりとした因果関係は分かりません。
けれど、母の運動機能や認知機能、嚥下の状態の変化を見ていて、私には「お薬が減ったことも一つの大きな要因なのではないか」と感じられました。

もちろん、お薬が悪いわけではありません。
それぞれのお薬は、その時その時の母の状態に合わせて必要とされてきたものだと思いますし、実際に助けてもらっていたこともたくさんあったはずです。

ただ、心身の状態は日々変化していくもの。
以前は必要だったものが、今も同じように必要とは限らない。
そんな視点を、私は持てていなかったなと感じました。


私はこれまで看護師として、多くの患者さんやご利用者様のお薬管理に関わってきました。

新しく薬が始まるときの副作用には注意を向けていましたが、長く続いているお薬が「今のその人にとって本当に必要か」という視点は、正直あまり持てていなかったように思います。 

そして、母の家族として関わる中では、私は看護師ではなく「娘」でした。

母がしんどさを訴えるたびに、そのまま医師に伝え、処方されたお薬を受け取り、また新たな症状が出れば相談して…。

その繰り返しの中で、お薬は少しずつ増えていきました。

今振り返ると、あの時の私は、しんどそうな母を目の前にして、「なんとかしてほしい」という気持ちでいっぱいでした。

目の前の症状をどうにかしたい、その一心で伝えていて、他の視点を持つ余裕はなかったように思います。

新しくお薬が処方されても、その後大きく改善していなくても、「飲まないよりは飲んでいる方がいいはず」と、どこかでそう思いながら、深く考えずに続けていました。

母は当時、自分の症状をうまく言葉にして伝えることが難しい状態でした。

だからこそ、一番近くにいた私が、もっと丁寧に状態を見て、伝えていく必要があったのだと思います。
そうできなかったことは、今でも心に残っています。


そしてもうひとつ、強く感じていることがあります。

入院をきっかけにお薬が大きく減り、多くの機能が回復した一方で、長年服用していたお薬が急に中止された影響もあり、その後、体のバランスを崩し、言葉にしづらい不快な症状に長く苦しむ時期がありました。

今は医師や在宅で関わってくださる支援者の方々のおかげで、少しずつ落ち着き、日々を楽しめるようになっていますが、この経験を通して、長く続けてきたお薬を急にやめることの影響や難しさも、身をもって感じました。

だからこそ、お薬については、自己判断で調整するのではなく、必ず医師と相談しながら進めていくことがとても大切だと感じています。 


母は、ここ数年のほとんどを、思うように動けず、感情も表に出にくく、言葉も少なく、楽しみを感じにくい状態で過ごしてきました。

その期間のことを、母は「冬眠していたみたい」と表現しています。

今、少しずつ回復してきた中で、「あの時間を取り戻したい」というような気持ちも、どこかにあるように感じています。

そう思うと、もっと早く気づけていたら、もっと違う関わりができていたのではないかと、考えることもあります。 

ただ、これも誰かを責めたいわけではありません。
あの時の自分は、その時の自分なりに、精一杯向き合っていたとも思っています。


そして今回の経験を通して感じたこの視点は、家族としてだけでなく、これからの自分自身や、大切な人に対しても、そして仕事として誰かと関わらせていただく場面においても、心に留めておきたいと思っています。 

看護師として関わる場面でも、セラピストとして関わる場面でも、できることには限りがありますし、直接的に何かを変えることが難しい場合もあります。
だからこそ、踏み込みすぎず、でも目の前の方の状態をひとつの視点だけで捉えないこと。
「もしかしたら別の可能性もあるかもしれない」と、そっと心の中に置いておくこと。 

その小さな視点が、その人やご家族にとっての選択や気づきにつながることもあるのではないかと感じています。 

特に、ご本人が自分の状態をうまく伝えられなかったり、身近に支えてくれるご家族がいない場合には、外部の支援者の関わりがとても大きな意味を持つこともあると思います。

だからこそ、押しつけるのではなく、その人のペースや状況を大切にしながら、必要な時に必要な形で関われる存在でありたいと、改めて感じました。

そして同時に、この経験を通して感じたことを、同じように迷っている方に届けられたらと思っています。

医師だけに任せるのではなく、患者や家族も一緒に関わっていくこと。

自分はどう過ごしたいのか。
どんな状態を望んでいるのか。
今、何がつらいのか。

うまく言葉にできなくてもいいから、自分の言葉で伝えていくこと。

そして、提案された治療やお薬についても、「何のために使うのか」「どんな影響があるのか」を知ろうとすること。

私は今、診察の前に母の思いを確認し、その上で伝えたいことを紙にまとめて、そのまま医師に見せるようにしています。

そうすることで、限られた時間の中でも、しっかりと向き合っていただけていると感じています。


入院前、母が少しずつ弱っていく姿を見るのは本当につらく、「これが自然な経過なんだ」と受け入れようとしていました。

でも今、母はお薬が大きく変わったことをきっかけに、少しずつ回復し、日々の中に楽しみを見つけながら過ごしています。

あの入院は、とても苦しくて不安な出来事でした。
けれど同時に、これまでの関わり方を見直すきっかけをもらえた時間でもありました。

もし今、大切な人の変化に「何か引っかかるもの」を感じている方がいたら。
その感覚を、どうか大事にしてあげてほしいなと思います。

※お薬の調整は必ず医師と相談の上で行う必要があります。自己判断での中止は危険な場合もあります。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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