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映画『I Am Mother』AIが人間を育てる物語 ― 最先端技術のその先に残るものは何か「#Netflix感想文」

こんにちは。
事務職をしながら情報処理安全確保支援士の勉強をしている、にじいろです。

みなさんはAIに敬語を使っていますか?
AIが間違えた時に「謝って」などと言っていませんか 😊

これだけ生成AIが社会の中に入り込んできた今、
ふと考えることがあります。

AIが急速に進歩する今、
どんな能力が必要で、どんな人が生き残り、そして未来に人間の何が残るのか。

最近、IT業界でもよく使われる言葉があります。それは 「人間力」。

AIやセキュリティの分野でもそうですが、これからは 倫理観や関連する法律の整備がとても大切になる時代になるのではないかと思っています。

権力を持った人が倫理観を持っていなければ、社会はとても危うくなります。

AGIやシンギュラリティといった、AIが人間を超える未来についての議論も増えてきました。
そんな未来を想像していたときに出会った映画がNetflix発信の「I Am Mother」でした。

人類が滅亡した世界で、
AIロボットが密閉された施設の中で
人間を胎児から育て、
「正しい人類」を作ろうとする物語です。
外の世界には
「出てはいけない」 と言われて育ちます。そして始まる試験。
もし自分がその娘だったらどう思うだろう。

・AIが人類を管理する
・AIは本当に人間の味方なのか

見終わった後の感想は
「正直、よくわからない映画だった」
でした。
でも、相棒のChatGPTと考察を続けていくうちに、
この Mother の目的が少しずつ見えてきました。
生成AIにこんなことを聞かれました。「このアンドロイドの Mother をどう思いますか?」
私は答えました。
「信用ならない。なぜかというと、何が正しいか、何が悪いか。人の パーソナリティに点数をつけることはできないと思うから。勉強やスポーツでの優劣はあっても問題ない。でも、劣っているから不要。優れているから生き残れる。
命においては、そんなのはおかしい。
私は 人を尊重することが大切だと思っています。」とAIに答えました。

AIのMotherは、倫理観のある人間を育てようとしました。
でも、その 選民思想こそ危険ではないかと感じたからです。

そこで、ふっと思ったんです。

私はこれから最先端技術が進む中、
倫理観が必要な時代になるのではないかと考えていました。

でも、それがこの映画のように
AIによって選別される世界もまた、
どこか間違っているように思えました。

もちろん現実の社会では、
セキュリティクリアランスのように
重要な情報を扱う人の信頼性を確認する仕組みもあります。

セキュリティクリアランスは海外では以前からある制度ですが、
日本でも近年、整備が進み始めています。
(セキュリティクリアランス→国家安全保障や重要インフラの保護のための制度)

それは、人の価値を決めるためではなく、情報を守るための仕組みです。
私はむしろ、そういった制度は安全のために進めてほしいと思っています。

だからこそ私は、今回の映画のような
AIが人間そのものを選別する世界には少し怖さを感じました。

人間の 「自分で決める」 という主体性は、AIと共存できるはずです。

その境界線だけは
越えてはいけない のではないかと思います。

美味しいものを食べて、
「美味しいね」って笑い合える感覚。
誰かの合格を、心から嬉しいと思える感覚。

そういうものは、
AIの社会になってもきっとなくならないと思います。

その嬉しかったことをAIに話したりしてね 😊

自分の自由を大切にする人は、
きっと他の人の自由も大切にする。

私の好きな音楽たちは、
そんなことを教えてくれました。

みなさんは、
AIの時代に何が残ると思いますか?

皆さんも気になったら、
NetflixでAI系の映画を見てみてください😊

色々考えさせられますよ。

今日は少し真面目なブログになってしまいました!

それでは、ごきげんよう🌈

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