【毎週ショートショートnote】 〜七夕の歩幅〜
九十歳の女性が、故郷の港町へ帰ることになった。
「今なら、まだ自分の足で浜まで歩けますから」
去り際に庭に植えてあるという竜舌蘭を株分けしてくださった。
「百年に一度咲くという花じゃけど、咲くのはついに見れんかった」
「咲いたら連絡しますね」
「それまで元気でがんばらんと」
笑いながら手を振る姿は、もう帰る場所を知っている人の歩き方だった。
それから私は、教わったとおり育て続けた。
葉は長い静けさを抱いたまま、季節だけを受け止め、少しも急ぐ気配を見せなかった。
七夕の朝、乾いた土にそっと水をやる。
織姫と彦星は一年かけて会いに行く。
竜舌蘭は百年かけて空へ行く。
夕方、葉の真ん中に、小さな突起が現れていた。
あの葉は、百年間歩かなかったのではない。
百年間、一歩をためていたのだ。
あの約束にも歩幅があった。
夕暮れだけが少しずつ深くなっていく。
窓辺の笹と短冊が風もないのにかさかさ揺れた。
白いカーテンも遅れて揺れた。
港町から返事が来たのだと思った。
こちらのお題に参加させていただきます
ショートショートのオチはないけど、七夕だし、こんなんもアリですかね
よろしくお願いします
