【短編 童話】外伝 Ⅰ『黄昏に染まるドブン・メルゲン』| 落ちこぼれ魔女ターナ
一人暮らしの英雄
草原の民ドブン・メルゲンは
一度、若くしてその生涯を終えた。
幽世を経て現し世に、魔法使いの
降霊により血肉を伴って舞い戻ると、
世界の変わりようにたいそう驚いた。
このプロイセン王国領内には
かつてドブンが愛馬とともに
駆け抜けた草原はなかった。
代わりに、線路という軌道の上を
鉄の塊、蒸気機関車なるものが
山地や森林、市街地のなかを走っていた。
ドブンはその蒸気で走る汽車に
ずいぶん惹かれていた。
また弓の達人でもあったドブンは
日頃はその腕前を披露する機会もなく、
少しばかり物足りなさを感じていた。
今、ドブンは山の中腹の小高い丘に
切り出した丸太を組んで山小屋を建て、
亡き妻と氏族の祖となっていた
子どもたちを偲び、
また、愛馬と羊の群の世話をしながら
慎ましやかに暮らしていた。
たまにターナとシエラが、
いきなり訪れたとしても、歓迎して
羊のバーベキューと手製の馬乳酒で
もてなしてくれた。
ある時、ターナが尋ねた。
「独りで寂しくはないの?」
ドブンは慎重に言葉を選んで答えた。
「薪割り、燻製づくり、羊と馬の世話。
やることは山ほどある。
魚釣りも楽しいしな。
この土地は、かつて俺が馬を駆っていた
草原とはあまりにも違う。
その土地にはその土地なりの
暮らしがあると思う。
天の裁定により甦ったこの生命。
これも天の御意なら従い
静かに暮らすのも、また理ではないかな。
俺は英雄として生きてきた間に、
たくさんの生命を奪った。
だが、その罪を償うこともないまま甦った。
いつか、その時が訪れよう。
くよくよしても始まらん。
そんなことよりも、一日を終えて
ひとっ風呂浴びるのが格別なのさ」
そうして語るドブン・メルゲンには
一抹の不安も迷いも、そして焦りも
まるでなかった。
ドブン・メルゲンはターナとシエラに、
馬の乗り方や弓の腕前を披露するなどして、
旧交を温めた。

「見ててご覧」
木材の端切れを一つ、高く放り投げた。
次々と矢を放ち、弾かれた端切れは踊るように
宙を舞い、なかなか落ちてこない。
最後に射掛けた矢が、中心を射抜いた。
ターナはシエラとともに歓声を上げた。
誇らしく笑うドブン・メルゲン。
耳もとを飾る紅珊瑚のピアスがキラリと輝く。
お別れの日、山小屋からの帰り。
午前中の強い雨風も既に収まっていた。
帰りの遅くなったターナとシエラは、
鉄道の午後の便で出発することとした。
客車の席に着いた二人。
窓の外を眺めていると、
愛馬を駆り、機関車に並走して
ターナたちを見送るドブン・メルゲン。
まだ気づかないターナ。
シエラが慌ててターナに声をかける。
「ターナ、見て!」
振り返るターナ。
愛馬を駆るドブンが
機関車を追いかける姿が目に映る。
窓硝子で仕切られた客車の車内で
ターナとシエラは手を振り、
跳び上がって喜んだ。
時折水溜まりを踏み飛沫を跳ねて、
駆け抜ける馬上のドブンが、
大きく声を張り上げ叫んだ。
客車の中まで聴こえるとは
思っていない。けれど、
そうせずにはいられなかった。
「また、来るといいさ!
待っているぞ、友よ!」
やがて手綱を引き
機関車を見送るドブン・メルゲン。
たなびく煤煙が薄れ遠ざかる機関車。
フォ――ッと、遠く空まで届いたのは汽笛。
さよならの代わりに。
紫苑色に暮れなずむ丘の上で、
草原の民ドブン・メルゲンは
小さくなっていく機関車を、
いつまでも見つめていた。
漂う煤煙のにおいが、
かすかに鼻をくすぐった。
<#12 The Hanged Man>
つづく
Leonard Bernstein -
Appalachian Spring: Ⅶ. Doppio movimento
次回 外伝 Ⅱ 病にめげるジークフリード
