noteって、記事を書くより、コメントと返信のほうが難しいのでは?
noteって、
記事を書くより
コメントと返信のほうが
難しいのでは?と
たまに思う。
記事は、
ある意味ひとりごとだ。
どこまで話すかも、
どんな温度で書くかも、
自分で決められる。
少し格好つけてもいいし、
弱さを切り取って
そっと置いておくこともできる。
でもコメントは違う。
そこには、
「誰か」が立っている。
その人の時間があって、
その人なりの読み取りがあって、
勇気を出して
残してくれた言葉がある。
それを前にすると、
言葉の出どころが
記事を書くときとは
少し変わってくる。
軽く返したら、
雑に扱ったみたいになる気がするし、
丁寧に書きすぎると、
今度は
距離をとりすぎたような
気もしてくる。
だから、
画面の前で
よく指が止まる。
コメント欄って、
小さな対話の場なんだと思う。
正解も、
マニュアルもない。
ただ、
人と人が、
一瞬だけ
向き合う場所。
うまい言葉より、
賢い返しより、
たぶん必要なのは、
ちゃんと「受け取った」
という事実。
そして、
自分が、逆の立場だったら?
という視点。
コメントをしてくれるって、
案外、簡単なことじゃないと思う。
記事に辿り着いて、
読んでくれるだけでも
奇跡みたいなものなのに、
わざわざ
言葉を残してくれる。
自分の思ったこと、
感じたことを
シェアしてくれる。
嬉しい。
そして、
その人の考え方に
触れられるのが、
楽しい。
今振り返ると、
noteを
毎日楽しんで書くように
なったきっかけは、
初めて
コメントをもらった
あの瞬間だったのかもしれない。
記事を書くのは、
自分を差し出すこと。
それに
「共感しました」
と声をかけてもらうことは、
日常の世界では
そんなに多くない気がする。
もしかしたら、
この距離感は
noteならでは、なのかもしれない。
きっとこれからも、
少し立ち止まりながら
返信を書かせてもらう。
その時間も含めて、
私は
この場所が
好きなんだと思う。
あなたの日常が
多幸感で包まれますように。
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