キミがボクを追い越す日は、もうすぐそこなのかもしれない。
今朝、小学4年生の長男の寝癖を直していた。
洗面所の鏡の前に立たせて、濡らした手で髪を整える。
いつもと変わらない朝だった。
毎日顔を合わせているし、毎日話している。
だから、特に意識したこともなかった。
でも、ふと気づいた。
「あれ。こんなに大きかったっけ?」
息子の頭が、いつの間にか僕の首元まで来ていた。
一瞬、手が止まった。
もちろん、子どもが大きくなるのは嬉しい。
ちゃんと食べて、寝て、遊んで、元気に育っている。
親としては、それ以上にありがたいことはない。
なのに、そのとき最初に浮かんだのは、
ああ、大きくなっちゃったんだな。
という、少し寂しい気持ちだった。
身長なんて、毎日少しずつ伸びているはずだ。
昨日と今日を比べても、ほとんど分からない。
毎日一緒にいるからこそ、その変化には気づけない。
それなのに、ある朝突然、
積み重なっていた時間が「身長」という分かりやすい形になって、目の前に現れる。
不思議な感覚だった。
考えてみれば、この身長には10年分の時間が詰まっている。
抱っこしていた頃。
手をつないで歩いていた頃。
肩車をしていた頃。
知らない場所で僕の後ろに隠れていた頃。
疲れると「抱っこ」と言ってきた頃。
そんな一つひとつの記憶が積み重なって、今、僕の首元まで来ている。
そう思うと、身長ってただの数字ではないのかもしれない。
一緒に過ごしてきた時間が、目に見える形になったものなのかもしれない。
そして、今朝もうひとつ気づいた。
伸びているのは、きっと身長だけじゃない。
今年の春、息子にスマホを持たせた。
それから、彼の世界はものすごい勢いで広がっている。
分からないことがあれば検索する。
動画を見る。
最近はAIにも聞いている。
僕が10歳だった頃には、考えられなかった環境だ。
僕が何年もかけて知ったようなことを、彼は数秒で知る。
興味を持ったことは、とんでもないスピードで吸収していく。
時々、僕の知らないことを普通に話してくることもある。
少し前までは、
「パパ、これ何?」
と聞いていたのに、
そのうち、
「パパ、それ知らないの?」
と言われることの方が増えていくのかもしれない。
身体が大きくなっているように、
僕には見えない彼の頭の中も、心の中も、毎日ものすごい勢いで大きくなっている。
価値観も。
好きなものも。
友達との世界も。
僕の知らない「彼」が、少しずつ増えている。
今はまだ、僕のことをかなり頼ってくれている。
分からないことがあれば聞いてくるし、一緒に出かけることも楽しんでくれる。
今年の夏休みは、例年以上にいろいろなところへ遊びに行った。
まだ家族で過ごす時間を楽しんでくれている。
でも、来年はどうだろう。
小学5年生になれば、友達と遊ぶ時間がもっと増えるかもしれない。
再来年には、家族より夢中になれる何かを見つけているかもしれない。
「一緒に行こうよ」と誘っても、
「今日はいいや」
と言われる日も、きっと来る。
その日は、おそらく突然やってくる。
身長がいつの間にか伸びていたのと同じように。
親離れって、ある日を境に始まるものではないのかもしれない。
気づかないくらい少しずつ、
頼られる回数が減って、
一緒にいる時間が減って、
知らない世界が増えていく。
そして気づいたときには、少し遠くにいる。
子どもの成長は、本当に不思議だ。
「早く大きくなってほしい」と願いながら育ててきたのに、
大きくなると寂しい。
一人でできることが増えると嬉しいのに、
自分が必要とされなくなる未来を想像すると切なくなる。
ずいぶん勝手な話だと思う。
でも、たぶん子育てって、ずっとこの矛盾を抱えていくことなのだと思う。
今朝、洗面所で寝癖を直していた数分間。
息子は何も考えていなかったと思う。
鏡の前で、いつも通り眠そうな顔をしていた。
僕だけが勝手に、
抱っこしていた頃の息子と、
今の息子と、
数年後の息子を行ったり来たりしていた。
10歳の夏。
まだ僕の首元にいる。
まだ寝癖を直させてくれる。
まだ一緒に出かけてくれる。
まだ僕を頼ってくれる。
でも、この「まだ」が、あと何年続くのかは分からない。
そして、おそらく僕が思っているより短い。
いつか身長は追い越される。
きっと知識だって追い越される。
できることも増えていく。
自分の世界をつくり、僕の知らない場所へどんどん進んでいく。
それは、とても嬉しいことだ。
僕が追い越されるということは、彼がちゃんと前に進んでいるということだから。
だから、追い越していってほしい。
どんどん遠くまで行ってほしい。
そう思っている。
でも。
もう少しだけ、ゆっくりでもいい。
今朝、息子の寝癖を直しながら、
そんな矛盾したことを思った。
キミがボクを追い越す日は、もうすぐそこなのかもしれない。
その日が来るまでの何でもない毎日を、
できるだけ、ちゃんと覚えていたい。
