なぜ日本で「未来」とまで言われたHonda ICON e:が、ベトナムでは大幅値下げされたのか
日本では「未来を感じる」とまで評価されたHonda ICON e:。
静かな走り、家庭での充電、ガソリンを使わない日常。
ところが、ICON e:が先に発売されたベトナムでは、発売後に約2割を超える大幅な価格調整が行われました。さらに翌月には、大規模なキャッシュバックも実施されています。
同じHonda ICON e:なのに、なぜここまで景色が違うのでしょうか。
調べていくと、単なる「日本とベトナムの価格差」では終わらない、かなり興味深い構造が見えてきました。
そして、その鍵になったのが中国で2021年に発売されたHonda U-GOと、2023年に登場したNEW U-GOでした。
ICON e:は2024年にベトナムで発表され、当初は約2,440万ドンで販売されました。
ところが、その後約600万ドン規模の値下げが行われます。
約22%の価格調整です。
さらに翌月には、500万ドン規模のキャッシュバックも実施されました。
一時的な小幅値引きというには、かなり大きな動きです。
では、ICON e:そのものに問題があったのでしょうか。
ここでベトナムの電動スクーター市場を見てみます。
ベトナムでは、電動スクーターそのものが珍しい存在ではありません。
ICON e:と同じような都市向けEVにも、すでに複数の選択肢があります。

例えばVinFast Evo200 Lite。
価格はICON e:と近い水準ながら、公称航続距離は205km。

もちろん、航続距離は試験条件が違えば単純比較できません。
それでも購入者から見れば、
「同じくらいの価格で、もっと長く走れるEVがある」
という比較が成立します。
日本ではHondaの新しい電動スクーターとして見られたICON e:も、
ベトナムでは数あるEVスクーターの一台として、横並びで比較されます。
ここがまず、大きな違いです。
ここで、ICON e:より前にHondaが中国で展開していた電動スクーターを見てみます。
2021年、五羊Hondaから初代U-GOが登場しました。
48V 30Ahのバッテリー、インホイールモーターを使った都市向けEVです。

この構成は、ICON e:と非常によく似ています。
ところが初代U-GOは、発売から約2年後の2023年にNEW U-GOへ大きく進化しました。
48Vから72Vへ。
コントローラーも刷新され、BMSも新しくなり、回生ブレーキ、スマートキー、通信機能まで追加されています。

つまりHonda自身が、2021年に出した小型EVを、わずか約2年で次の世代へ進めていたことになります。
では、その翌年に登場したICON e:はどうだったのでしょうか。
ICON e:は2024年に登場しました。

48V/30.6Ah、定格出力1.5kW
発売年だけを見れば、NEW U-GOより新しいモデルです。
しかしEVシステムの構成を見ると、少し違う景色が見えてきます。
ICON e:は48V系。
インホイールモーター。
回生ブレーキなし。
一方、前年に登場したNEW U-GOは72V化され、回生ブレーキも備えていました。
つまり時系列では、
2021年 初代U-GO
2023年 NEW U-GO
2024年 ICON e:
となります。
新しい順に並べればICON e:が最後です。
しかし技術構成だけを見ると、ICON e:はNEW U-GOよりも、2021年の初代U-GOに近い考え方で作られています。
ここで「ICON e:は新しいから進化している」と単純には言えなくなります。
ICON e:の公称航続距離は81kmです。
数字だけを見ると、初代U-GOの約65kmから大きく伸びています。

75kg乗車・35km/h定速で単バッテリー65km以上
しかし、バッテリー容量を比べると差はほとんどありません。
初代U-GOは48V 30Ahで、約1.44kWh。
ICON e:は約1.47kWh。
増加は約2%です。
それに対して航続距離は、65kmから81kmへ伸びています。
では、大幅に効率が良くなったのでしょうか。
ここで試験条件を見ると、
初代U-GOは35km/h定速。
ICON e:は30km/h定速です。

30km/h定地走行テストで一充電走行距離81km
つまり、バッテリー容量はほぼ同じまま、試験速度が5km/h下がっています。
この条件差を考えると、81kmという数字だけを見て「大きく進化した」と判断することはできません。
むしろ、初代U-GOに近い構成を使いながら、試験条件の違いによって航続距離の数字が大きく見えている可能性まで考える必要があります。
ベトナムの実走レビューでは、1人乗車・Standardモードで、満充電から残量10%まで約55kmという結果も報告されています。
また、残量10%から満充電までの充電時間は約8時間でした。

1人乗車・Standardモードで100%→10%まで55km、
充電は10%→100%で約8時間
実走では55kmで残量10%。そこから満充電まで約8時間を要したという結果です。
ただ、ここで注意したいことがあります。
「そんな用途なら、もっと航続距離の長い車種を買えばいい」
という見方です。
確かにその通りです。
しかし、だからこそ、このレビューには意味があります。
ベトナムには、より長い航続距離を持つ電動スクーターもあります。
長距離を頻繁に走る人や、地方での移動が中心の人なら、そもそもICON e:を選ばない可能性が高いでしょう。
ICON e:を購入した人は、少なくとも購入時点では、
「この性能で自分の用途には足りる」
と判断した人たちです。
つまり、比較的ICON e:に向いた使い方をしている購入者から、航続距離や充電時間についての声が出ていることになります。
これは、単純に「使い方が悪かった」で片付けられる話ではありません。
そしてベトナムでは、その隣に、もっと長く走れるEVが実際に売られています。
ここで再び、比較対象の多さが効いてきます。
ICON e:の主要部品を追っていくと、この商品の性格がもう少し見えてきます。
ベトナムで組み立てられるICON e:には、中国からPCUやモーターを組み込んだ後輪ホイールASSYが輸入されています。
一般公開されている通関記録では、PCUの通関価格は1個あたり約27〜28ドル。

PCU品番5E000-GJR-V012-M1、480個・1個約27.91ドル
日本円では4,000円台です。
ここで注意したいのは、通関価格は製造原価ではないということです。
これは国境を越えて取引される時点で、その部品に付けられた商品としての価値です。
それでも、ICON e:が高価な最新EVシステムを惜しみなく投入した商品ではないことは見えてきます。
Hondaは2023年、電動二輪車について完成車コストを大幅に下げていく方針を示しています。

そう考えるとICON e:は、
最新技術を全部載せたモデルというより、
すでに実績のある比較的シンプルな構成を使い、
Hondaらしい乗り味と品質にまとめた都市型EV
と見る方が自然です。
これは悪いことではありません。
成熟した部品を使えばコストを抑えられます。
構造も単純になります。
必要十分な性能に絞れば、商品としてまとめやすい。
むしろ、一世代前に近い構成でも「上質」と感じさせるところは、Hondaの車体づくりの強さとも言えます。
ただし、
それと「最新技術であること」は別の話です。
では、なぜ日本ではICON e:が「未来」とまで言われたのでしょうか。
理由の一つは、比較対象の少なさだと思います。
日本でICON e:を見ると、
Hondaの新しい電動スクーター。
静か。
滑らか。
家庭で充電できる。
ガソリンスタンドへ行かなくても走れる。
その体験自体は、確かに新鮮です。
実際に便利に使えている人の満足感も、本物でしょう。
ただ、その技術が世界の小型EVスクーターの中でどこに位置しているのか。
そこまで比較できる情報は、日本ではかなり限られています。
中国では2021年に初代U-GOが登場し、2023年にはNEW U-GOへ進化していました。
ベトナムでは、より長い航続距離を持つ電動スクーターなどと、ICON e:を実際に比較できます。
つまり、
日本では「Hondaの新しいEV」として見られた。
ベトナムでは「数あるEVの一台」として見られた。
この違いです。
商品そのものが、日本とベトナムで変わったわけではありません。
変わったのは、その周囲にある比較対象です。
比較対象が少なければ、既存の技術でも新しく見える。
比較対象が豊富なら、その商品の立ち位置はすぐに見えてきます。
日本で「未来」に見えたICON e:が、ベトナムでは大幅値下げされた理由を追っていくと、
最後に見えてきたのは、ICON e:そのものよりも、日本と海外のEVスクーターを取り巻く情報量の差でした。
未来に見えたものは、本当に未来だったのか。
それとも、
私たちがまだ知らなかっただけなのか。
構造から都市を読む。
都市移動の系譜。
