自分を癒す〜⑦やり手な母と、不甲斐ない娘
母は私のことが嫌いだった。
親子遠足の、お弁当の時間。
不甲斐ない娘を、他の母親たちの前でこき下ろす母。
周囲の母親たちは、愛想笑いに似せた困惑の表情。
私は母に、悪口を言われているのがショックで、たぶんただ、真っ赤になっていたと思う。
ほんとに酷かったな。
ただ私は、用意ドン!が嫌いで、ゼロ才からの保育園ライフ、集団生活のいちいちに疑問を持つ子どもだった。
だから必然、なんでも一番ビリだったし、先生たちにも可愛がられる子どもじゃなかった。
3月生まれが関係しているかもしれない。また、今なら発達の気になる子の一員だっただろうな。
やり手で、超忙しかった母は、当時にしては珍しく修士を卒業(と言うのか?)していたけど、ほんとはもっとやりたいことがあった、母によるともっと出来たはずだった。
けれど家族の価値観に押され、諦め、とりあえず結婚、出産、の流れだった。
だから私に、自分のできなかったことをして欲しいと、多大なる期待をかけていたのだと思う。
所が不甲斐ない私は、母をガッカリさせる連続だった。
勉強さえできれば、私は可愛がられるとわかっていたけど、不安に苛まれる病に押され、勉強所ではなかった。
母は早々に私に見切りをつけて、感情に任せて虐め抜く選択をした。
口を開けば、母が嫌っていた私の父に、私がそっくりだと、憎々しい表情で私に言うのが、私の母だった。
母は最初から、父を嫌いだったんだな。
私は、ママ友たちと居る時に、子どもの批評はしないようにしていた。
小さな子どもは、その時は無表情かもしれないけれど、確実に傷ついているよ。
時々、私の母が私にしたようなことをやらかす母親を見かけるけれど、
我が子の心を静かに殺していることに気がついて欲しい。
相性が悪かったんだ
今ならそう言えるけど、小さな子どもにとっては、愛があるか無いかは死活問題。
だから、存在の否定は絶望感に繋がる。
子どもの権利、自己肯定感、当たり前のように言われるようになった今という時代、
実際には、理念に現実が追いつかないのは世の常だけど、一歩一歩、少しずつ時代は進んでいる。
新しい時代に乾杯!
