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「猫なで」とは何か① 何をしたら「撫でた」ことになるのか

1. 問題設定

本稿の目的は、「猫を撫でる」という表現に含まれる動作を整理し、本シリーズにおける観察対象の範囲を暫定的に定めることである。

「猫を撫でた」という記述だけでは、接触した部位、手の動き、接触の強さ、継続時間、猫の反応を特定できない。また、手を置く、掻く、揉む、抱く、ブラシをかけるといった行為との区別も、この記述からは分からない。

検討対象は、動作としての「撫でる」と、その前後を含む「猫なで」の区別である。適切な撫で方や、猫の快・不快の判定方法は本稿では確定しない。

本稿は用語と記述方法の検討であり、独自の観察・実験結果を報告するものではない。以下の境界事例と記録例は、検討用の仮想例である。

2. 日常語としての「撫でる」

小学館『デジタル大辞泉』は、「撫でる」の第一義を「てのひらで軽くさわり、さする」と説明している。[1]

この語義から、本稿では「手による接触」「接触の軽さ」「さする動き」の三点を、分類を始めるための手掛かりとする。

ただし、この語義だけでは、「軽い」と判定する力の範囲、必要な移動距離、指先による動作を含める条件までは決まらない。測定や分類の規則として用いるには、これらの条件を追加する必要がある。

また、語義の確認と、日本語話者が個々の場面を実際にどう呼ぶかの確認は別である。本稿では言語使用の実態調査を行っていない。以下の分類は、日常語の使用範囲が確定したという主張ではない。

3. 境界事例

以下は、接触の形態を区別するための仮想例である。「撫でる/撫でない」の最終判定ではない。

  1. 手のひらを軽く接触させ、頭から背中へ動かす
    本稿では「撫でる」の中心例として置く。

  2. 猫と手がともに静止した状態で、頭部に手を置く
    接触はあるが、体表上の移動はない。

  3. 顎下を指先で掻く
    接触と移動はあるが、「掻く」と「撫でる」を分ける条件が必要になる。

  4. 背中を軽く揉む
    接触の軽さだけで、「揉む」と「撫でる」を区別できるか。

  5. 抱いた状態で背中に手を添える
    身体の支持・保持と、体表への接触を区別する必要がある。

  6. ブラシを体表上で動かす
    手と道具のどちらによる接触まで含めるか。

  7. 静止した人間の手に、猫が頭部を擦りつける
    接触位置は移動するが、主に動いているのは猫である。

これらの行為を、場面全体について相互に排他的な分類にする必要はない。抱いたまま背中を撫でるという仮想例では、「抱く」と「撫でる」が同時に成立し得る。場面の名称と、その場面に含まれる個々の動作は分けて扱う。

特に、静止した手に猫が擦りつける事例では、人間が手を動かすことと、猫の体表上で接触位置が移動することが一致しない。 何を移動の基準とするかによって、同じ接触の分類が変わる。

したがって、接触の有無だけでなく、接触に用いるもの、動作の形態、移動を生じさせた側を区別する必要がある。

4. 研究における扱い

4.1 接触部位と接触者の区別

Ellisら(2015)は、猫への接触について、身体部位、接触者が猫にとって馴染みのある人物かどうか、部位に触れる順序を二つの実験で検討している。[2]

原著要旨では、身体部位と接触者への馴染みの程度によって、猫の否定的行動スコアに差が認められたと報告されている。ここで確認されているのは、研究内で定められた条件と行動指標の関係である。[2]

本稿では原著要旨の確認にとどめ、手技の細部や測定条件について未確認の説明を補わない。

4.2 接触を含む相互作用の区別

Haywoodら(2021)は、猫に参加・離脱の選択を残すこと、猫の行動と姿勢に注意を払うこと、触れる部位を考慮することを組み合わせた、CAT指針を検証している。[3]

英国の保護施設で実施された比較では、指針導入後の条件で、親和的と分類された複数の行動で頻度または持続時間が高く、攻撃・葛藤に関連すると分類された行動の集計指標が低かったと報告されている。[3]

ただし、この研究は複数の接し方を組み合わせた介入の検証である。そのため本稿では、結果を個別の手技だけの効果に還元せず、すべての猫に成立する一般則としても扱わない。[3]

以上の研究は、本シリーズ独自の「猫なで」という語の定義を証明するものではない。本稿で参照するのは、接触の条件と、接触を含む相互作用とを、具体的な項目に分けて検討している点である。

5. 作業用の暫定定義

5.1 「撫でる」:動作の記述

本シリーズでは、検討の出発点として次の定義案を置く。

人間の手または指で対象の体表へ比較的軽く接触し、その接触を体表上で移動させる動作。

これは、本シリーズにおける作業用の暫定定義である。学術上の統一定義として提示するものではない。

この定義案には、接触の「軽さ」の基準と、移動を生じさせる側の指定が残っている。また、掻く・揉むといった動作も接触と移動の条件を満たし得るため、それらとの分類境界も確定していない。静止した手に猫が擦りつける事例を含め、これだけで全事例を一意に分類することはできない。

また、観察者が異なっても同じ分類になるかは未検証である。測定規格として完成した操作定義ではなく、観察項目を検討するための出発点として扱う。

5.2 「猫なで」:相互作用の記述

「猫なで」については、動作単独より広い観察単位を置く。

人間の手による猫への接触を中心として、接触の開始、猫と人間双方の反応、接触の継続・変化・終了までを含めて観察する、人と猫の相互作用。

ここでいう「双方の反応」は、双方に必ず観測可能な変化が生じるという主張ではなく、猫と人間の双方を記録対象に含めるという指定である。

反応を確認できなかったことと、反応が生じなかったことは区別する。記録では、観察できた範囲と、その範囲で確認した変化の有無を記載する。観察できなかった項目は「不明」とし、「変化なし」に含めない。

接触が成立したか、猫が接触を求めたか、接触を快としたか、人間の行為が適切だったかは、別の判定対象とする。「撫でる」に分類されることは、その行為の適切さを保証しない。

6. 観測と解釈の分離

「猫を撫でたら、喜んだ」という記述では、接触の内容と、「喜んだ」と判断した根拠が省略されている。

本シリーズの記録では、少なくとも動作・観測された変化・解釈を分ける。以下はその区別を示すための仮想例であり、実際の観測記録ではない。

  1. 人間の動作
    人間が手を猫の頭頂部に接触させ、肩の方向へ3回移動させた。

  2. 猫の動き
    2回目の移動中に、猫が頭部を手の方向へ傾けた。

  3. 人間の解釈についての申告
    行為者が、その動きを「さらに接触を求めた」と判断したと報告した。

  4. その後の人間の動作
    人間が接触を継続した。

猫の動きが接触中に生じたことは、接触がその原因だったという判定とは別である。この記録例だけでは因果関係を確定しない。

この例で「さらに接触を求めた」は、猫の動きそのものではなく、人間による解釈である。解釈の申告が記録されても、その内容が正しいと確認されたことにはならない。

また、行為者の申告がなければ、接触を続けたという動作だけから、その人が何を判断したかを確定しない。

この区分は、動作の記録、行為者の申告、その内容の妥当性を別々に検討するためのものである。記録を分けたこと自体は、観測や解釈の正しさを保証しない。

7. 暫定整理と未解決点

整理の条件は、動作の分類、相互作用の記述、内的状態に関する解釈を混同しないことである。

本稿では、「撫でる」を動作の記述、「猫なで」を接触の前後を含む相互作用の記述として、作業上区別した。「猫を撫でた」という名称だけで済ませず、接触の形態、双方の動き、人間による解釈を分けて記録する。

未解決なのは、接触の軽さを判定する基準、猫側の移動によって生じる接触の分類、道具を介した接触の位置づけ、および接触前後のどの範囲を一つの観察単位に含めるかである。暫定定義を用いた分類が、観察者間で一致するかも確認していない。

これらの条件が定まるまでは、定義の境界にある事例を、解決済みとして処理しない。

なお、本稿では「猫」の定義を扱っていない。

参考文献

[1]小学館『デジタル大辞泉』「撫でる」、第一義。コトバンク掲載。コトバンク「撫でる」

[2]Ellis, S. L. H., Thompson, H., Guijarro, C., & Zulch, H. E.(2015). The influence of body region, handler familiarity and order of region handled on the domestic cat's response to being stroked. Applied Animal Behaviour Science, 173, 60–67. DOI: 10.1016/j.applanim.2014.11.002
確認範囲:原著要旨。原著本文は今回取得できていない。

[3]Haywood, C., Ripari, L., Puzzo, J., Foreman-Worsley, R., & Finka, L. R.(2021). Providing Humans With Practical, Best Practice Handling Guidelines During Human-Cat Interactions Increases Cats' Affiliative Behaviour and Reduces Aggression and Signs of Conflict. Frontiers in Veterinary Science, 8, 714143. DOI: 10.3389/fvets.2021.714143
確認範囲:原著本文。

参照日:2026年9月17日。外部リンクは各リンク先の公開ルールを確認し、[2][3]は恒久識別子であるDOIリンクへ統一した。

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