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#133 ロシアの本質 -「双頭の鷲」抜書-

 筆者の私淑する角田文衞博士の随筆集『京の夕映え』(東京堂出版、1993年刊)に、「双頭の鷲―大国主義の由来―」という一文が載せられている。戦前の靖国神社遊就館に飾られていた旧ロシア帝国の軍旗「双頭の鷲」に始まり、ローマ帝国の東西分治にまで話が及ぶが、最後はロシア帝国とそれを引き継いだ旧ソ連の本質ともなっている大国主義の話題で結ばれる内容である。かかる一文は昭和58年(1983)に書かれたものであるから、当然、対象は旧ソ連なのであるが、ここには、旧ソ連を引き継いだ現在のロシア連邦の本質を窺わせる内容もあるので、長文となるが以下に引用する(一部筆者追記・改変)。

「神聖ローマ帝国は解体したけれども、東の中世ローマ帝国(ビザンティン帝国)の皇帝権の方は、帝国がオスマン・トルコ人に滅ぼされた後(1453年)、ロマーノフ王朝のモスクワ公国に伝えられ、同公国は自らを帝国、君主を皇帝(ツァー)と称し、紋章を「双頭の鷲」と定めるに至った。それとともに大国主義の伝統を承けたロシア帝国は、あくなき領土併呑を始め、ウクライナ、カフカス、ザ・カフカス、シベリア、中央アジアはおろか、アラスカまでを領土に編入し、満州にすら侵略の手を伸ばした。その陰険かつ執拗な手口は、例えばネルチンスク条約(1689年)の締結事情や、たちまちそれを破棄して続けた厚顔な侵入などから窺い知ることができよう。
 ロシア帝国は崩壊してソ連となり、政体は全く変わったが、大国主義の伝統には変化がなかった。あれほど広大な領土を保有するソ連がなぜ豆粒ほどの北方四島にこだわるのか、日本人には理解し難いことである。理屈はどうであれ、その背後には体質的な大国主義が伏在しているのである。あくなき領土拡張は、ソ連国民の執念であり、悲願でもある。好機とみれば直ちに進出するのは、彼らの習性である。話し合いによって侵略をやめさせたり、取られたものを返還させたりすることは、所詮、無理な話である。」

 これを読めば、現在のロシアによるウクライナ侵略の本質が理解されるであろう。まさしく、「悪い人たちがやってくるのは、そこに弱い人たちがいるから」なのであり、その解決は話し合いではなく、力によってのみ可能なのである。

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