ルックバック を観てきた

まだ消化できてないかも。

ネタバレ有り感想です。















やっぱり、あの素晴らしいアニメ版があって、もちろんそれを作らせただけの原作があって、という文脈込みで観てしまう。そうして観た時に、相互補完的にみえる部分もあれば、独立してこの作品特有の部分に思えるところもあって、トータルで原作・アニメ・実写が同格の三部作のように思える。

京本は藤野の見た夢の中の人物みたいなものだ、ということについて改めて考えた気がする。

一番際立って気になった点は、藤野と京本の周囲の人間の描写だった。

今作では、京本のおばあちゃんの記憶が語られる。

多分、京本が訛ってるのもおばあちゃんとよく喋ってたからだろうと思わされる。

そのおばあちゃんから教わったことが、「手を擦ってから耳に当てると海の音が聴こえる」という動作。作中では藤野と同じ体験を共有するための儀式になっていた一方で、耳を塞ぎ、聴きたくないことを聴かないための動作にも見える。

今作で藤野の周囲にいた家族や友人や教師や編集者やアシスタントのような人物の情報が増えた一方で、京本の周囲の人間関係はほとんど明かされず、一緒に通帳を作りに行ったはずの母親すら葬儀のシーンに登場しない。

特に藤野のことを褒めてくれていた人がたくさんいたことが今作では丁寧に描写される。購買部の女の子や先生たち。対照的に、京本の孤独が深まってみえてしまう。

人が怖くなったきっかけを少なくとも作中で京本は語らなかった。けれども、あの海を聴く動作と結びつけて考えたときに、京本の周囲に京本が聴きたくない音を出す何かが存在していたことや、その音から身を守る術としてあの海を聴く動作や絵を描くことへの没頭があったのではないかと想像させられる。

藤野の世界が外に外に広がる一方で、京本の世界は内に内に深まる。

でも、そういう想像はさせるけど、どの情報も決定的ではない。

そして、そういった京本に関する情報の欠如は、この物語の視点役があくまで藤野だから発生していることだという気がしてくる(是枝監督の作品なのでやっぱり「怪物」とか思い出してしまうし)。藤野は、京本のことをやはり全然知らない。

漫画を共作するという行為はそれだけで相手の内面をよく知ることのできる行為であると思う。そういう行為と時間を重ねたはずなのに、藤野は京本との別れを予感できなかった。あるいは予感していたのに、その準備ができていなかった。

あの別れの時点で、藤野にとってのそれまでの京本は、自分が勝手に想像していた理想の友人像でしかなかったことに気付く。でも、京本も一人の人間で、絵がうまくなりたいという、藤野が京本を意識したのと同じ、共感するしかない理由を差し出されて、絶句し、逆に京本を遠ざけてしまう。

結果論になってしまうけれど、あの時藤野が本当に言いたかったことは、「そんなのつまんない」とか「京本にはムリ」とかではなくて、「それでも私は京本と一緒に描きたかった」と伝えることだったはず。でも、それを伝えることも、京本の思いを聞き届けることもせずに別れてしまった藤野にとって、京本は未知の人のまま。

だから、京本が亡くなったと知った後の物語も、そこに京本の家族が全く姿を表さないことも、それは藤野がそういう情報に注意を向けていないことを表現したかったのかもしれないと思う。

そう思って原作やアニメを見返すと、原作もアニメも藤野にとっての京本はかなり未知の人、夢の中の人であったはずなのに、受け手としてあんまりそのことを意識して来なかった気がする。なぜか、京本はこういう人だろう、と納得させられていた。

でも、今作では、単純な情報量で言えばむしろ原作やアニメ版よりも増えているはずで、原作やアニメの京本と致命的に異なる描写もそこまでは無いはずなのに、何故か京本がどういう人間なのかについては今までの作品のなかで一番ぼんやりした気がする。それは、描写が不明瞭であるというよりも、ひとりの人間に当然備わっているはずの理解できなさに改めて気付かされる感覚に近かったと思う。

「私が連れ出したから京本は死んだ」と名言させない演出や、つるはしのシーンやキックのシーンをあまり印象的にさせずあっさりとやるところともつながる気がする。実写とアニメではやはり情報量の偏りや描写の得意不得意があって、多分アニメに近いかたちで映像を作ると情報量過多でわざとらしくなったり不自然になったりする部分があったのだろうと思う。実際、そういう割と大きな変更に気付きはしたけど、嫌悪感はなかった。自然さに納得できたのだと思う。

だから、作中で描かれている京本は、藤野というひとりの人物が経験した事実と想像した夢とを織り混ぜた何かで、それは現実の人間が別の人間とつながるときに発生する何かと同じ。扉を開くまでは聴こえる気がするペンの音と同じ。物語も事実も、夢も現実も、同じひとりの京本という人間として、藤野という人間に影響する。実写になった分そのリアルで不確かな力みたいなものを、今作は原作やアニメよりも表現していた気がする。

好き好きが別れそうだなと思ったのは、雨のダンスのシーン。原作やアニメ版では段々に込み上げる喜びという感じだったけど、実写はタメが少なく割と最初からトップギアでウキウキしているように見えて、個人的にはそこは原作やアニメの描き方の方が好きだったかも。

俳優陣は素晴らしかった。ちょっと造形が美しすぎる気もしたけど、藤野の明け透けさや京本のはっきりしなさみたいなものがよく表現されてたと思う。追加された登場人物たちとその演技も割と好きだった。特に玉井先生。親にも見せれよ~って言われたい。

総じて、原作やアニメのその通りの実写化ではないけれど、あの原作から読み落としていた部分に気付かされる良い実写化だったと個人的には思う。




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