小説を書くという私について
山根あきらさんのアンケートに答えてみます。
①どうしてあなたは小説を書くのですか?
最初の最初。
私がまだ小学生の頃は、単純な面白さからだった。
父上に感想なしの上に、ただ漢字の間違いを訂正されて、私がむくれるということもあったけど、ただ物語を書くことが楽しかった。
小説家になりたいという夢も、この頃に生まれた。
中学、高校に入って、生活は暗転する。
真っ暗。
友達はいないし、できないし、いても信用できないし、頼る人もいない。地獄の毎日だった。
小説は、夢を描くものではなくて、復讐の手段になる。
小説家になって、必ず見返してやる。
いつか「あの根暗(今だと陰キャ?)が?」
って言わせてやる。
心の底でどろどろしていた。
小説は常に殺伐としていて、書いても書いても苦しかった。
主人公はいつも孤独と失望に苛まれて、とても楽しい小説とは言えなかったし、読む人も、書く人も、登場人物すら、誰も救われない物語。
現実世界でも、私は勇気がなくて、自分が書く小説にも自信がなくて、文芸部に入れなかった。
くだらない見栄だったと思う。
自分の好きなはずのことすら自信がなくて、素直になれなかった。
大学生になって、本腰を入れて小説を書き始める。
文芸誌に応募したり、文フリで本を売ってみたり。
小説は、再び夢をかなえるための存在に生き返る。
でも今度は、自分の才能のなさに突き当たる。
やっと楽しむものに復帰できたのに、小説は迷走。文章が冗長で、一文が長く、物語はまだまだ暗いまま。
どうして小説を書くのか、また分からなくなる。
そんな矢先、病気になる。
小説は書き続けたけど、書いても書いても、自分の状態とリンクして、物語は鬱々としたもの。
小説家の道は閉ざされたと思った。
文才もなければ、こんな中途半端な「不幸」では、描けるものなんて何もない。
身勝手な言い分だし、私の病気や都合なんて関係ない。どんな状態でも、いい作品を書ける人はたくさんいる。
中学、高校時代よりも、悲しかった。
復讐のために、どろどろ書いていた方が、小説に対して執着できた。
あの頃、なぜ小説を書き続けたのか、分からない。
こんな話は欺瞞だ、偽善だと思いながら、「いい話」を書いて、地元の文学賞に応募し、賞をもらって褒められたのもその頃。
私にとって小説は、人生の残りカスみたいなものだった。
少なくとも数年後までには、自分は死んでいるだろうと毎日思っていた。
毎日死ぬことばかり考え、確実に死ねる方法を探し続けた。
現実世界で、チャレンジしてもしても空回りしかしない、仕事探しや生きる理由探し。治らない病気。悪化する病気。家族とのすれ違い。きょうだいとの決裂。
なぜ小説を書いているのかよりも、なぜ今、生き恥をさらして、生きているのかを考える方が辛かった。
死ぬことと比べたら、全てがどうでもいいのに、それでも小説は書いていた。
思えば小説は、正気を保つための装置だったのかもしれない。
それからしばらくして、私は実家を出た。
仕事も見つけて、今も働いている。
noteにも出会って、noteに小説を時々投稿することを始めた。
小説家になる夢のために、今私は小説を書いていない
何のために、なぜ。
自分を再び救い出すためだと思う。
純粋な楽しみでも、復讐のためでもない。
書くという行為が、私を救っている。
小説の中身や物語の筋というよりも、ただ考えを巡らせて、小説を仕上げていく工程で、幾筋も見えてくる可能性に救われている。
実際、私の小説は、noteでも爆発的に読まれているものではない。
でも私はそれでいい。
可能性を信じ、可能性を見つける作業が、私が小説を書くということだから。
【今日の英作文】
将来どんな料理人になりたいか具体的に考える必要がある。調理師免許は取って終わりじゃなくて、スタート地点だもの。
I have to think specifically about what kind of chef I want to become in the future. Getting a chef's license is not just a goal, but it's my starting point.
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