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祝祭を背に

地元の祭りが嫌いだった。 

自分はとある東北地方の田舎で生まれ、
田舎と言っても隣の家まで10分みたいなやつではない中途半端な田舎で、
最寄り駅までは徒歩で1時間だし、CDショップは隣町に行かないと無いし、見渡す限り田んぼではあるけどそれなりに住宅街ではあるみたいな地域。

教師の父親と専業主婦の母親の間に産まれ、
父親は今の言葉で表すと陽キャ的な人で、町内会の会長とかを任されていて、その息子である自分は半強制的に子ども会でのリーダー的な役割を押し付けられ、地区の祭りへしぶしぶ参加させられ神輿を担いで無事筋肉痛になったり、いつの間にかボーイスカウト的なものに行くことになっていたり、地区が運営している謎の運動会でやりたくもない選手宣誓とかをさせられたり、大して足が速くないのに地区代表リレーの選手とかを任され走ることになった。
自分の部屋で本を読んだり音楽を聴いたりゲームをしたかった少年の休日はときどき潰れ、それらイベント事の全てが心から嫌いになった。
特に「祭り」を想起させるような文言、フォント、出囃子のような音色…それらが生活上に見え隠れすると、自然と距離を取るようになった。

自宅の真隣に公園と集会所と小さい神社がある意味の分からない立地で育ち「田舎」を強く感じていたのもいまの思想に至った弊害かもしれない。
毎晩労働市場から引退したおっさんがどんちゃん酒盛りをしていたり、小さい公園と神社はしょうもないヤンキーのたまり場になっていて休日も夜も「うるせえな」と思いながら日々を過ごしていたし。公園は自分が高校生ぐらいの時にでかい家が建って潰れたけど。

「ああ、自分は"田舎"が苦手なんだな」と言語化できた思春期の頃くらいから、それこそ隣の家に行くまで10分かかるような祖母の家に遊びに行く度に具合を悪くすることが多くなった。目は痒くなるし、頭痛はするし、ほんのり気持ち悪くなるし、酷い花粉症にも似た症状を毎回持ち帰ることになり、いつからか家族での帰省を拒むようになった。

そんな自分が社会人になったことを契機として"地元"や"田舎"に「嫌い」の全てを押し付け関東に移住してきたのはある種自身を守るための必然的な行動だったのだろう。

ちなみに言うと、自分は花火大会の楽しみ方が全く分からない。
火薬がでかい音とともに空で円状に破裂して何を思えばいいのか分からない。人混みもいやだし。


音楽は好きだ。

物心ついた時から歌謡曲~90年代ヒットチャートバブル時代の曲が延々と流れている環境で、4,5歳の頃には既に脳内で作曲をしていた。聞きかじったはいいものの全く意味を理解していないまま「Forever」「Soul」とか歌っていた気がする。
中学でアコースティックギターを手に取り、高校でバンドを組んだ。さすがに単語の意味は知りつつも「It's so long」とか歌っていた。

ライブはやるのも観るのも好きだ。どちらかというとプレッシャーなく音楽に浸れる後者のが好きだ。ただ、上記で触れた成育歴や元来の性格が
影響したのか「音楽フェスティバル」という文言や「ライブ中になんか観客全員で同じ動きをする文化」には馴染めなかった。
そこに「地域の祭り」とか「同質性を保つことにより生まれる構成員の絆」みたいなものがどうしても自分の中で結びついてしまうのかも知れない。
"みんな"に絆が生まれるとき、だいたい自分は居心地の悪さを感じる。


アイドルを好きになった。
2020年、偶然コロナ禍と重なる形で以前勤めていた職場にてそれなりの病名を頂戴し療養生活に入り、当時交際していた彼女と別れてしまった自分の心の隙間に入り込んだのは、たまたま観た深夜番組のアイドルコンテンツだった。

社会復帰していくばくかした2025年、北海道発の「タイトル未定」というグループを好きになった。
理由は、シンプルに曲と歌がいいから。

自分が好きになるアーティストは、どこか無機質で、寒色で、淡々としていて、振る舞いも観客に多くを求めない人たちが多かった。ベースにそれがあって、そこからふと漏れる人間性みたいなものに惹かれ続けた。

そんな自分が、いわゆる土着性の強いロコドルに分類されるグループに惹かれたのは意外だった。たぶん自分は、ルックや表層的に「地域性」を売り出しているものに関しては得意じゃないけども、結果として中身に地域活動が伴うものは平気だった(歳を重ねて平気になった?)ことに気付いた。
グループ名の匿名性や全体的に落ち着いたルックの印象で「田舎」を感じなかったことも大きかったのかもしれない。

(これは余談だが、直近でタイトル未定は「どさんこ学園」というTikTokアカウントを開設した。もしグループ名がどさんこ学園だったら間違いなくこんなに好きになっていないことは確信を持って言える。)

2026年、1年以上経ってもこのグループのことがだいぶ好きだ。
我ながら移りげな自分が「好き」を持続しているのは凄いことだ。
そしてなんとなく今夏、彼女たちが所属している事務所が主催で北海道安平町という場所にて2日間開催される夏フェスのチケットと航空券とホテルを両日とも取ってしまった。これは事件だ!

北海道にはこのグループきっかけで2度行ったことがあるが、いずれも札幌市内でのライブきっかけ。今回もライブフェスきっかけとはいえ、出不精で田舎苦手の自分が安くない金額を使って安平に行くことにした理由はうまく説明できない。「なんか、今だなと思ったから」。


夏の北海道で過ごした2日間は、涼しかった。
空気はおいしかったし、空がきれいだった。

自分の生活圏内で全く見ない赤とんぼが死ぬほど飛んでいた。安平に居た2日間でたぶん一生分を見たと思う。

関東から離れた地というのもあったのか、観客もほどよく混んでおらず、でもちゃんと熱気がある人の量でもあり、無料チケットでもかなりいい位置取りでステージを観ることができた。
シンプルに音響が良かったし、観るのに疲れたら後ろに移動して芝生で寝転んで休めるし、お昼寝とかもできちゃうし。また観たくなったらそれなりにいい場所に復帰できるし。音楽体験として良質な場だった。
演者も伸び伸びやっている気がしたし、きっと観客もそんな気がした。
お目当てのタイトル未定は勿論良かった。特に2日目のアコースティックライブが最高だった。

初日、間奏中に絶対エアギターする客がいて最高だった。
あの場所で、彼だけにしかないオリジナルの音色を北の大地に響かせていた。
アイドル文化というのもあり、決まってテンプレート的な掛け声や動き、振りコピなどに場が支配されてしまいがちな光景のなかでとても美しい異質だった。演者を除けば、この北海道遠征で自分の中でのNo,1は彼だった。

そうだよな、こういう一体感とか、同調圧力だとか、そういう俺たちを縛り付けるものから自由になりたくてオタクになったんだよな、だからここに居るんだよな、そうだろ?
なんて、誰ともないけどこの空間に呼びかけたくなった。

たぶんそんなオールドオタクみたいな精神性を持っている捻くれ者は自分含め少数で、普通にみんなは揃えることが楽しいからそうしてるんだろうけど。
いつだってただしいのは社会で、他者で、自分じゃない。


あとはライブ中のギミックで、ひたすら人力でシャボン玉を作る係の人がいて大変そうだった。
でも、時々ステージに重なるシャボン玉は微笑ましい光景だった。

ライブ中、自分の方に向かってきたシャボン玉を人差し指で割った。そこそこの水分が芝生に落ちて、思ったよりも液剤の質量あるんだなって思った。

そんなある種手作り感もあるこの空間が、とても愛おしく感じた。
楽しかった。


たぶん、根本的な自分の田舎嫌いとか、お祭りに対する忌避感とか、地域文化に対する感情はそんなに変わってない。

でも、この安平町で過ごした2日間は間違いなく自分の中で尊いものであったし、そこには心から守りたいと思える景色があった。


花粉症には、ならなかった。

夏が終わる。
生活はつづく。

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