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帰りたいんじゃない。帰れる自分でいたい、んだと思う

「いつ帰るの?」



この質問には、答えがない。


「まあ、いつかは」と言う。


そう答えながら4年が経った。


スペインに来た最初の年、荷物を最小限にした。


「もうすぐ帰るかもしれないから」という理由で、家具を増やさなかった。



折りたたみの椅子を使い続けた。布団は床に敷いていた。


いつか帰るんだから、深く根を張る必要はない。



2年目も、そう思っていた。


3年目も。


4年目、さすがに椅子をまともなものに替えた。


でも、「いつか帰るかもしれない」という感覚は消えなかった。



日本の友人に会うと、「帰ってきたらまた飲もう」と言う。

親に電話するたびに、「いつかは帰るよ」と言う。


「いつか」は、ずっとそこにあった。


でも、その「いつか」に向かって、何かをしたことは一度もなかった。


ある夜、ふと考えた。


「帰ったら、何をするんだろう」


東京に住む?

どこに?

何の仕事を?


誰と?


具体的に考えようとすると、何も出てこなかった。


「帰る」先のイメージが、ない。



4年間、「いつか帰るかもしれない」と思いながら、帰る準備を何もしていなかった。


準備していないのに、言葉だけが残り続けていた。



「いつか帰る」は、呪文だったのかもしれない。


呪文を唱えることで、何かが安心する。


今の生活に完全に踏み込まなくていい。


「仮の場所にいる自分」でいられる。


日本にいた頃の自分も、まだ捨てていないことになる。


でも、その呪文は何を守っていたんだろう。

バレンシアの街に4年いて、友人ができて、行きつけのバルができて、近所のおじさんの名前を覚えた。


これは「仮の生活」じゃない。


それはわかっている。


わかっていながら、「いつか帰る」と言い続けていた。



親が年をとっていく。

それは本当のことで、「いつか」を引き延ばせない理由として、ときどき頭をよぎる。


でも、それを「帰る理由」に変換できないでいる。


親に会いたいと、帰って暮らしたいは、違う話だと気づいてしまっている。



「どこに住んでいますか?」と聞かれると、「スペインです」と答える。


「ずっとそちらにいるんですか?」と聞かれると、「まあ、しばらくは」と答える。


「しばらく」は何年か。


聞かれたことはないし、自分でも答えたことがない。


日本にも、スペインにも、完全には属していない。


どちらにも片足を突っ込んだまま、どちらにも立っていない。


最初はそれが不安だった。


でも最近、少しだけ思うことがある。


「帰る場所」なんて、なくてもいいんじゃないか。


帰る場所を持っていると安心する。


でもその安心は、「今ここ」から目を逸らすための言い訳になることがあ
る。


「いつか帰る」と思っている限り、ここでの生活は仮のままだ。


仮の家具。

仮の人間関係。


仮の覚悟。


全部、仮のまま4年が過ぎた。


もう、仮でいるのはやめようと思った。


帰るかもしれない。


帰らないかもしれない。

それはその時の自分が決める。

でも、今日だけは、ここにいることを選ぶ。


先週、棚を買い替えた。

ちゃんとした、重い、木の棚を。


「どうせいつか帰るから」とは、もう思わなかった。




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