「これさえ終われば」休むために、私は全力で動いていた
自由に過ごせる時間が取れそうな日は、いつもよりよく動く。
目の前のことを、次々と片づける。
あとで気になりそうなことも、できるだけ先に終わらせておく。
誰かに何かを頼まれそうなら、それにも先回りしておく。
一つ終わると、すぐに次へ移る。
途中で少し休むより、今のうちに全部済ませてしまいたい。
これさえ終われば。
ここまで片づければ。
そうやって、自分を急かすように動きながら、私は思っている。
早く終わらせたい。
早く一人になりたい。
一人になったら、何か特別なことをするわけではない。
本を読む日もあれば、音楽を聴く日もある。
何もせず、ただぼんやりしていることもある。
それでも、その時間がほしかった。
だから私は、休むために、全力で動いていた。
休みたいのに、休まず動いている
このことに気づいた時、ずいぶん不思議なことをしているなと思った。
休みたいはずなのに、休むために休まず動いている。
一人で静かに過ごすために、自分を急かしている。
ようやく時間が空いた頃には、すでに疲れていることもある。
休む前に、休むための力を使い切っている。
考えてみれば、少し矛盾している。
けれど、そこで私は、すぐに自分を直そうとするのをやめた。
「また頑張りすぎている」
「休むのが下手なんだ」
「全部終わらせないと休めない癖を変えなくては」
そうやって、せっかく気づいたことを、また自分を責める材料にするのは、少し悲しい気がしたからだ。
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その必死さにも、理由があった
私は、どうしてそこまで急いでいたのだろう。
ゆっくりしている時間は、外から見ると、何もしていないように見えることがある。
何もしていないように見えると、「今ならできそう」と思われるのか、そこに新しい用事が入ってくることもある。
自分では、ようやくつくった休みの時間だと思っている。
けれど、外からは、まだ何かに使える時間に見える。
やることを片づける。
周りに支障が出ないようにしておく。
あとで気になりそうなことも、先に済ませておく。
できるだけ、呼び戻される理由をなくしておく。
そこまでして、ようやく一人でいられる。
その時間は、最初から余っていたわけではなかった。
私が急いで動き、先回りし、なんとかつくり出した時間だった。
そう考えると、途中で予定が入った時に「せっかく急いだのに」と思うのも、少しわかる気がする。
ただ時間を邪魔されたのではない。
そこにたどり着くまでに使った力まで、行き場を失ったように感じていたのだと思う。
そうまでして、守りたかった時間
休むために全力で動くことには、たしかに苦しくなる面がある。
やることをすべて終えるまで、休めなくなる。
休む頃には、もう疲れ切っていることもある。
一人になることが遠く感じるほど、動きが速くなり、余計に自分を追い立ててしまうこともある。
けれど、それだけではなかった。
私は、そのやり方によって、自分に必要な時間を守ってきたのだと思う。
誰かの都合に合わせなくていい時間。
誰かの機嫌や気配を気にしなくていい時間。
何をするかも、何もしないかも、自分で決められる時間。
私にとって、それは「用事がないから空いた時間」ではなかった。
意識してつくらなければ、いつの間にか別のことに使われてしまう時間だった。
だから、そこまでして守ろうとしていた。
「また全力になっている」と見ることもできる。
けれど、
「そうまでして、自分に必要な時間を確保していた」
と見ることもできる。
そう考えると、自分にかける言葉が少し変わる。
休むのが下手だったね、ではなく、
休みたかったんだね。
その時間が、ずいぶん必要だったんだね。
よく守ってきたね。
そんなふうに思った。
守る力にも、追い立てる力にもなる
休むために全力で動くことが、良いのか悪いのか。
たぶん、どちらか一方ではない。
その動きがあったから、心置きなく休めた日もある。
実際に、一人の時間をつくれた日もある。
一方で、休む前に疲れ切り、休むことまで大仕事になった日もある。
自分の時間を守る力にもなる。
自分を追い立てる力にもなる。
同じ動きの中に、両方がある。
だから今は、すぐに結論を出さなくてもいいように思う。
全力で動くのをやめる、と決めなくてもいい。
もっと上手に休もう、と新しい課題をつくらなくてもいい。
ただ、
「ああ、私は今、休むために全力で動いているんだな」
と気づく。
気づいたあとも、私はまた急いで片づける日があると思う。
早く一人になりたくて、先回りして動く日もある。
それで実際に、自分の時間を守れることもあるだろう。
それなら、それでいい。
ただ、自分が何をしているのかわからないまま、必死に動き続けるのと、
「私は今、自分の時間を守ろうとしているんだな」
とわかっているのとでは、少し違う気がする。
自分を追い立てている。
同時に、大切な時間を守ろうとしている。
おそらく、その両方なのだと思う。
片方だけに決めなくていい。
これまでの自分を否定しなくてもいい。
休めなかった自分ではなく、
休む時間を、どうにか守ろうとしていた自分がいた。
それに気づいた時、
「またやっている」
ではなく、
「よくやっていたんだな」
と思えた。
今のところ、それで十分な気がしている。
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