相手の気持ちは、読んだ方がいいと思っていた。
ある動画を見ていて、少し手が止まった。
そこには、こんな言葉があった。
「相手の気持ちを読みとろう」
ではなく、
「あえて気持ちを読まないようにしよう」
あ、そうなんだ。
その言葉を見た瞬間、少し新鮮だった。
というより、自分の中にあった当たり前が、ひとつ裏返されたような感じがした。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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◆ 相手の気持ちは、読んだ方がいいと思っていた
私はたぶん、相手の気持ちは読んだ方がいいと思っていた。
相手はいま、どう感じているのか。
この言い方で、不快になっていないか。
本当は、何を求めているのか。
言葉にはしていないけれど、何か引っかかっているのではないか。
そういうことに気づける方がいい。
空気を読める方がいい。
先回りできる方がいい。
そんなふうに思っていた気がする。
もちろん、それが全部悪いとは思わない。
相手の気持ちを想像できることは、優しさになることもある。
仕事でも、人間関係でも、相手の立場に立って考えることは大切だと思う。
ただ、私の場合はそれが、いつの間にか基本形になっていたのかもしれない。
相手の気持ちを読む。
でもそれが、合っているかどうかは、わからない。
それなのに、「たぶんこう思っているはず」と推測して、
その推測に合わせて、自分の言葉や態度を調整する。
相手がまだ何も言っていないのに、
相手の中にありそうな気持ちを先に探しに行く。
そして、その気持ちを外さないように、
自分の方を少しずつ変えていく。
それが、私の中ではわりと自然な流れだった。
◆ 読んだつもりの気持ちに、合わせにいく
でも考えてみると、相手の気持ちは、本当にはわからない。
表情が少し硬かった。
返事が短かった。
言葉の温度が低く感じた。
いつもより反応が薄かった。
そういうものを見て、私は何かを読み取ろうとする。
怒っているのかな。
嫌だったのかな。
私が何かしたのかな。
もう少し違う言い方をすればよかったのかな。
でも、それはあくまで私の中の推測でしかない。
相手の中に本当にある気持ちかどうかは、わからない。
疲れていただけかもしれない。
別のことで頭がいっぱいだったのかもしれない。
そもそも、そこまで深い意味はなかったのかもしれない。
それなのに私は、読んだつもりになった気持ちに合わせて、
自分の出方を変えようとしていた。
ここが、少し苦しかったのだと思う。
相手に合わせること自体よりも、
合っているかどうかわからない相手の気持ちを先に読みに行き、
その読みをもとに、自分を調整し続けること。
それが積み重なると、
自分の感覚が後回しになる。
私はどうしたいのか。
私はどう感じたのか。
私はどこまでなら引き受けられるのか。
その前に、
相手はどう思うか。
相手はどう受け取るか。
相手にどう見えるか。
そちらが先に立ってしまう。
◆ 黒の中にいると、黒だと気づけない
黒の世界にいると、黒しかわからない。
黒が背景で、
黒が空気で、
黒がルールで、
黒が「普通」になる。
その中にいる間は、自分が黒の中にいることにも気づけない。
私にとっての黒は、
「相手の気持ちは読んだ方がいい」
という前提だったのかもしれない。
読めるなら、読む。
気づけるなら、気づく。
察せるなら、察する。
そして、できるだけ相手に合わせる。
それができることを、どこかで良いことだと思っていた。
でも、白を知ると、黒が見える。
「あえて相手の気持ちを読まない」
その言葉に触れたとき、
私ははじめて、相手の気持ちを読むことを
自分のデフォルトにしていたのだと気づいた。
読まない、という選択肢がある。
それは、私にとって少し驚きだった。
◆ 読まないことは、冷たくなることではない
相手の気持ちを読まないことは、
冷たくなることではないのだと思う。
相手を雑に扱うことでもない。
ただ、まだ確かめてもいない相手の気持ちを、
自分の中で勝手に決めないこと。
そして、その推測に合わせて、
自分を先に曲げにいかないこと。
読める力を消す必要はない。
相手の気持ちを想像できることは、
これからもきっと、大切な力だと思う。
でも、読めることと、読むことは違う。
気づけることと、引き受けることも違う。
相手の気持ちを想像できるからといって、
その全部に反応しなくていい。
相手が何かを感じていそうだからといって、
その気持ちの管理者に、自分がならなくていい。
◆ 読む前に、自分に戻る
もし次に、相手の表情や言葉が気になったら、
すぐに読みに行く前に、一度だけ立ち止まりたい。
私はいま、相手の気持ちを読もうとしている。
そして、それに合わせようとしている。
まず、そこに気づく。
そのうえで、
本当に確認が必要なら、聞けばいい。
距離を取る必要があるなら、距離を取ればいい。
何もしなくていい場面なら、何もしなくていい。
読まないことを選んでもいい。
その選択肢があるだけで、
少し呼吸がしやすくなる気がする。
白を知ると、黒が見える。
それは、黒を責めるためではない。
黒の中にいた自分を責めるためでもない。
ただ、自分が何を当たり前にしてきたのかを知るため。
相手の気持ちは、読んだ方がいいと思っていた。
でもこれからは、
読むかどうかを、自分で選んでもいいのかもしれない。
▼合わせて読みたい
今回の記事では、
相手の気持ちを読むことが、
いつの間にか自分の基本形になっていたのかもしれない、という話を書きました。
近いところで、
相手の言葉や空気に気づいたとき、
そのまま従わなければいけないような気がすることがあります。
読めてしまうことと、
それに反応することは、同じではない。
相手が差し出してきた空気に、
乗るか、乗らないか。
そこを少し分けてみた記事です。
言外の意味がわかっても、そのまま従わなくていい。
もうひとつは、
相手の不安や不満を受け取りすぎて、
いつの間にか自分が処理する側になっていた、という話です。
察する。
拾う。
受け止める。
先に動く。
一回だけなら親切でも、
続いていくうちに、関係の中で“役割”になってしまうことがあります。
相手の気持ちを想像できることと、
その気持ちを引き受けることは、別でいい。
そんな揺り戻しについて書いた記事です。
受け取るのをやめたら、なぜか責められた気がした。
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ご紹介くださり、ありがとうございました。
これからも、置いてよかったと思っていただける記事を、ひとつずつ書いていきます。
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