【第一景|サン・デ・ウルア 滞在五日目】
未明より強風が襲来。
宿の木窓が断続的に震動している。昨夜より継続していた低い風音は、予測以上の速度で港湾全体へ拡大していた。気候周期における雨季の本格的な前兆だ。
夜明けと同時に港へ赴く。
街の大気密度(緊張感)が異なる。昨日までの喧騒は薄く、人々の挙動に僅かな警戒が混じっている。雨季直前の暴風。現地の人間にとっては珍しくない自然現象らしいが、非当事者たる旅人にとっては十分な脅威だ。
港湾では既に船体の固定作業が開始されていた。太綱(おおづな)を増設し、帆布を降ろし、荷箱へ防水布を被せる。誰も無駄に騒がない。この街の住人は、嵐への対処(適応能力)が極めて高い。
作業の途上、突風によって荷箱が崩落しかけた。
視覚情報の検知と同時に、反射的に肉体が駆動する。最小限の力点で木箱を支え、滑り落ちる寸前の木樽を足頭で的確に停止させた。無駄を削ぎ落とした物理演算の行使。
その一瞬だけ周囲の視線がこちらへ集中したが、次の瞬間には、全員が自己の割り当てられた仕事へと復帰していった。
……過剰に干渉し合わないこの距離感は、私の精神にとって少し心地いい。
正午頃、上空が完全に暗転。湿った風の臭気が急激に変質する。
直後、激しい豪雨が開始された。港湾全体が白く霞み、石畳を叩く激しい水音で音声による意志疎通すら遮断される。
作業は中断。倉庫の軒下へと退避する。
昨日の若い水夫が、加熱処理された不揃いな塊を投げて寄越してきた。受領。
掌に伝わる高い熱量。一口すすると、水分を多分に含んだ特有の強い甘味が味覚を満たした。
「雨季前の地中の芋は当たりだぞ!」
周囲の水夫たちが快活に笑っている。
……おそらく、この街の人間は、大自然の暴力に直面した時ほどよく笑うのだ。頑健で、泥臭い生存戦略。
夕刻。暴風の勢力は微減したものの、引き込み水路の水位は上昇を続けている。
宿への帰路、大雨の向こう側で、神殿の灯火が微かに揺れているのを視認した。消灯していない。この街は、こうやって毎年、幾度も雨季の洗礼を越えてきたのだろう。
手の中に残った甘い芋の余韻が、疲弊した脳組織の思考を少しだけ滞らせる。
「……うんめぇなはれ」
誰もいない部屋で、静かに一言だけ呟いた。
懐にある路銀の重量は、次の街へと渡るに十分だ。この潮風の街で果たすべき用向きは、すべて机上に片付いた。明日、私はこの湿ったサン・デ・ウルアを去り、次なる巡礼都市へと足を進める。
#静削の巡礼路
#サンデウルア
#滞在五日目
#ルナハートレイ
#異文明生活紀行
#メソアメリカ幻想
#旅するファンタジー
#港町
#雨季
#スローファンタジー
#生活感のある世界観
#異文化ファンタジー
#ファンタジーイラスト
#旅暮らし
#worldbuilding
#fantasyart
#animeart
#MesoamericanFantasy
#SliceOfLifeFantasy
#OriginalCharacter
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、応援お願いします。いただいたチップはクリエイターとしての活動費として使わせていただきます。