静削のルナ・ハートレイ 【第一景|サン・デ・ウルア 滞在三日目】
早朝より大気の重量感(湿度)が増大している。
港湾の労働者たちも、頻繁に上空へと視線を向けている。気候周期における雨季の到来が間近であると推測される。
昨日、報酬として受領した鮮魚の肉片を、宿の火床にて加熱処理する。
土地の香辛料を微量添加したが、調合比率を誤認した可能性が高い。過度な辛味。舌頭に強い痛覚を感知。
しかし、塩分の強い魚肉との相性は良好だ。防腐効果の上昇が見込めるならば、総合的な判断として悪くない。
摂食後、消耗品の補給のため市場へ赴く。
この街の市場は朝刻よりも昼刻の方が喧騒が激しい。熱量と湿度が増加するに比例して、大衆の音声特性も増大する傾向にある。
香木、焼いた果実、油脂、魚介、そして労働者の汗。あらゆる臭気が渾然一体となり、空間に漂っている。
織物店の軒下に差し掛かった突如、激しい降雨が開始された。
周囲の人間は手慣れた挙動で商品に覆い布を被せていく。状況への適応速度が極めて迅速。私一人が初動において遅れをとった。
店主たる老婆が柔和に微笑み、内奥への退避を促してくれた。
雨音を聴取しつつ、熱い『カカオ』の液汁を譲渡される。強い苦味。しかし、低下していた体温の上昇(温暖効果)を確認。
「旅人は、雨音の匂いで土地を覚えるんだよ」
老婆が発した、理詰めではない言葉。
……脳内の記憶領域に、その意味が静かに浸透していく感覚を覚えた。
手の中の土器が徐々に熱量を失い、激しかった水音が耳に馴染む背景音へと変化していく。
白く霞む雨の向こうの港を見つめ、明日の生存計画を組み立てる。雨が上がれば、次は荷揚げ船の太綱(おおづな)を固定する仕事が待っている。雨季が本格化する前に、さらに日銭を稼がねばならない。
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