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決めた側にも、後味は残る - ハワイ、サプライチェーン変革の現場から

外は抜けるような青空だった。 会議室の空気は、そうではなかった。

ハワイのサプライチェーンを組み替えるための数日。ヤシの木の下を通ってビルに入り、ドアを閉める。話すのは、これまでの感謝と、この先の話をしないという事実だけだ。それを何社か繰り返した。

観光でこの島に来た回数のほうが、ずっと多い。同じ空の下で、こういう種類の会話をすることになるとは思っていなかった。

ハワイのサプライチェーンを組み替えた数日間

昨年の中盤から今年の初めにかけて、一年近くをかけて米国本土のサプライチェーンに手を入れてきた。ディストリビューターとサプライヤーパートナーを戦略的に絞り込み、筋肉質なサプライチェーンを作る。書けば一行だが、実際にやるのは関係を一つずつほどいていく作業だ。

今週やったのは、本土で作った考え方をこの島に持ち込むことだった。

ハワイは、所属する事業にとって最初の海外店舗が立った場所だ。10数年、現地の人たちがコツコツと積み上げてきた仕組みがある。急がず、荒立てず、それでも毎日きちんと店を回してきた。悪い仕組みではない。むしろ、よくここまで持たせたものだ。

ただ、これから先に置いている成長の絵に対しては、形が合わない。合わないものを合わないまま走らせると、どこかで人が壊れるか、不要な資金が流出するか、その両方になる。だから今のうちに組み替える。理屈はそれだけだ。理屈はそれだけなのに、実務は理屈だけでは進まない。

粘着力のある関係

日本企業が海外で作る関係には、独特の粘着力があることを、トリドールに入ってから本格的に学んでいる。契約書に書かれていないことを、書かれていないまま引き受け合う。急な発注にも黙って対応してくれる。担当者同士が長く付き合い、条件の話より先に近況の話をする。

その粘着力が、10数年のあいだ店舗を支えてきた。感謝以外の言葉がない。

それでも、組み替える判断をサポートした。粘着力は規模が小さいうちは強みになるが、店舗数と国が増えた瞬間に再現できなくなる。特定の誰かの善意に依存した仕組みは、その人がいなくなった日に止まる。標準化とは、属人生を仕組に置き換える作業だ。

変革を足し算だと思っている人は多い。新しい仕組みを入れ、新しい取引先を増やし、できることを広げる。だが変革の中心にあるのは、いつも引き算のほうだ。何を減らすか、誰との関係を終えるか、どの歴史を畳むか。増やす判断には賛成者が集まるが、減らす判断は誰も代わりに引き受けてくれない。むしろ反対が多いときもある。

そして減らす側に立つと、必ず感情の衝突にぶつかる。痛みと、悲しみと、恨みに近いものが出てくる。ここを通らずに終わった変革を、まだ一度も見たことがない。

取引が終わる場に現れる、二つの態度

これまで、取引を終える場に何度も立ってきた。国も業種も、規模も違う。それでも机の向こう側は、驚くほどきれいに二つに分かれる。

一方は、経緯を確認するところから入る。ここまでどうやって一緒にやってきたか、何が良くて、何が噛み合わなかったか。そのうえで、こう言う。色々ありましたね、ありがとう。ただ、ここだけは助けてほしい。

終わりを、次につなげようとする。この手の相手と別れる時ほど、こちらの胸が痛む。正しい判断をしているのに、席を立つ足が重い。

他方は、最初の話が終わった瞬間に表情が変わる。それまで丁寧だった人が、別人のようになる。ある場面では、サンクコストは我々の役割ではない、と言い切られた。過去に積み上げてきたものは自分たちが背負うものではない、と。

言っていること自体は間違っていない。正しいのに、その正しさが人を切るための道具として使われる瞬間がある。その場で言い返す言葉は用意していたが、飲み込んだ。飲み込んだものは、しばらく残る。

サンクコストを切ったつもりで、将来を捨てている

別の場面では、最後に good luck と言われた。部屋を出る間際の、背中越しの一言だった。励ましにも、それ以外にも聞こえた。

正直に書けば、その二語だけが今も引っかかっている。会議の中身より、資料の出来より、あの一言のほうが記憶に残っている。今までの表面的な薄っぺらいメール、やり取り、会話の数々よりだ。

引っかかりの正体は、感情の部分ではない。時間軸だ。

その時点で、取引はまだ数ヶ月残っていた。積み残しの在庫も、走っている商品もある。さらに言えば、こちらは扉を閉じていない。条件が変われば再び組む可能性があると、その場ではっきり伝えている。

つまり相手の手元には、残りの数ヶ月をきれいに終える価値と、いつかもう一度組むという選択肢が、両方残っていた。選択肢には値札がつく。行使するかどうかは後で決めればよく、持っているだけなら費用はかからない。

サンクコストを切れと言った人が、その同じ口で、費用のかからない将来の選択肢をまとめて手放した。過去の費用は相手持ち。未来のオプション価値は捨てる。IRRなら最低の選択肢だ。

経営の言語は、身につければ賢く見える。だが本当に身についているかどうかは、平時の会議ではわからない。損を引き受ける場面で、その人が何を計算に入れて、何を落とすかを見た時にだけわかる。

攻めている者の前にしか、氷山は見えない

人との関係は、氷山に似ている。海の上に出ているのは全体のごく一部で、大半は水面の下に沈んでいる。

普段の仕事で見えるのは、上に出ている部分だけだ。挨拶があり、会食があり、業績の話があり、たまに軽い揉め事がある。それで十分に回る。沈んでいる側に何があるかを知らないまま、船は進む。

下の部分が姿を見せるのは、極限の状態に入った時だけだ。取引が止まる。条件が崩れる。どちらかが確実に損をする。逃げ場がなくなった瞬間に、その人が何を大事にしていて、何を平気で捨てられるかが浮かび上がってくる。

そして氷山の全体像は、そこまで近づいた船にしか見えない。

変革の中心に立たなければ、取引を終える会議室に呼ばれることはない。今のやり方を守っている限り、誰も豹変しないし、誰も歩み寄ってこない。何も起きないことが、そのまま何も見えないことになる。

同じ組織に長くいる人が受け身になるのは、意識が低いからではないと感じる。立った場所の数が少ないからだではないだろうか?
判断を下す場に立たない年月が続けば、判断する筋肉は静かに落ちる。自分事として主体性を持たないで、他責で日々を過ごしていてもビジネスを進む。だが、落ちたことは、落ちているあいだは自分では気づけない。これは自分にも同じことが言える。守りに入っていた時期の自分が、何を見なくなっていたかを覚えている。

左脳で決めたことを、右脳がまだ引きずっている

出張の終盤、同僚と数日を振り返っていた時に聞かれた。ああいうヒリヒリする打ち合わせのあと、背景にある感情をどう処理しているのか、と。

すぐには答えられなかった。

左脳のほうは、答えが決まっている。事業として正しいことをやる。米国は今後の成長の中心として外にも説明している場所であり、そこには非連続の変化が要る。しかもそれを個人の思いつきで進めるのではなく、リスクを洗い、代替案を並べ、組織として決裁を取ったうえで実行する。この手順を踏んでいる限り、判断そのもの、決裁を仰いだ提案に一切の迷いはない。

問題は右脳のほうだ。

どれだけシミュレーションを重ねても、最悪の展開を先に想像しておいても、受け手の立場に沿って話す順番を組み立てておいても、当日そこに座っているのは生身の人間だ。長く付き合った相手が、こちらの説明の途中で目を伏せる。ペンを置く。足を組みなおす。その瞬間に来るものは、準備では消せない。準備は判断の質を上げるが、感情の量は減らさない。

場数を踏めば平気になる、という話ではない。慣れて感覚が麻痺したなら、それはもう変革ではなく作業だ。相手の表情が読めなくなった人間に、次の交渉は任せられない。麻痺は成長に見えるが、実際には最も高い代償を払っている。

いまのところ、たどり着いているのは三つだけだ。引き出しを増やすこと。相手の反応の型を蓄えておけば、当日の動揺は減る。次に、割り切る線を自分で引くこと。組織の判断として引き受ける部分と、個人として持ち帰る部分を分けておく。そして、持ち帰った分を抜く手段を持ち続けること。走る、食べる、書く、何も考えずに作品の前に立つ。

強い人間だから続けられるのではない。弱いまま続けるための手段を、いくつ持っているかの話だ。正しい判断をした日に、いい気分でいられるとは限らない。むしろ正しい判断ほど、後味が悪い。

南瓜の前で足が止まった

最後のアポが終わった後、Ala Moana Shopping Centerで足が止まった。

草間彌生さんの南瓜が置かれている。訃報を知ったのは、日本を発つ少し前だ。まさかこの場所で作品の前に立つとは思っていなかった。

言葉を選ぶ体力を、その数日で使い切っていた。何かを考えようとして、何も浮かばなかった。ただ、しばらく動けなかった。

失ってはじめて見えるものがある。仕事でも、そうでなくても。

10数年かけて作られた関係を畳む側に立って、その関係が何を支えてきたのかが、畳む段になってようやく見えた。歩み寄ってくれた人の言葉も、背を向けた人の言葉も、あの場に立たなければ一生知らずに済んだ。知らずに済むほうが、たぶん楽だった。

それでも、ヒリヒリする場に立ち続けるほうを選ぶ。そこでしか人は形にならないし、組織も形にならない。自戒も込めて。

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