かつて「休みたい」と言っていた私が、仕事に燃えている理由〜本気で休むには、本気で働く覚悟も要る〜
こんにちは。シマエナガです。
私はずっと、「とにかく休みたい」と思っていました。
「仕事はほどほどでいい」
「バカンスが自由に取れる社会になってほしい」
そう考えていたし、今もその思いは変わっていません。
実際、私は“日本にバカンス文化を”という活動に取り組んでいます。
でも、そんな私が今――
ものすごく働いています。
救急車を一台でも多く受けたいと思っている
私は現在、ER(救急外来)に専属で入り、救急対応に携わっています。
そしてここ最近、仕事に対してこんな感情を抱くようになっていました。
「救急車を一台でも多く受けたい」
「効率良くより多く救急車を受けるにはどうしたらよいか」
以前の自分からすれば、驚くようなモチベーションです。
無理しているわけでも、誰かに言われているわけでもない。
気づけば自然と、体も心もそっちに向かっていました。

“休みたい”気持ちと“頑張りたい”気持ちは矛盾しない
このことを誰かに話すと、
「どういう風の吹き回し?」なんて笑われることもあります。
でも、私は思うんです。
「休みたい」という感情と、「頑張りたい」という感情は、
実はぜんぜん矛盾しない。
むしろ、どちらか一方だけでは続かない。
休むから頑張れるし、頑張るからこそ休みが必要になると思います・
バカンスは究極の効率化
日本にバカンスを根づかせたいと考えるなら、
「とにかく休もう」とだけ叫んでも不十分です。
みんながしっかり休むには、
同じ分だけ、働く時間を効率的に・集中して使う必要がある。
それがないままに休暇だけを求めれば、
社会は回らなくなってしまう。
「働くときは働く。休むときは休む。」
このメリハリをつける感覚は、
バカンスを文化として根づかせるために、欠かせない思考だと思います。

働きすぎでも、怠け者でもなく
「しっかり休みたいと思う人」は、
「しっかり働く意志がある人」だと、私は思っています。
私は怠けたいわけではない。
ただ、だらだら働くのは嫌だった。
やるときは本気でやる。
そのかわり、休むときは本気で休む。
そういう働き方・生き方を、ようやく自分の中に定着させられた気がします。
おわりに
あの頃の私は「とにかく休みたい」とだけ思っていた。
今の私は、「どうやったら休める社会を現実にできるか」を考えている。
そしてそのためには、
自分が“働く人間”としても、本気になることが必要だと、
自然と理解するようになっていました。
「ちゃんと休める社会」を目指すことと、「ちゃんと働く自分」でいることは、きっと両立できるし、むしろ切り離せないものだと思っています。
「バカンスが欲しい」とただ叫んでいた過去の自分が、今の私を見たらどう思うだろう。
こんな風に考えるようになるなんて思いもしなかった。
私は、「仕事も休みも全力!」の今の自分の方が好きなんです。
シマエナガ
