【せりふ三題噺】キャンディ暗闇魔女
玄関を叩く音がした。
夜の十時。外は静かで、街灯の明かりは遠い。
扉を開けると、小さな魔女の帽子が見えた。
「トリック・オア・トリート!」
少し遅い時間だったが、袋を差し出されれば断る理由もない。戸棚に残っていた菓子を数個、袋に入れた。
子どもは小さく頭を下げ、暗闇に消えていった。
それは、恋人を失って初めてのハロウィンの出来事だった。
翌年も、同じ時間にノックがあった。
「トリック・オア・トリート!」
子どもは去年より少し背が伸びていた。髪の色が、恋人に似ていた。
チョコを渡すと、にこりと笑って帰っていった。
三年目、四年目と、毎年やって来た。
年を追うごとに魔女の帽子は小さく、背丈は大人に近づいていった。
声も、笑い方も、仕草も。すべてがあの人に似ていた。
五年目の夜。ノックの音がしても、もう驚かなかった。
玄関を開けると、そこには一人の少女が立っていた。
「トリック・オア・トリート!」
微笑んだ顔が、もう会えないはずの恋人と瓜二つだった。
「……もう、渡せるものはなにもないんだ」
声が震えた。
「きみは、僕のーーー」
言いかけた瞬間、唇に何かが触れた。
硬く、甘いものが口の中に転がった。
キャンディだと気づいた時には、少女の姿はもうなく、意識はそのまま闇へと沈んだ。
目を覚ますと、朝だった。枕元を見ると、ひと粒のキャンディが置かれている。
包み紙には、たった一言。
「トリック」
(575文字)
*この記事は下記企画に参加しています*
