焚き火を囲みながら穏やかな心地になれる理由を探す夜|泊まれる古本屋山猫堂 in 岩手県陸前高田市
ぱちぱちと燃える火を見つめながら、手前に置いた網の上で野菜を焼く。それをのんびりと繰り返す。時折、薪が焚べられるのに感謝しながら、ぼんやりと目の前の火と炭へと向かう野菜を見つめていると、心が凪いでいくのが分かる。
『焚き火は好い』
その言葉に、自然と頷くほどに、焚き火は好いと心から感じられる。集まった人々で火を囲み、ぱちぱちと燃える火、ゆらゆらと揺らぐ炎を見ながら歓談を交わしつつ、焼いた食べ物を口にする。なんて幸福な時間だろうか。
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焚き火を囲んで安らぎを得る夜|泊まれる古本屋山猫堂 in 岩手県陸前高田市
泊まれる古本屋山猫堂(岩手県陸前高田市)で、2026年8月15日に焚き火が行われた。例年実施しているもので、昨年の秋以来の開催である。今年は7月及び8月14日に予定していたが、両日とも生憎の雨に見舞われたことから、この日が初めての開催となった。
焚き火を囲みながら、持ち寄った野菜やフランクフルト、マシュマロなどのお菓子を焼いたり、そのまま食べたりしながら、歓談を楽しむ。長閑で温かな(熱い)時間がゆったりと進む。『焚き火は好い』。そんな言葉が自然と口を出る、とても好い夜だった。
焚き火を囲むと穏やかな心持ちになるのはなぜだろう
どうして火を囲むと穏やかな心地になるのだろうか。昨年の山火事で火に囲まれたときの心地とは正反対の心地に、ふとそんな疑問を抱く。併せて、先日、青森県つがる市のカルコを訪れ、縄文時代の人々の暮らしを垣間見たのを思い出す。
遥か昔、人々にとって火とは、おそらく頼もしい存在だったのではなかろうか。火のお陰で食の安全性やバリエーションが増すし、動物を狩る際には武器にもなる。夜の安全性を確保する上でも大いに役に立っただろう。
現代を生きる我々の日常生活において、そうした直接的な火による加護を受けるケースは多いには多いけれど、少なくとも狩りや照明の面で必要とするケースは多くない。
調理さえ電気に代替されていっているため、直接的に火を扱う場面は減少傾向にある。それでも火を囲み、目の前の火を見つめている時間に安らぎのような感情を抱く。どこか遠くなった火という存在に、近親者と居るような安心感を覚えるのだ。
もしかするとそれは、かつて火とともに暮らして来た時代の名残のようなものが、遺伝子レベルで我々の内側に残されているのかもしれない。ふとそんなノスタルジーな想いを抱いた。
もっとも、ともに居て安心できる人々と火を囲み、語らう時間を過ごしているから、穏やかな気持ちになれているだけかもしれない。ところで、焚き火の主催である泊まれる古本屋山猫堂では、8月30日に映画上映を予定している。下記Instagramから詳細を確認の上、ぜひ申し込んで欲しい。
写真で見る泊まれる古本屋山猫堂での焚き火




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