6.ハタヨガ(後半)

【プラーナヤーマ】

プラーナヤーマはプラーナ(息、呼吸、生気、生命力)とアーヤーマ(伸ばす、広げる、制御する)という2つの言葉からできています。ですからプラーナヤーマとは、生命エネルギーとしてのプラーナを体内に蓄え、身体の隅々に拡散させる方法という事になります。プラーナヤーマは肉体と心をつなぐもので、唯一自分でコントロールできるものです。

※プラーナヤーマ表では、「ハタ・ヨーガ・プラディーピカー」「ゲーランダ・サンヒター」の各プラーナヤーマについてまとめています。

[プラーナヤーマ表]


【パンチャ(5つ)コーシャ(鞘)と3つ体】

今から3〜4千年前に書かれたタイティリーヤ・ウパニシャッドには上記の人間構造論“人間五蔵説”が説かれています。それによると、人間の身体を構成している5つの鞘はそれぞれ次元の異なったエネルギーで、これらが重なり合っているといいます。これらの5つはお互いに関連していて、一番外側の鞘が刺激されて次の内側の鞘に影響が与えられます。そして、5つの鞘の層は内側に向かうほど微細なものになっていきます。

·アンナマヤコーシャ(食物からなる鞘)

5つの中では最も粗雑なもので、食物によって活動するのでこの名が付けられています。アーサナなどによってこの鞘を整えますが、それは次のプラーナマヤコーシャをも刺激し、影響を与えます。

·プラーナマヤコーシャ(プラーナよりなる鞘)

プラーナヤーマなどで取り入れたプラーナは、この身体中を巡る、ナーディーと呼ばれる道を通ります。ナーディーは血管や神経組織ではないので解剖しても身体から取り出すことはできません。プラーナマヤコーシャを整えることで肉体の軽快さはもちろんのこと、マノーマヤコーシャの意識や心にも良い刺激を与えています。

·マノーマヤコーシャ(意識よりなる鞘)

意識·心よりなる鞘で、一番外側のアンナマヤコーシャやその内側のプラーナマヤコーシャより更に微細で霊妙な鞘です。感覚器官(五感覚器官と五行為器官など)を通じていろいろなことを感じたり、思考したりする鞘です。※感覚器官に関してはサーンキヤ哲学で言うの二十五の原理に記載あり

·ジニャーナマヤコーシャ(知識よりなる鞘)

知的なことや理性的なことに関する鞘です。感覚器官や思考を通して得た様々なものをこの鞘で判断します。情報としての知識ではなく、解脱や精神的なものに関する智慧を指しています。

·アーナンダマヤコーシャ(歓喜よりなる鞘)

ここで言う歓喜は日常的・感覚的な儚い快楽や歓喜のことではありません。穏やかさと心の安らぎに満ちた永久的な至福を感じる鞘です。5つの鞘の中では最も真我(アートマン・プルシャ)に近いものです。

ヨーガでは上記の5つの鞘の他に、身体を以下の3つに分けて考えることもあります。

これを、トリ(3つ)シャリーラ(身体)といいます。

①ストゥーラ·シャリーラ(粗い、粗雑な身体)

アンナマヤコーシャがこれに該当します。

②スークシュマ·シャリーラ(微細な、霊妙な身体)

プラーナマヤコーシャやマノーマヤコーシャ、ジニャーナマヤコーシャがこれに該当します。

③カーラナ·シャリーラ(原因の身体)

アーナンダマヤコーシャがこれに該当します。


【プラーナ】

※雑なイラストスミマセン

プラーナの話は古ウパニシャッドの時代にも知られていましたが、より研究し、発展させ、上手に利用したのはハタ・ヨーガです。プラーナは辞書で調べると、「息」や「呼吸」などと出ていますが、単に呼吸器官を通して感じる空気の出し入れだけを指しているわけではありません。ハタ・ヨーガ・プラディーピカーでは、「気が動くと心も動く。気が動かなければ心も動かなくなる」とあり、プラーナが心と密接に関係していることを示しています。また、プラーナは中国でおける「気」の概念に相当するものと思われます。インドではプラーナは漠然と捉えられていたわけではなく、その動きや働く場所によって古来より上記の5つに分けられてきました。紀元前500年〜200年頃の「プラシュナ・ウパニシャッド」にはすでに現在使われているのとほぼ同じ5つの気の説明があります。

·アパーナ(地)
ヘソから足にかけて働いている気で、重い性質をもち、ものを下へ下げようとする働きがあります。主に排泄作用を司るエネルギーです。ハタ・ヨーガのテクニックの一つ、ムーラバンダは単に会陰部肛門を締め付けるだけでなく、下流れやすいアパーナを引き上げるためのムドラーです。

·サマーナ(水)
やや軽くて冷たいという性質があります。食事の際に胃や腸に消化液を分泌させて栄養を身体の各部分に平等に運ぶ働きをするエネルギーです。

·プラーナ(火)
軽く、上方向へ向かう性質をもっています。呼吸によって空気中からエネルギーを取り入れて、失われていくエネルギーを絶えず補充します。

·ウダーナ(風)
喉から頭頂にかけて働いている気で、上に上に向かう性質があります。胃の中のものを吐かせたり、しゃべったり歌ったりするももこのウダーナ気の働きによるものです。

·ヴィヤーナ、ヴァーユ、ヴァータ(空)
五気のうちで最も軽い気です。身体全体にいきわたっていて知覚神経を助け、血液を循環させ、他の4つの気を助ける気です。



【ナーディー】

※こちらも雑なイラストスミマセン

·スシュムナー

3本の重要なナーディー中で最も重要なのがスシュムナーです。スシュムナーの上端は頭の中にある穴ブラフマランドラ、下端は会陰部あたりにあるムーラダーラチャクラです。

スシュムナー管はスシュムナー、ヴァジュラー、チトラー、ブラフマナディーの4層構造でできています。次のイダー、ピンガラーの2つのナーディーは、このスシュムナー管を中心にして、お互いに交差するようにしながら左右に流れています。このスシュムナー管の下端にとぐろを巻いて眠っているのがクンダリーニです。クンダリーニが目覚めるとこのスシュムナーの中を上がっていき、スシュムナーはキレイになり、プラーナが流れるようになります。スシュムナーにはチャクラがあるので自然とチャクラの覚醒にも関係します。このように、ナーディー中でも特にスシュムナーにプラーナを通すことがハタ・ヨーガの大きな目的になっています。そして、クンダリーニに目覚めてもらう方法がムドラーというテクニックです。

· イダー

イダーはスシュムナーの左側に位置し、左の鼻孔に通じています。イダーは陰、静、精神、月、女性、冷たいなどの性質があります。イダーを通るプラーナが優勢のときは落ち着いた静かな作業に向いています。しかしあまりに極端な場合は心が沈んだり、暗い気分になってしまいます。

·ピンガラー

ピンガラーはスシュムナーの右側に位置し、右の鼻孔に通じています。ピンガラーはイダーと正反対の陽、動、肉体、太陽、男性、温かいなどの性質を持っています。ピンガラーに通るプラーナが優勢な時は行動的なことや肉体労働に向いています。しかし、これが片寄りすぎると落ち着きのない状態になります。

この呼吸の流れの優劣は60〜90分おきに変化するとも言われています。

【シャットカルマ】

※シャットカルマは、、「ハタ・ヨーガ・プラディーピカー」より「ゲーランダ・サンヒター」に詳しくでてます。
これらの中には危険なものや難しいもの、
今はあまりやらないものなどもあります。
また、それぞれの体質によっても変わります。
参考程度に見ておくくらいで良いと思います。
目的はあくまでも浄化です。


シャットは「6」カルマは「行為」「作法」のことです。具体的には六種の身体の浄化法を指します。実際に行うことが難しい作法や不自然と思われるもの、また、あまり行われていないものもあります。

教典ではシャットカルマはプラーナヤーマの前に、あるいはアーサナの前に行う行法として位置づけられています。ハタ・ヨーガおける身体に関する考え方は、インドのアーユルヴェーダによるところが多くあります。アーユルヴェーダでもハタヨーガでも基本的には身体を「ヴァータ」「ピッタ」「カパ」という3つの体質に分けて考えます。これをトリ(3つ)ドーシャ(障害·腐敗)と言います。ドーシャが平均している時は健康状態にあり、3つのバランスが崩れた時に病気になると説かれています。

·ヴァータ(風)

身体の中で「知る」「動く」「取得する」という三つの働きをするものです。具体的には感覚器官を通していろいろなことを知覚すること、排泄作用、運動、消化の火を強めること、血液を循環させることなどがヴァータの働きです。ですから、このような身体機能がうまく働いてくれないときは、ヴァータの働きが弱まっているときです。 ヴァータが増大しているときは、痩せて体力が落ち、身体が痛み、不眠やイライラが起こり、白髪や脱毛になり、皮膚は黒ずみ、温かいものが欲しくなります。 減少しているときは、身体機能の減退、理解力の減少、苦いもの、乾いたもの、辛いもの、冷たいものが欲しくなります。

·ピッタ (胆汁)

身体の中で「火」「熱」に関する働きをするのがピッタです。体温を維持したり、空腹や渇きを起こし、身体の柔軟性を保ち、皮膚につやを与えたり、高度な知的作業をするのもピッタの働きです。 ピッタが増大しているときは、排泄物や皮膚や目が黄色くなります。また、ピッタは熱の原理ですので、発熱やめまい、空腹感や喉の渇き、尿の量の減少、発汗などが起こり、冷たいものを欲しがります。減少しているときは、消化の火が弱くなり、皮膚につやがなくなり、酸味、塩味、辛味、温かいもの、刺激的なものを好むようになります。

·カパ(痰)

「痰」のことで、シュレーシュマー (śleșmā)と呼ばれることもあります。「結合する」「結び付く」という働きで、身体の中では水分に関係したものがカパです。たとえば、身体に水気や脂気などの潤いを与えたり、関節を守ったり、身体の中のいろいろな組織を結び付けたり、病気に対する抵抗力をつけたり、忍耐力を養ったりするのはこのカバの働きです。カバが増大しているときは、排泄物や皮膚の色が白くなり、身体が冷え、動作が鈍くなり、眠くなり、食欲不振になります。頭も重く思考力が低下し、口の中が甘くなります。減少しているときは、関節の無力化、甘味、酸味、塩味、脂気のもの、消化に時間のかかるものや冷たいもの、特にヨーグルトや牛乳を好むようになります。

【ムドラー】

ムドラーは、アーサナやプラーナヤーマと並んで、ハタヨーガの行法の中では大変重要な位置を占めるものです。ラージャヨーガやカルマヨーガに見られないものでタントラ系のヨーガ独自のものと言えます。ムドラーとは、「封印」「印章」「記号」「象徴」「シンボル」「儀式における印契」という意味で、ある物事を印や記号や動作で表現したものです。仏像などに見られるいろいろな手や指の形もムドラーで、悟りや慈悲、救いなど目に見えないものを手や指によって表現しています。しかし何故かハタ・ヨーガ場合ではクンダリーニと呼ばれる潜在的なエネルギーを目覚めさせる目的を持っています。それには絶えず身体から出ていくプラーナを身体内にとどめ、活性させるという方法をとります。一般的には、アーサナではその姿勢を保っている時は無理のない楽な呼吸をし、必要以上の力を抜き、身体に意識を向けていきますがムドラーではクンバカをし、さらにバンダ行い、ある一点、あるいはチャクラなどに意識を集中させます、外見はアーサナとさほど変わらないように見えますが、実はアーサナとはことなるテクニックです。

ムドラーの種類は教典によって異なります。また、それぞれのムドラーにおけるバンダや意識する場所は明記されておらず、ハタヨーガでも特に秘密にしなければならない行法と言われ、分からない点も多いです。ここでもやはりグルの指導が大切な要素になります。

※クンバカ…息を止める(止息) バンダ…締め付けるなどという意味でエネルギーコントロールテクニックの1つ

【チャクラ】

クンダリーニ同様、チャクラもハタヨーガ的なもので、本来は分析したり学問として取り上げるような性質ものではなく、感じたり経験してはじめて理解できるものです。チャクラとは文字通りには「輪」とか「円」を意味しますが、ハタヨーガおけるチャクラは、エネルギーの凝縮したセンターとして考えられています。身体にあるといっても、骨や神経組織のように肉体の一部として存在しているわけではないので直接刺激したり触れたりすることはできません。まず、ムドラーやバンダなどでクンダリーニを目覚めさせ、スシュムナーの中を掃除してもらい、プラーナが自由に流れるようにしておきます。それからプラーナを上昇させていきますが、その時プラーナが上昇するにつれて、今までプラーナが通ってなかったチャクラにもプラーナが流れます。その結果、6つないし7つのチャクラが活性化していくと考えられます。教典などである程度の位置や色や形の説明がされています。

※「ハタ・ヨーガ・プラディーピカー」ではⅡ-5に、「シヴァ・サンヒター」では第五章の78節〜172節に解説があります。

①ムーラダーラ・チャクラ

ムーラは「根」「土台」、アーダーラは「支え」「支柱」の意味です。肉体でいうと会陰部の辺りに位置します。クンダリーニが三巻き半のとぐろを巻いて眠っています。

②スヴァーディシュターナ・チャクラ

スヴァは「自身の」「私の」、アディシュターナは「状態」「立場」。自分の真の状態を表すチャクラ。性器の辺りに位置するチャクラです。

③マニプーラ・チャクラ

マニは「宝石」、プーラは「都市」「町」。宝石で輝く都のチャクラ。ヘソの辺りにあり、太陽があると言われています。

④アナーハタ・チャクラ

アナーハタとは「打たれざる」「触れざる」という意味です。胸、あるいは心臓の辺りに位置します。音は2つのものが触れてはじめて出るものですが、このチャクラからは何も接触しないでも生じる神秘的な音(ナーダ音)が出ています。

⑤ヴィシュダ・チャクラ

ヴィシュダは「清浄にされた」の意味。清浄なチャクラ。喉に位置するチャクラです。

⑥アージニャー・チャクラ

アージニャーは「命令」「指揮」の意味。命令のチャクラ。アーギャーとも発音します。眉間の辺りにあります。第三の眼とも言われ、物事の真実を見る眼です。

⑦サハスラーラ・チャクラ

サハスラは「千」の意味。千の花弁を持つ蓮華のチャクラ。位置については、脳の中、頭頂、頭の上など様々な場所が言われています。


【ハタ・ヨガとラージャ・ヨーガ】

ハタヨーガ教典には、ハタヨーガはラージャヨーガの予備部門として位置づけられていますが、ここで言うラージャヨーガは古典ヨーガのラージャヨーガではありません。身体を使うハタヨーガの瞑想部門がラージャヨーガであり、ラージャヨーガはサマーディの同義語として使われています。ハタヨーガはヨーガスートラをテキストとするラージャヨーガと比べると、テクニックにおいても哲学的にも相違点があります。したがってハタヨーガはハタヨーガ独自に考えた方が良いと思います。

思想的にはラージャヨーガはサーンキヤ哲学を背景にしているのに対し、ハタヨーガハタヨーガはヴェーダンタ哲学と深い関係にあります。ラージャヨーガはプルシャがプラクリティの活動に惑わされず、プルシャが本来の自己を認識し、純粋な状態に戻ることを目指しますがヴェーダンタではアートマンとブラフマンの合一を説きます。

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