祖父との思い出。
おはようございます。
今日は終戦の日ですね。
この日が来ると、亡くなった祖父の事を思い出します。
祖父はとても厳格な人でした。
会いに行ったらまずは必ず祖父の前に行き、
正座をして「おじいちゃん、遊びに来ました!」とご挨拶することが当たり前でした。
ニコニコ笑顔で接してもらったという記憶は一度もありません。
ご挨拶の後には「学校はどうや?元気に行ってるか?」とか、「怪我したり病気したりしてないか?」と、毎回ポツポツっと声をかけてくれ、
それに「はい!元気に通ってます!」
とお返事するのが、唯一祖父との会話という感じでした。
笑顔を見ることはありませんでしたし、抱っこしてもらった事も、手を繋いでもらった記憶もありません。
けれど、不思議と私は祖父から愛されてるという感覚はあって、祖父が大好きでした。
いつだったかの夏休み、私は母に連れられて祖父の家に行った時、夏休みの自由研究として戦争を取り上げようと思い祖父に、戦争の話を聞いてみたいと伝えました。
どんな質問をして、どんな会話をしたのか細かなところは覚えておらず、蘇るのは
「じいちゃんはこれだけで済んだけどな。」
と、祖父が私の前でそっと手のひらを広げたシーンのみ。
祖父の指は数カ所が欠損していました。
何度も会っているのに、祖父の指がそうなっていたことを私はその日まで全く知りませんでした。
痛かった?今も痛い?
多分私はそう聞いたような気がします。
「戦争なんかするもんやない。」
ボソボソっとそう言った祖父の瞳は私の方は見ておらず、どこか遠くをじっと見ているようでした。
私は祖父が戦争のことを話すのは嫌なんだと感じて、結局それ以上何も聞けないでいました。
その後祖父が亡くなるまで、戦争の話を聞くこともありませんでした。
祖父が先の大戦でどのような立場だったのかは私にはわかりませんが、額に収めて飾られていた写真の祖父は、階級章をたくさんつけた軍服を着ていました。
子供の頃の私には、その祖父の写真がとても格好良く、意味もわからず誇らしく見えていました。
けれど、この歳になって祖父と言ってまず思い出されるのは、
祖父の遠くを見つめていた、あの斜めから見た祖父の表情ばかり。
戦争なんかするもんじゃない
どんな気持ちで私にその一言を伝えたのか。それは私にはわかりません。
ただただ、祖父が1番伝えたかった事がそこに集約されてるんだなという事実だけが、何年経っても私の胸に残っています。
多くの方が命をかけて守ってくださった美しい日本や私たちの未来。
これからもずっと平和で穏やかな日本であり続けられるよう願って止みません。
謹んで哀悼の意を捧げ
御霊の永久の安らぎをお祈りいたします
