短編小説「ニューヨークで見つけた秘密」
「ねぇ、祥子・・・一緒にニューヨーク行かない?」
「ニューヨークかぁ、旅行代理店に勤めてるくせに、まだ行ったことないんだよね。いいよ、行こう!」
「よかった!やっぱり祥子を誘って正解だったわ」
「ところでお目当てはどこ?自由の女神?マンハッタンクルーズ?それともブロードウェイでミュージカル?」
「そういうのも悪くないけど、私、どうしても行きたい場所があるの」
「どこ?」
「メトロポリタン美術館」
「あれ、真由美ってそんなに美術館好きだったっけ?」
「美術館というより、“あの”メトロポリタンに惹かれるの」
「ふーん、なんだか分からないけど任せて。日程は私が調整するから」
六月初め、二人はJFK空港に降り立った。
「さあ、三日間ニューヨークを満喫しよう!」
「そうね。今日はホテルに着いたら、すぐ寝よ。明日に備えて」
成田から十三時間。足はパンパン。熱いお風呂に浸かったあと、二人はベッドに身を投げ出した。
翌日はバッテリーパークからリバティ島へ、そしてブロードウェイ。定番を楽しみ尽くした。
そして二日目。ついにメトロポリタン美術館へ。
初めて乗るニューヨークの地下鉄は意外にきれい。
「これ、日本製なんだよ。落書きもすぐ消える素材を使ってるんだって」
「へえ、さすが旅行代理店勤務!」真由美は笑いながら祥子を見直す。
メトロポリタンは想像以上に大きく、堂々としていた。
「なんか、迷子になりそう」
真由美は思い出す。カニグズバーグの『クローディアの秘密』。
ヒロインのクローディアは弟と共にこの美術館に家出し、何日も過ごした。
二人だけの秘密を抱えたことで、クローディアは満足して家に帰ったのだ。
真由美は自分に問いかける。
「私は・・・何を期待してここに来たんだろう」
子どもの頃から憧れていた場所。
自分だけの秘密を見つけたかったのかもしれない。
でも実際に来てみると、なぜかそれだけで満たされてしまった。
「ねぇ祥子、明日の予定なんだけど」
「明日はアウトレットで買い物でしょ?」
「もちろん行くけど、もう一箇所増やしたいの」
「どこ?」
「MOMAに行こう!」
「ニューヨーク近代美術館?また美術館?」
「小さめだからすぐ終わるわ。祥子に見せたいものがあるの」
「なにそれ」
「ひ・み・つ」
MOMAでダリやウォーホルを見流しながら、真由美は迷わず目的の部屋へ。
「祥子、ここ」
「ルーム515?」
「入ってみて」
扉をくぐると、そこはモネの《睡蓮》に囲まれた空間だった。
中央のソファに腰を下ろすと、視界いっぱいに広がる睡蓮。
光に包まれるような静謐な時間。
横を見ると祥子が口を半開きにして絵に見入っていた。
どれほどの間、二人はその場にいたのだろう。
展示室を出ると、祥子が口を開いた。
「まいったな。ニューヨークで一番心に残ったのがこれだったなんて」
「実は私も」
「今まで『なんで日本人は印象派が好きなんだろう』って斜めに見てたのに。悔しい」
「祥子らしいわね。で、帰ったら正直に言う?『ニューヨークで一番よかったのはモネの睡蓮です』って」
「絶対言わない!」
「うふふ。じゃあ、二人だけの秘密ね」
「うん。公式発表は、『一番良かったのはブロードウェイのオペラ座の怪人』!」
人はなぜ秘密を持ちたがるのだろう。
誰にも言わない秘密が、心の支えになることもある。
真由美がニューヨークで得たものは、大げさな“発見”ではなく、親友と共有する小さな秘密だった。
それで十分だと思えた。
明日からまた日常が始まる。
でもこの秘密が、きっと二人に小さな力を与えてくれるに違いない。
(完)
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この短編小説はよしまるさんの企画、「あなたの旅ショートストーリーに参加した作品です。
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