「ちょっとそこまで」日常ことば手帖㊴
コンビニで働く亜季と、在宅ライターの夫・和夫。
二人の何気ない会話の中から、「ことば」の使い方やニュアンスの違いを見つめ直す小さな手帖です。
私は亜季。コンビニでパートをしている。
子どもの時には「大人って不思議な言い方するなあ」と感じていたのに、いつのまにか、自分も同じように話していることに気づくことがある。
そんな疑問が湧いた時は、夫の和夫に話すことにしている。
「ねぇ、和夫さん、聞きたいことがあるの」
「何かな?」
「近所で、知り合いに会って『お出かけですか?』『はい、ちょっとそこまで』で会話が完結するのは、よくあるでしょう?はっきりと行き先を聞いているわけではないし、答える方もはっきり言わない。考えたら不思議よね」
「これは、間違いなく日本文化に根ざした特徴的なコミュニケーション術と言えるね。単に「行き先を尋ねる」というよりも、「相手の状況を察して、心地よくやり過ごす」ための、一種の儀式のようなものじゃないかな」
私は黙ってうなづいた。
「あなたに気づきましたよ」という合図であって、行き先への強い関心は薄いことが多いと思うよ」
「たしかに」
「話しかけられた側も『立ち話をするつもりはありませんが、声をかけてくれてありがとう』という丁寧な返答。具体的な情報を開示しないことで、お互いのプライバシーを守ってると思うよ」
「そうね。相手の状況を察し、詮索せずに立ち去る『察する文化』の現れなのね。これ以上踏み込まないことが『優しさ』だという日本人の国民性がよく現れているわね」
