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[短編小説 ] 夏空モノローグ 第一章


第一章   直子

直子はスマホで音楽を聴きながら、夕食の支度をしていた。開け放った窓からの風が心地よい。
次から次に流れてくる歌は、直子の好みを分析してのオススメということらしい。勝手に好みを分析されるのは、嫌だなと思うこともあるけど、作業BGMにはちょうどいい。
何曲目かで手が止まった。

あぁ・・・あの空を覚えてる 真夏の太陽の下
あぁ・・・あの海を眺めてた 僕らは友達のまま・・・

海沿いを走る車に乗って 僕らを包む潮風
砂浜は上手く歩けなかった 君の心と同じで

寄せて返す波のよう もう想い溢れそう

(作詞・作曲:笹山太陽 2020年「夏空モノローグ」より)

初めて聴く曲なのに、なぜか懐かしい。歌手の名前を確認してみる。笹山太陽というまだデビュー前のシンガーソングライターらしい。
タイトルが示すように夏をイメージした曲だ。
直子は不意に、記憶の底に沈んだ30年以上も前のある夏の景色を思い出した。

「ねえ、直ちゃん、私の親友のせっちゃんのこと知ってるわよね」
「知ってるよ」
「この前、せっちゃんのお宅に届けものした時に、直ちゃんも一緒に行ったものね」
「うん、挨拶だけね」
「その時、せっちゃんの弟さんが直ちゃんのことを見てひと目ボレしたんですって」
「節子さんにしか、会わなかったよ」
「チラッと見かけたんですって。それでね、弟さんが直ちゃんに会わせてくれって言うのよ。直ちゃん、一度デートしてあげて!」
「そんな・・・だって、私は顔も知らないもん」
「弟さんはね、慶應の理工だよ。頭いいし、スポーツマンでカッコイイわよ。初めてのデートは、せっちゃんちでおうちデートということでいいかな?」
いいも何も、直子の意思とは無関係に進んでいく初デートだった。

節子の弟、弘樹は大学3年生で英語と理数に強いとのことだった。ちょうどいい。直子は大学の夏休みの宿題を教わることにした。
弘樹との初デートの日、直子は驚いた。浅黒く日焼けした精悍な顔。いかにもスポーツマンらしい引きしまった身体。直子がわからない宿題も、即座に教えてくれる上にわかりやすい。
これで、彼女がいないって、どういうこと?私のどこがよくて、ひと目ボレなんてことになるの?

勉強を教えてもらった後は、お互いに大学のことや趣味のことを話したりした。弘樹はスポーツ全般が好きだけど、特に好きなのはスキーとのこと。
直子も少しは滑れるけど、初心者の域を出ない。大学の集中講義でスキーを選んだことを伝えた。
少しずつ心を開いていった直子は弘樹と一緒にゲレンデに立つ自分を想像して、ひとり顔を赤らめるのだった。

そろそろ暇を告げなくてはと、腕時計に目をやると、「車で送ってくよ」と言った。
えっ、大学生なのに車持ってるの?
その気持ちが顔に出たらしい。
「僕の車じゃないよ。うちにあるのを借りてくるね」
そこには、直子が想像していたのとは全く違う車があった。
「ジープ?」
「そう、エアコンなしでもいいよね。夏は幌を外して走ると気持ちいいんだ」

直子の家までの約20分間、弘樹の言葉通りに風が心地よい。
風の音に負けないように、少し声を張って話す弘樹。
彼はおしゃべりで場を和ませてくれるのだった。
たった2歳しか違わないのに、直子の周囲の同級生たちとはなんという違い。
こんな人が恋人だったらいいな。あっ、私恋しちゃいそう。

スマホから流れる「夏空モノローグ」は直子を30年前にワープさせてくれた。

若かったなあ、私たち。そりゃそうよね。あの頃の私はまだ恋に恋していたんだもの。

(第二章に続く)

作品中に出てくる曲「夏空モノローグ」の歌詞を引用するにあたり、シンガーソングライターの笹山太陽さんにご了承をいただきました。

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