【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ⑳~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。
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慶次朗は、10時ピッタリにクラブMのドアの前まで来た。
ドアにはこの店は株式会社京極興業の管理物件だという貼り紙がしてあり、ドアノブには10桁もある番号錠がついていた。
しかし、今はその錠前は役割を果たしていなかった。
ドアノブは引く縦長のハンドルタイプだが、バールでひん曲げられ、ハンドルはぶら下がっているだけだったからだ。
これはマズい…
慶次朗は、武器らしいものを何も持っていない事を後悔した。
だからと言って、ここに立ち尽くしている訳にはいかない。
慶次朗は勇気を出して、ドアを開けた。
店内は、真っ暗だった。
慶次朗はスッと廊下の奥まで進み、トイレの横にある電気のスイッチを全部つけた。
電気は眩しいぐらいに明るくなった。
そして、フロアへと向かった。
誰もいない…
慶次朗は各コーナーをよく見て回った。
誰もいない事は一目で分かる。
そうではなくて、慶次朗は店の中に違和感を探した。
素人なので、ざっとしか確認できないのだが、見て回った結果、爆弾等の危険物や、盗聴器、カメラ等は、なさそうだと思った。
しかし、暑い。
ずっと締め切っていた部屋は、サウナのように蒸していた。
慶次朗はエアコンをつけるために、また廊下へ出ようとした。
すると、先にドアが開いた。
慶次朗は腰を抜かしそうになった。
入ってきたヤツの顔を見た。
ルミーだった。
「ケイさん、何でここにいるんすか?しかも、鍵こじ開けたりして」
「鍵は開いていたんだよ、ルミー。何でここにいるかだって?それはこっちのセリフだよ。俺はメロウさんに呼ばれてここに来たんだ」
「メロウさん?もう外に出てるんすか?」
メロウと聞いて、ルミーの目が少しだけ翳った。
「俺を呼んでるぐらいだから、そうだろうな。お前は誰に呼ばれたんだ?」
「レイさんからショートメールで、「ちょっとだけど退職金渡すから」って、言われたんで来たんです」
「そっちはレイか…でも、誰もいねえなあ。どうなってんだ?」
「いるよ」
カウンターの陰からメロウが出てきた。
メロウは暑いのに、黒いジャケットを着ていた。
「メロウ…これはどういう事なんだ?」
「ケイとルミー。本当なら俺は、ケイから5千万を取り立てないといけないんだが、こないだ京極会から金木君が絞られてね。俺がケイに何かすると金木君が困るみたいだから、ケイからお金を取るのは難しいんだ。でもさあ、それじゃあ俺の気が済まないんで、ケイには俺がルミーが僕から盗んだ金を取り返すのを立ち会ってもらおうと思ってね。だから、ここに二人とも来てもらったんだ」
「えっ?ルミーがメロウさんの金を盗んだんですか?」
「ケイ、いくらなんでも鈍すぎないかい?ルミーは、俺が所得隠しをやっていたみたいな事を色んなところで喋ってるみたいだけどさあ。本当は違うんだよ。確かに俺はルミーがうちに来る時に経理ができると聞いて、店の経理全般を任せる事にしたよ。でもねえ、うちの公認会計士や税理士を解任した覚えはないんだよ。ルミーがこの2年のうちに、俺には黙ってヤツらに分からないように売上金を誤魔化してたのさ。だから、金をくすねたのはルミーなんだよ」
「えっ?ルミーが、そんな事する訳ないでしょう?」
「ケイ、お前はどこまでお人好しなんだ?それとも楽観主義者なのかな?ルミーを見てみろよ」
そう言われて、慶次朗はルミーの方を振り返った。
ルミーは、拳銃を握りしめていて、銃口はメロウの方へ向いていた。
「ルミー、どうしたんだ?そんなもん、放せ」
「ケイ、邪魔しないでくれ。もう少し、もう少しだったんだ。メロウはもう少し長く入れられてると思っていた。メロウが出てくるまでは京極会に睨まれないように、俺は石堂さんのところで働いている事にしたんだ。そうしてると、京極会には俺が監視の目から逃げてないと信じてもらえるからね。で、メロウが出てくる直前に俺は金を持って、トンずらする予定だった。あともう少しだったのに…」
「じゃあ、メロウが言った通りなのか?」
「ああ、そうだ。俺がくすねた」
「いくらだ」
「一億ぐらいだ」
「その金を持って、お前はフケると…」
「そうだ」
「そんな事出来ると思ってたのか?」
「ああ、メロウだけが相手ならちょろいと思っていた。でも途中で、金丸連合が出てきて、それから京極会まで出てくるなんて想像もしてなかった。だから、俺は…もう怖くて、怖くて…」
「それで、その拳銃を手に入れたのか?」
「そうだ。今日使う事になるなんて思ってもみなかったが、メロウが出てきたら、俺がこれで撃って、メロウが死んで、俺はメロウに撃たれそうなところを何とか凌いでって、正当防衛みたいな事にして…メロウが死んだなら、隠した金はもう分からないという事になって…そんなシナリオだったんだ。だけど、今日、ここでそれを実行するなんて思ってなかったから…悪いがケイも一緒に死んでくれ」
「じゃあ、俺が金木に捕まってた時、何で俺を助けたんだ?」
「あれは、警察の岩田さんが来たから、咄嗟のカムフラージュで…だし、今日、ここにケイがいなければ、俺はケイを殺したくないし…」
ルミーは慶次朗の方を見て、必死に話していた。
その間、メロウの動きを追う目が緩慢になった。
メロウは瞬速で、ルミーの前に立ちはだかった。
手にはきらりと光るサバイバルナイフを持っていた。
「何?」
サクっ!
何か果物のようなものを切ったような軽い音がした。
次の瞬間、ルミーの首から血が噴出した。
「クーっ」
ルミーは声にならない声を上げた。
そして、一発撃った。
パーン!
弾けたような乾いた音が響いた。
「ぶっふぉ」
メロウは咽たような声を出した。
弾は、メロウに当たった。
メロウは後ろに吹っ飛んだ。
メロウが床に倒れ込むと同時に、ルミーも倒れた。
慶次朗は、それを横から全部見ていた。
まるで一連のスローモーションの動画を見てたかのように
一部始終を
ハッキリと
慶次朗は、メロウに近づいて上から見た。
メロウは、腹を撃たれており、何か内臓のようなものが見えた気がした。
持っていたサバイバルナイフは、メロウが飛んだ時に、メロウの手から離れたようで、後ろの壁に刺さっていた。
次に、ルミーに近づいて見た。
ヤツは首を一文字に切られていて、顔は赤黒く浮腫んでいた。
二人とも、ピクピクしていて、「正に今、死にたて」だった。
さっきまでの「生」が、一瞬にして消えた。
慶次朗はこみ上げてくるものを抑えきれず、トイレへ走った。
一頻り吐いた後、慶次朗は「ホッ」と大きな声を出し気持ちを奮い立ててからフロアへ戻った。
今から警察に通報しなければならない。
黒崎にも来てもらおう。
そう思った。
「もう終わりました?」
いつの間にか、男が入って来ていた。
金木だった。
