【連載19】B2BマーケティングのKPI設定はなぜ経営に響かないのか——「活動報告」を卒業する3層の考え方
「コンテンツを12本作り、ウェビナーを3回開き、リードも増えました」。マーケティングの成果を経営会議で報告しても予算は増えず、むしろ来期は削ると言われる。KPIを設定し、数字をきちんと並べているのに、経営陣には今ひとつピンと来ていない様子。この食い違いは、どこから来るのでしょうか。この記事では、活動の量を並べる「活動報告」を卒業し、成果を経営の言葉に翻訳するための3層のKPI設計について書きます。
なぜマーケティングの成果報告は「活動報告」で終わるのか
多くのマーケティング報告は、やったことの一覧で終わってしまいます。コンテンツを何本作った、ウェビナーを何回開いた、リードが何件増えた。どれも事実で、努力の証でもあります。けれど経営層がその数字を見て「それが事業にどう効いたのか」と問うたとき、答えに詰まってしまう。活動の量と事業の成果の間に、橋が架かっていないからです。
この構造は、マーケティングの成果を測る一般的な梯子を思い浮かべると見えてきます。施策を打つ「活動」、そこから生まれるコンテンツやキャンペーンという「制作物」、相手の行動が変わる「結果」、そして売上や市場での地位という「インパクト」。報告の多くは、この梯子の下二段、つまり活動と制作物のあたりで止まっています。上に登るほど数字は出しにくく、時間もかかる。だから報告しやすい下段ばかりが並び、結果として「活動報告」になってしまうのです。
指標の使い方を長く研究してきたParmenterは、その著書で鋭い指摘をしています※1。多くの組織が報告しているのは過去の結果を映す指標であり、それをいくら並べても、現場が次に何をすべきかは見えてこない、というのです。つまり、報告のための数字と、行動を動かすための数字は別物だということです。私たちが「活動報告」から抜け出せないのは、報告に向いた数字ばかりを集めて、成果に向かう数字を設計していないからではないでしょうか。
※1 Parmenter, D.(2020)Key Performance Indicators: Developing, Implementing, and Using Winning KPIs(4th ed.), Wiley.
「測る」前に「何を測るか」——2つの理論が示す落とし穴
成果を測ろうとするとき、私たちはつい「どう測るか」から考えてしまいます。けれど本当に難しいのは、その手前にある「何を測るか」です。ここで、経営の世界で長く使われてきた2つの考え方が手がかりになります。
ひとつは、KaplanとNortonが1996年に示したバランスト・スコアカード(BSC)です※2。彼らは、企業を財務の数字だけで測るのは危ういと考えました。財務・顧客・内部プロセス・学習と成長という複数の視点を持ち、しかもそれらを経営戦略と結びつけて測る。単一の数字を追うのではなく、戦略への貢献という文脈のなかで指標を選ぶ、という発想です。もうひとつが、先ほども触れたParmenterの指標の区分です。彼は指標を、経営層に全体の結果を伝えるもの(KRI)と、現場の行動を日々動かすもの(PIやKPI)などに分けました。同じ「指標」という言葉でも、誰のための、何を動かすための数字なのかで、役割はまるで違うのです。
※2 Kaplan, R.S. & Norton, D.P.(1996)The Balanced Scorecard: Translating Strategy into Action, Harvard Business School Press.
ただし、この2つをそのままマーケティングの現場に持ち込むことはできません。BSCの4視点はマーケティング成果の分類軸ではありませんし、Parmenterの区分は指標の性質を分けるもので、成果が事業にどこまで効いたかという「高さ」を表すものではないからです。とはいえ、全社の経営指標を「戦略と結びつけ、性質ごとに設計する」という論理そのものは、マーケティングの成果指標にも同じように当てはまります。であれば、この論理をマーケティングの現場向けに組み直した、専用の階層が必要になります。それが、次にお話しする3層です。
成果を可視化する3層のKPI体系——基盤層・商業層・戦略層
私が実務のなかで整理してきたのは、成果指標を「誰に・何を証明するか」という高さで3つの層に分ける考え方です。下から、基盤(Foundational)、商業(Commercial)、戦略(Strategic)です。これは私自身が現場で組み立てた枠組みであり、この3層そのものを実証した研究があるわけではありません。ただ、成果指標を先行的なものから遅行的なものへ並べる古くからの考え方や、先ほどの「活動→制作物→結果→インパクト」という梯子と重ねてみると、無理なく収まります。

一番下の基盤層は、「作ったものは現場で使われ、浸透しているか」を問う層です。営業資料の活用率、メッセージが社内外にどれだけ届いているか、相談が持ち込まれる頻度。最も早く動く、いわば先行指標にあたります。真ん中の商業層は、「それが商談や受注、売上にどうつながったか」を問う層です。パイプラインへの貢献、商談の転換率、受注。今期いくら、という期間で区切られた成果になります。そして一番上の戦略層は、「市場での地位や、経営の意思決定にどう効いたか」を問う層です。自社の言葉が市場で使われるか、経営判断の場で自社のデータが参照されるか。最も遅れて、けれど最も大きく効いてきます。
ここで、必ずと言っていいほど受ける問いがあります。「戦略層というのは、結局は将来の売上のことだろう。商業層の延長で、わざわざ別の層を立てる必要はないのでは」というものです。けれど私は、この2つは金額の大小ではなく、種類そのものが違うと考えています。商業層は「今期いくら売れたか」という、その期で消えていく成果です。一方戦略層は、市場での地位や経営からの信頼という、これからも売上を生み続けてくれる蓄積です。今期の売上そのものではなく、将来の売上を生む土台。だからこそ、同じ物差しで測ってはいけないのです。
「活動報告」を卒業する——3層を経営の言葉に翻訳する
3層がそろうと、報告は「活動の羅列」から「成果の物語」へと変わります。私自身の経験を、層ごとにお話しします。
基盤層で私が見ていたのは、「作った営業資料が、本当に商談で使われているか」でした。あるリーガルテック企業で営業資料を設計していたとき、私は自分が作った資料が現場でどう使われているかを確かめるために、商談に同席しました。資料が実際に画面に映され、営業の言葉として語られている。さらにしばらくすると、営業から「この資料のここをこう直してほしい」という細かいフィードバックが届くようになりました。使われていなければ、改善の要望は出てきません。フィードバックが返ってくること自体が、資料が現場に根を下ろした何よりの証だったのです。基盤層とは、こうして「使われているか」を見届ける層です。
商業層で思い出すのは、産業用機器メーカーにいた時のことです。展示会で獲得したリードについて、その年度のうちに受注として結果が出ていない、つまりROIが低い、と指摘され、予算の削減を迫られました。けれどB2Bの展示会で得たリードは、その年のうちに受注になることのほうがむしろ稀です。受注までには時間がかかる。そこで私は、過去に獲得して眠っていたリードを掘り起こし、改めて育て直しました。数か月のうちに、それらは複数の大型受注へと姿を変え、予算を守ることができたのです。活動が無駄だったのではありません。単年度のROIという、間違った時間軸で測られていただけでした。基盤層が早く動き、商業層は遅れて出てくる。この時間差を説明できなければ、価値ある活動が「成果ゼロ」に見えてしまうのです。
戦略層は、最も語りにくい層です。守秘義務もありますので型だけお伝えすると、あるグローバル企業で、日本市場で見えていたひとつの指標が、本社の世界戦略の前提を見直させる、という場面に立ち会ったことがあります。数字そのものが、経営の意思決定の入口になったのです。こうしたマーケティングへの投資が市場での地位に効くことは、ブランド研究でも方向性として確かめられています※3。下層だけを報告すると売上への貢献を問われ、商業層だけを示すと持続性を問われる。戦略層まで翻訳して、はじめて報告は経営の言葉になります。これは、このシリーズで繰り返してきた「翻訳者」の仕事、つまり開発と市場、現場と経営の間に立ち、相手の言葉へ置き換える営みそのものではないでしょうか。
※3 Binet, L. & Field, P.(IPA)による広告効果の研究。マーケティングへの投資が市場での地位(市場シェア)の伸びと結びつくことを示しています。もともとは消費者向け広告の大規模な実証データで示され、近年はB2Bの案件分析でも同様の傾向が確認されています。
測れる環境がなくても、今日から始められる
ここまで読んで、「うちにはそんなデータ基盤も、専用のツールもない」と感じた方もいるかもしれません。けれど3層の設計は、立派な計測環境がなくても、今日から始められます。むしろ大切なのは、精密な数字よりも、方向性を示す証拠と、経営がそれを使って判断したという事実のほうです。
一人で、あるいは小さなチームでマーケティングを担っているなら、手元でできることから始めてください。基盤層なら、資料の活用状況を手で記録し、営業からのフィードバックの有無を追う。商業層なら、施策ごとに案件にタグを付けて、前の期と比べてみる。戦略層なら、自社の名前が指名で検索される頻度、自社が使い始めた言葉が顧客や媒体に広がっているか、第三者が自社をどう言及しているか、そして経営会議や稟議で自社の資料やデータが引き合いに出された場面を、エピソードとして書き留めておく。どれも特別な道具は要りません。
PMMの成果を測るKPIを設計するためのExcelテンプレートを作りました。事業フェーズに応じた指標の選定から、目標値・計測方法の整理までを一枚で組み立てられる設計です。是非ダウンロードして使ってみて、フィードバック頂ければと思います。
日本のB2Bの組織では、「これは私の成果です」と個人で名乗り出るより、「データがこう語っている」「お客様がこう言及してくださった」という形のほうが、ずっと自然に受け止められます。完璧な計測を待つ必要はありません。3つの層のどこに自分の活動が効いているのかを、粗くてもいいから言葉にしてみる。それが、「活動報告」を卒業する最初の一歩になります。
活動の量は、それだけでは経営に響きません。響かせるには、作ったものが使われているか(基盤層)、それが商談や売上につながったか(商業層)、市場での地位や経営判断に効いたか(戦略層)という3つの層で成果を捉え、経営の言葉へ翻訳する必要があります。あなたのいちばん新しい報告書を、もう一度見てみてください。その数字は、3つの層のどこで止まっていたでしょうか。
このシリーズについて
「Velopont」は、テクノロジーとユーザーを長年繋ぎ続けてきた飯嶋が、MBAの学びと合わせてPMM/GTM戦略の実践知を発信するシリーズです。
PMM KPI設計テンプレート(Excel)のダウンロード
本文中で紹介したPMMのKPIを設計するテンプレートのダウンロードはこちらです。
合同会社Velopontについて
合同会社Velopontは、飯嶋が代表を務めるGTM戦略・プロダクトマーケティングを支援するコンサルティングファームです。製品や事業成長に課題をお持ちの方、無料相談を受け付けています。お気軽にご相談ください。
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