AnthropicがClaudeの生成した文章に電子透かし導入
Anthropicが、Claudeの生成した文章に人の目には見えない電子透かしを入れ始めました。2026年8月2日以降に提供が始まったClaudeモデルが対象で、EU域内に限らず、Claudeが提供されているすべての地域に適用されます。それ以前に公開されたモデルにも順次対応を追加するとしています。
透かしはモデルそのものに組み込まれているため、Claude、Claude Platform(API)、Claude Code、Claude Cowork、Claude Tagのどれを使っても付きます。AWS、Google Cloud、Microsoft Foundry経由で対応モデルを呼んだ場合も同じです。利用者側でこれを外す設定は用意されていません。
この内容は、発表記事ではなくサポートページ「How Claude marks AI-generated content」の更新という形で示されました。更新は現地時間の8月10日から11日にかけてで、各社が報じたのは11日以降です。
https://support.claude.com/en/articles/16266773-how-claude-marks-ai-generated-content
何がどう入るのか
手法は二つに分かれています。
テキストには、モデルが文章を生成するときに人には気づけない透かしを文章そのものに織り込みます。Anthropicは、この処理で応答の意味・品質・読みやすさは変わらないとしています。透かしが文章の一部として存在するため、コピーして別の場所に貼り付けても一緒に移動し、ある程度の編集を経ても残る場合がある、と説明されています。メタデータではなく本文に入る、という点がここでの要点です。
ファイルには、電子署名付きの来歴メタデータを添付します。対応形式として挙げられているのは .svg、.png、.jpg などです。方式はC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)というオープン標準に沿ったもので、署名付きのラベルがあれば、そのファイルがClaudeで処理されたことが分かり、改ざんの有無も確認できるとしています。ただし署名付きメタデータについては、各クラウドプラットフォームが備える機能次第で対応しない場合がある、とされています。
利用者の反応
この件は否定的な反応とともに広がりました。Forbesは、AIを使ったことが自分の成果物から検出されるようになることに対して利用者が強く反発し、11日には反発がさらに強まったと報じています。同記事は、利用者側にこれを断る手段がない点を見出しに立てています。
批判の中身として報じられているのは、主に三つです。一つは、人が書いた文章をClaudeに直させただけでも透かしが入り、それが「AIが書いたもの」として扱われかねないという懸念です。二つ目は、ソースコードでも同じことが起きるという開発者側の懸念です。三つ目は、語の選ばれ方に手を入れる以上、生成される内容の質が落ちるのではないかという疑いです。有料契約を解除したという声も報じられています。
Brussels Signalは、世界一律で適用するという判断そのものが技術政策の専門家や実務家から批判を受けており、実務の面でも考え方の面でも問題があるという指摘が出ていると伝えています。
まだ用意されていないもの
透かしの具体的な方式は公表されていません。検出の手段についても、利用者や第三者が検出できるようにする作業を進めているとするにとどまり、詳細は今後の技術文書で共有するとされています。透かしを入れる側だけが先に動き、確かめる側の道具がない状態で始まったことになります。
TechCrunchは、どの程度編集すれば透かしが消えるのかが明らかでないため、Anthropicに説明を求めており、回答があれば記事を更新すると書いています。
https://techcrunch.com/2026/08/11/anthropic-says-it-will-watermark-text-generated-by-its-ai-models/
Brussels Signalは、行動規範のもとで提供者は2027年2月2日までに、ほかの事業者の仕組みともつながる検出手段を用意する必要がある、と報じています。Claudeを組み込んで自社製品を作っている事業者に対しては、第50条が自分たちの製品・サービスに何を求めるのかを各自で判断するように、とAnthropicは書き添えています。
他社はどうしてきたか
テキストの透かしを実際に使い始めたかどうかで、各社の対応は分かれてきました。
OpenAIは、2022年のChatGPT公開のころから社内で議論を始め、技術自体は1年以上前から用意できていたと報じられています。ウォール・ストリート・ジャーナルが伝えた社内文書によれば、十分な長さの文章に対して99.9%の精度で判別でき、一部を書き換えた程度では消えなかったとされています。それでもOpenAIは、この仕組みを実際のサービスには入れませんでした。理由として報じられたのは、別のAIに書き直させれば回避できること、非母語話者などが不利になりうること、そして自社調査で利用者の約30%が「透かしが入るなら使用を減らす」、約69%が「誤って不正の疑いをかけられる結果になる」と答えたことです。
Googleは2023年から画像に透かしを入れ始め、その後テキスト・音声・動画へ広げています。テキスト向けの方式はSynthID-Textとして公開され、Geminiに組み込まれています。OpenAIも画像には目に見えない透かしを使っており、C2PAはAdobe、OpenAI、Googleでも採用されています。
背景にあるEUの法律
Anthropicは、EUのAI法(AI Act)第50条2項の「AI生成コンテンツの透明性に関する行動規範」に、生成AIモデルの提供者としても生成AIシステムの提供者としても署名したと述べています。そのうえで、透明性を高め、法律上の義務を果たすために、Claudeが生成するコンテンツに機械が読み取れる識別情報を埋め込む作業を進めていると説明しています。
第50条は、AIの透明性に関する義務をまとめた条文です。欧州委員会はこの規定について、AIが広く使われる中で信頼できる環境を保つためのもので、EU市民が「いまAIと対話している」「いまAIが作ったものを見ている」と気づけるようにするための規則だと説明しています。同委員会の解説資料では、必要な理由として、人をだます行為や誤った情報への対処と、社会からの信頼を高めることの二つが挙げられています。
今回関係する条文
機械が読み取れる形での表示を求めているのは、第50条2項です。原文は次のとおりです。
Providers of AI systems, including general-purpose AI systems, generating synthetic audio, image, video or text content, shall ensure that the outputs of the AI system are marked in a machine-readable format and detectable as artificially generated or manipulated. Providers shall ensure their technical solutions are effective, interoperable, robust and reliable as far as this is technically feasible, taking into account the specificities and limitations of various types of content, the costs of implementation and the generally acknowledged state of the art, as may be reflected in relevant technical standards.
日本語にすると次のような内容です(私訳)。
汎用AIシステムを含む、合成された音声・画像・動画・テキストのコンテンツを生成するAIシステムの提供者は、そのAIシステムの出力が機械可読な形式でマーキングされ、人工的に生成または加工されたものとして検出可能であることを確保しなければならない。提供者は、各種コンテンツの特性と限界、実装の費用、および関連する技術標準に反映されうる一般に認められた技術水準を考慮したうえで、技術的に可能な範囲で、その技術的手段が効果的・相互運用可能・堅牢かつ信頼できるものであることを確保しなければならない。
条文の全文は欧州委員会のAI法サービスデスクで読めます。
https://ai-act-service-desk.ec.europa.eu/en/ai-act/article-50
規制の対象と期限
義務を負うのはAIシステムの「提供者(provider)」です。EU域外に設立・所在する提供者であっても、そのAIシステムの出力がEU域内で使われる場合は対象になります。義務の範囲から外れる出力もガイドラインで示されており、数字・記号・文字の短い並び、ソースコード、機械同士のやり取りだけを想定した出力、閉じた産業・製品開発の環境の中だけで使われる出力などが挙げられています。
第50条は2026年8月2日から適用されています。猶予が認められているのは、8月2日より前に市場に出ていたシステムについてマーキングと検出の義務に限られ、期限は2026年12月2日です。8月2日以降に市場に出るものには猶予がありません。Anthropicが8月2日という日付で線を引いているのは、この区切りに沿ったものです。
制裁金は最大1500万ユーロ、または前年度の全世界売上高の3%です。執行の中心は各国の市場監視当局で、中小企業などについては規模に応じた配慮がされます。行動規範は2026年6月10日に公表され、署名は任意です。7月末の時点でおよそ190の企業・団体が署名しており、提供者向けの第1章の署名企業として、欧州委員会はAleph Alpha、Anthropic、Black Forest Labs、Cohere、Google、Meta、Microsoft、Mistral、OpenAI、Synthesiaを挙げています。
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/code-practice-ai-generated-content
文章の透かしはどういうものか
Anthropicの方式は非公開なので、ここから先は公開されている代表的な方式の話になります。Google DeepMindのSynthID-Textで、2024年10月にNature誌に論文が載っています。
https://www.nature.com/articles/s41586-024-08025-4
語を選ぶ手順に手を入れる
言語モデルは、次の一語を選ぶときに語彙全体に対する確率を計算し、その確率に従って一語を選びます。生成時に透かしを入れる方式は、この「選ぶ手順」だけに手を入れます。論文では、仕組みが三つの部品でできていると整理されています。乱数の種を作る部分、その種を使って語を選ぶ部分、そして後から点数を計算する部分です。
種を作る部分は、直前の数語と秘密の鍵をまとめてハッシュにかけ、一語ごとに違う種を作ります。論文の実験では直前4語を使っています。語を選ぶ部分は、その種から擬似乱数の点数を語彙の各語に割り当て、モデルの確率分布から取ってきた候補語どうしをトーナメント形式で競わせます。勝ち上がった語が出力になります。論文の実験では30層のトーナメントを使っています。
検出する側は、渡された文章について同じ点数計算をやり直し、平均点を求めます。透かしの入った文章は点数が高くなる傾向があるので、しきい値と比べて判定します。この検出に元の言語モデルは必要なく、鍵と、文章をトークンに分けたものだけあれば動きます。
検出しやすさを決める二つの要素
論文は、検出の成否を左右するものとして二つを挙げています。一つは文章の長さで、長いほど判定の材料が増えます。もう一つは、次の語の候補がどれくらいばらけているか(エントロピー)です。
候補がばらけていない場合、モデルはほぼ決まった語しか返さないので、点数の高い語を選ぶ余地がなくなり、透かしが弱くなります。論文は、大きく高度なモデルほど確信が強く、候補がばらけにくいこと、人間のフィードバックによる強化学習も同じ方向に働くこと、温度やtop-k・top-pの設定も影響することを挙げています。
品質への影響について論文が示している数字
論文は、方式を二通りに設定できるとしています。品質を保つ設定と、品質をいくらか犠牲にして検出しやすさを上げる設定です。品質を保つ設定でも、応答ごとの多様性はいくらか下がるとされています。
品質を保つ設定については、Geminiの実運用で約2000万件の応答を集めた比較が行われています。透かしありとなしで、高評価の割合の差は0.01%、低評価の割合の差は0.02%で、いずれも統計的に有意ではなかったと報告されています。処理時間の増加は、Gemma 7B-ITをTPU 4基で動かした場合に1トークンあたり15.527ミリ秒から15.615ミリ秒で、0.57%の増加とされています。
同じ文脈の並びが何度も出てくると同じ偏りが繰り返しかかり、同じ言い回しがループするような劣化が起こりうることも指摘されています。これを避けるため、一度使った直前の数語の並びでは透かしをかけない、という処理が併用されています。
消える条件と、破られる条件
Anthropicは、Claudeが生成した内容であっても透かしやメタデータを検出できない場合があるとして、次のような例を挙げています。
透かしに対応する前のモデルで生成されたもの
大きく手を入れられたもの、言い換えられたもの、翻訳されたもの、他の文章に混ぜられたもの
文章が非常に短く、判定に足りる材料が残らないもの
形式変換・保存し直し・スクリーンショットなどでファイルのメタデータが失われたもの
対応していないプラットフォーム・機能・ファイル形式で作られたもの
Nature論文が挙げている限界も、同じ方向の内容です。生成時の透かしはモデルを動かしている側が実装しなければ機能しないこと、分散して動かされるオープンソースのモデルに強制するのは難しいこと、鍵の盗み取り・なりすまし・除去といった攻撃に弱く、その対策は研究の途中であることが書かれています。言い換えによって透かしが弱まることも認められており、強い透かしは原理的に成立しないと論じた研究(Watermarks in the sand、ICML 2024)が参照されています。
透かしを使わず、書かれた文章の特徴から後で判定する道具についても、論文は問題点を挙げています。学習していない領域では性能が落ちること、非母語話者の英文で誤判定が多いという報告(Patterns誌、2023年)が引かれています。
検出されたときに何が言えるのか
透かしやメタデータが見つかっても、それだけで来歴が確定するわけではない、とAnthropicは書いています。人が書いた文章をClaudeに校正・翻訳・要約させたり、ファイルの形式を変換させたりしただけでも入るため、着想や元の文章が別のところから来ている可能性があります。Claudeが処理した後で内容が書き換えられたり、一部だけ抜き出されたり、他の材料と組み合わされたりしている可能性もあります。
制度の側も透かしだけでは足りないとしている
行動規範は、一つの手法だけでは第50条2項が求める四つの要件をすべて満たすことはできない、という前提に立っています。四つの要件とは、効果的であること、相互運用可能であること、堅牢であること、信頼できることです。規範は特定の技術を一つに定めず、電子署名付きメタデータ、人には気づけない透かし、場合によってはフィンガープリントや記録の保存といった複数の手法を重ねて使うことを求めています。
利用者側の義務についても、欧州委員会は同じ立場を示しています。ディープフェイクであることの開示は、人が最初にそれに接した時点までに、はっきりとそれと分かる方法で行う必要があります。特別な道具を使わなくても見たり聞いたりして分かる形、たとえば目に見えるラベルや音声での断りであることが求められており、提供者が埋め込んだ、機械が読み取れる情報に頼るだけでは開示義務を果たしたことにはならない、と明記されています。EUは、利用者側が使える任意のアイコンも3種類用意しています。
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/eu-icons-labelling-ai-generated-content
Anthropic自身も、機械が読み取れる情報は内容についての手がかりにはなるとしたうえで、その限界を知っておく必要がある、と書いています。見つかってもそれだけで来歴が確定するわけではなく、見つからないことも人が書いた証明にはなりません。
参考にした情報
Anthropic:How Claude marks AI-generated content
https://support.claude.com/en/articles/16266773-how-claude-marks-ai-generated-content
Forbes(オプトアウト不可・利用者の反発)
Brussels Signal(批判の広がり・検出手段の期限)
TechCrunch
https://techcrunch.com/2026/08/11/anthropic-says-it-will-watermark-text-generated-by-its-ai-models/
Search Engine Journal(OpenAIが自社の透かしを使わなかった経緯)
https://www.searchenginejournal.com/openai-scraps-chatgpt-watermarking-plans/523780/
Nature:Scalable watermarking for identifying large language model outputs
https://www.nature.com/articles/s41586-024-08025-4
欧州委員会:第50条の透明性義務についてのFAQ
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/faqs/transparency-obligations-under-article-50-ai-act
欧州委員会:行動規範への署名状況(約190団体)
ITmedia NEWS
https://www.itmedia.co.jp/news/article/2608/12/2000000497/
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