日本のことを知ろうとしていたら、キリスト教に繋がってしまった件
WebマガジンStay Salty vol.45がリリースされました。
私は「お茶を飲みながら日本を知る」というタイトルで書かせていただいています。
写真のカリグラフィーは、インドネシアのカリグラファー・ヴェロニカ・ハリムさんの本にも載っている、モダン・アーティスティック・スタイルという書体で書いています。
ハンドライティングに近い、シュッとした感じが好きです。
これは、京都の建仁寺でのヴェロニカさんのワークショップに参加した時のテキストにも載っていたものです。
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Webマガジンに書いたのですが、
これからは日本人が世界に日本の精神性を伝播させていく時代だと思い、
それにはまず、もっとちゃんと日本を知ろう、そのとっかかりとしてお茶について知りたい、という流れに自然となっていきました。
信長、秀吉という時代を考えればおかしいことではないのですが、
本を読んでいるなかで、茶道がキリスト教の影響を受けていることを初めて知りました。
茶道の手前とキリスト教のミサの所作で似ている点がいくつかあるというのです。
ミサではワインが聖変化によってイエス・キリストの血となると信じられ、それをカリス(杯)から回し飲みをしますが、これは利休が考案した吸い茶の作法(濃茶の回し飲み)と似ています(茶の飲み回しそのものは、鎌倉時代の仏教儀式である大茶盛や、室町時代に流行した闘茶でも行われていますが、濃茶の回し飲みの作法は利休が晩年に確立したといわれます)。
茶をいただいた後、飲み口を拭いて茶碗を次客に手渡すという男子の作法は、ミサにおいて聖杯(カリス)の飲み口を拭いて手渡す作法と似ています。
利休がミサの所作から濃茶の飲み回しの作法を取り入れたというイエズス会の報告がヴァチカンに残っていると、武者小路千家十四代家元の千宗守氏が講演で話されたことがあったそうです。
これについてはヴァチカンに問い合わせをされていて、
その縁で1994年、千氏は教皇ヨハネ・パウロ2世に単独で面会された、ということです。
利休とキリスト教との繋がりは全く知らなかったのですが、
利休の弟子には高山右近などキリシタン大名が多くいたり、
後妻と娘もキリシタンだったといわれているそう。
キリスト教の儀式でのワインの飲み回しは、参列した「信者同士の一体感を醸成するもの」とみられてのこと。
秀吉は成り上がりであったので代々の家臣などはおらず、寄り合いの政権であったため、大名たちの心を一つにするためのイニシエーションとして、濃茶の飲み回しの作法が発案された、とのことなのですね。
また、茶室のあのちいさな躙り口が、
「狭き門から入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そしてそこから入って行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そしてそれを見出す者が少ない」
というマタイによる福音書の言葉の影響を受けているのではないか説など。
「おうち茶道のすすめ」という本には、そのほかにもキリスト教との共通性が書かれていて、とても興味深いです。
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1996年、私がイタリア語学校に通ったアッシジという町に、聖フランチェスコ大聖堂という立派な教会があります。
そこと、鳥獣人物戯画で有名な京都の高山寺は姉妹寺です。
高山寺の開祖である明恵上人と、アッシジの聖フランチェスコは同時代に活動した人たちで、
生き方や精神性が似ている部分が多いということで、宗教を超えて繋がりました。
このことは前から知っていたのですが、
明恵上人が、栄西禅師が宋から持ち帰った茶の種を贈られ、それを高山寺山内に植えて、日本最古の茶園となったということは全く知りませんでした。
高山寺はいつか行きたいと思いつつ、
京都の中心から離れているのでなかなか。
行っていたら知ることのできた話ではあるけれど。
でも、お茶に興味を持っている今だから知ることできっと何倍も面白いのです。
知らないということは、認識できる世界が狭いということ。
どれだけ自分の器を広げるかで、人生の面白さって変わってくるなぁ、と思いました。
そして、それにはタイミングがある。
AIに聞いてお手軽に答えを得るのとは違う、
「あの時のあれは、ここに繋がっているのか」とパズルがハマっていくような面白さは、時間と経験の中で体感するしかないのだろう、と思います。
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書くこと、描くこと、撮ることで表現し続けたいと思います。チップは自分を豊かにしてさらに循環させていけるよう、大切に使わせていただきます。