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なんちゅうやっちゃ、狩野元信は (^^)

優れた絵師、工房による集団製作スタイルの確立、類稀れなプロデューサー、まさに多能の天才だった狩野元信。
それから500年続く狩野派の礎を築いた人です。

狩野元信(1476年8月28日 - 1559年11月5日 wikipedia)

そこまではそれなりに知っては居たのですが、自分の絵のスタイルを根本的に改革するため、言わば政略結婚(?)まで仕組んだらしいとは、知りませんでした (^^)

禅宗祖師図(wikipedia)

狩野派はもともと漢画のながれで、水墨画を描く絵師でした。一方、絵巻などに現れる色彩豊かな絵は、土佐派の絵師たちが得意としていました。
元信は、デッサン力、画面構成力では負けていないと自負していたでしょうが、その色彩表現に関してはノウハウがありませんでした。その元信が土佐派を率いる土佐光信の娘を嫁にもらいます。

四季花鳥図(wikipedia)

そのころから元信の絵が活き活きとした色を持ち始めます。おそらくその結婚によって、土佐派の粉本(絵手本)を見る(手に入れる)ことができるようになったのではないでしょう。

月次風俗図扇面流し屛風(wikipedia)

もちろんそれだけでは模倣の域を出ないと云われるかもしれませんが、彼の絵師としての才はそこにとどまらず、金箔を背景に取り入れ、豪華絢爛ないわゆる狩野派のスタイルを生み出すに至ります。

その元信が直接指導したのが、孫の永徳でした。その結果永徳は天才として絵師の才を開花させることになります。元信に教育者としての才もあったと言わざるをえません。
本当に多能の天才でしたね。

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