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100年の御神木が教えてくれた、美しい幕引きの難しさ

庭の剪定を始めて5年。

植物と向き合う時間は私にとって大切なひとときです。
しかし、ここ数年、どうしても目が離せない「巨大な隣人」がいます。
きっかけは、東京の名所で大木が倒れたというニュース。
他人事とは思えませんでした。

桜のニュースに潜む「寿命」の影

桜前線北上、というニュースが流れるようになった。

雪国の田舎暮らし、私の住む地域も満開になった。

まだまだ都会で満開の頃、
テレビに映る華やかなピンク色を眺めているとびっくりするようなニュースを見た。


東京・千鳥ヶ淵にある桜の大木が、二日続けて倒れたということだった。

原因は樹齢による衰え。
そこに雨や風が重なり、
力尽きてしまったのだと言う。 

その後も続け様に
倒木の話がニュースに取り上げられている。


どんなに美しく花を 
咲かせる木でも、
いつかは終わりが来る。

その当たり前の事実に、私は少し不安になるのだった。


我が家を見守る、100年の栗の木

我が家の裏庭には
一本の巨大な栗の木がある。

義父が子供の頃には
すでにそこにあったそうで、
樹齢はおそらく
100年に近いと思う。

空に向かって高くそびえ、
どっしりと太い幹。

夏には涼しい木陰を作り、
秋にはたくさんの実を落としてくれる。

我が家にとっては、
もはや「御神木」のような存在だ。

剪定を続けている私は
ずっと
この木の状態が気になって
仕方がない。


実はこの御神木、
少しだけ家の方に傾いている。


「もしも」の不安と、嫁の独り言

「できるだけ小さく、小さくしておきたい……」
そう思いながら、
自分でできる範囲の伐採や剪定を続けてきた。

けれど、
相手は100年を生きる大木。
私の手に負える訳がない。

桜が倒れたニュースを思い出し、夫に言った。

「あの木が倒れたら、
うちの家、潰れちゃうよ」 

夫も「確かになぁ、どうしよう」と困り顔。

夫の「どうしよう」という言葉に、やっぱり私だけの取り越し苦労じゃないよね、と思う。

取り越し苦労であって欲しいけど。

今日も、静かにそこに立つ
家族の歴史を見続けてきた
尊い存在。

雨にも負けず、雪にも負けず。


裏庭の主を前に、 
今日も心配性の嫁は、
スマホで剪定業者を検索したり、空を見上げたりと、
落ち着かない通り過ぎる春を
過ごしている。


100年の歴史を知り尽くした この御神木を前に、小さな剪定バサミを握る私の手はあまりに無力です。
それでも、家を押し潰すかもしれない恐怖と、この家をずっと見守ってきてくれた感謝。その両方を抱えながら、私は今日も見上げるのです。

心配性の嫁は、大木を眺めながら、この「家族」とのこれからのしまい方を、静かに考え始めています。



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#田舎暮らしの8代目の夫婦




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