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Jazz! > ステファン・レンベルがやってきた

 旅も音楽も、できれば予約せず楽しみたい自分にとっては、珍しく気まぐれに秋から予約したライブが目前となってきた。ステファン・レンベルはもう日本を楽しんでいるようだ。

 わりと早い前乗りだな、日本を満喫する計画だったのかな、などと思いきや、Blue Note 上海(1/17)・北京(1/18)での公演終わりで、即、日本入りしたようだ。
 ちなみに、公演のプロモーションにあたって、日本の今回の公演ではジャンゴがキーだけれど、上海・北京では映画『ミッドナイト・イン・パリ』全面推しだったのが、興味深い。何かと難しい中国で、かのウディ・アレンは"規制コード"に引っかからないのか!、という、ちょっとした驚きが。


前置き、もしくは"予約の壁"について

 できれば、音楽は、ふらりと楽しみたい、予約した途端、"楽しみ"がタスクとなる気がする、息苦しくなる。第一、何ヶ月も先に、その公演へ行きたい気持ちでいるかわからない、明日ですら。生きているかも。そんな、できる限り予約は避けたいところ、予約開始とともにチケットをとったとなれば、よほど好きなアーティスト、あるいは即完売の人気アーティストなのかと言えばそうでもない。ましてや、一枚もアルバムを聴いたこともなく、存在も今回の公演で知ったくらいだ。ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』や『それでも恋するバルセロナ』は、観たことはあったけれど。

 では、なぜ?と言えば、めぐり合わせ、気まぐれ、としか言いようがない。告知をたまたま目にし、行ってみようかという気になったのだ。アーティストを知らなかったので、予約が早期に必要か否かもわからなかったし、チケット販売が目前だったので、予約開始と共に申し込んだに過ぎない。今回に限って"予約の壁"はなかった。我がことながら不思議だ。
 「すべては、タイミング」、らしい。

 というわけで、多くを知らないまま出かけるのもよいけれど、トリオの面々のこと、少し知って行くのもよいな、と、長ーい夏休みの終わりに宿題を終わらせるような気分で、かけこみメモ。

ステファン・レンベル トリオ メンバー

STEPHANE WREMBEL TRIO
 ・Stephane Wrembel (g) 1974/2/27
 ・Josh Kaye (g)
 ・Ari Folman-Cohen (b)


Stephane Wrembel

 パリ生まれ、フォンテーヌブローで育つ。
 4歳でピアノをはじめ、思春期を迎えた頃、ギターと出会い、ロックに没頭、特にピンク・フロイドのデイビッド・ギルモアに影響を受ける。その後、ジャンゴの音楽を知り魅了され、シンティの人々のところへ通い詰め、音楽性を学んでいった。彼は言う「音楽は、音符だけでは何かが欠けている。その文化なくしては」。

 バークリー音楽大学へ進学、2002年に卒業。アルバム『GYPSY RUMBLE』(2005年)のリリースなど、音楽活動を加速していく。このアルバムに収録された曲は、ウディ・アレンの映画『Vicky Cristina Barcelona(邦題:それでも恋するバルセロナ)』(2008年)にも採用された。

 2003年にレンベルがはじめた音楽フェス&ギターキャンプ『Django à Gogo』は、毎年1週間にわたって開催される国際的なフェスティバルへと発展、世界有数の音楽家らが集い、カーネギーホールや、タウンホールなどで開催されるようにまでなっている。

"Dark Eyes"
Django A Go Go 2018 Live @ The Town Hall - Saturday, May 5, 2018

 レンベルの名が一般に広く轟くようになったのは、ウディ・アレン監督作『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)に劇中採用された『Bistro Fada』によるだろうか。2012年のアカデミー賞授賞式では、『Bistro Fada』を生演奏で披露した。
 レンベルは、クラシック・ロック・ブルース・ジャズ・フラメンコなど幅広い楽曲から吸収し特定のジャンルにとらわれない彼独自の音楽で光を放つ一方、ジャンゴの曲を改めて収録しリリースするなど、真っ直ぐなジャンゴ愛を次々と形にしている。そして。「ジャンゴファン・ジャズファンにとどまらず、"音楽ファン"に届く音楽を」と言う。


Josh Kaye

 ステファン・レンベル トリオでは、リズムギターを担当。
 ウード奏者であり、作曲も行う。中東音楽を融合させたプロジェクト『Baklava Express』を率いる。
 彼の作品は、人気ゲームアプリ『Call of Duty: Mobile』にも採用されている。

Ari Folman-Cohen

 音楽活動に加え、映画制作にも取り組むほか、短編小説や漫画、脚本の執筆も行う。その多彩ぶりは、彼の公式Webの写真が雄弁に物語っているだろう。パンク・マンボのグループでも活躍とか。"パンク・マンボ"って!初めて知りました。
 ステファン・レンベル トリオでは、ベースラインを担っている。

Ari Folman-Cohen https://www.arifolmancohen.com/


ジャンゴ

 今回の公演は、"A Celebration of the Birthday of Django Reinhardt"、「ジャンゴ・ラインハルトの誕生日を祝う至高のトリビュート・ナイト」と銘打たれている。
 プロモーションが後追いで遅れていた印象は否めず、何か企画段階でトラブル、あるいは日本でのステファン・レンベルの知名度に主催者が泣いているのかな、という邪推もここでは隠さず記したい。
 とはいえ。何はともあれ、ジャンゴ!である。

Django Reinhardt

 "ジャンゴ"と聞いて、ITに多少馴染みのある方ならオープンソースフレームワークや、西部劇を思い浮かべる映画好きな方もいらっしゃるかもしれない。そのどちらも、実は、ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt、Jean Baptiste Reinhardt、1910年1月23日 - 1953年5月16日)にちなんで名づけられたものだ。

 ジャンゴの名はニックネームから。"Django"には、Romaの言葉で「私は目覚める」という意味があるという。10代前半からパリで音楽活動を行いレコーディングにも参加するようになるが、1928年、住まいでの出火で大火傷を負い、18ヶ月の入院を余儀なくされる。
 
 医師は、右足の切断を勧めたがジャンゴは拒否、その後、杖を使うも歩けるまでに快復したものの、火災当時焼け焦げていたという左手の薬指と小指には麻痺が残り、ギターは二度と弾けないと診断されていた。しかし、ジャンゴは、左手の人差し指と中指を使ってコードを押さえる独自の奏法を編み出していく。塞翁が馬、「フランス・ホット・クラブ五重奏団 (the Quintette du Hot Club de France)」として共に活動したことで知られるステファン・グラッペリは、後に、ジャンゴが三本指を主とした奏法にならざるを得なかったことで独自のコード進行が生まれたと振り返っている。

 その後、ジャンゴは、ジャズと出会い、『ヨーロッパ初の偉大なジャズミュージシャン』と言わしめるまでになる。だがその歩みは一筋縄ではいかず、ナチによるロマ迫害・ホロコースト、そして戦争と、ジャンゴの音楽活動は困難な時代と共にあった。

 ジャンゴの数ある代表曲の一つ、『 Nuages 』(雲)は、パリ解放を願う人々にとっての希望、いわば隠れた"国歌"のように愛され、コンサートで演奏すると、もう一度、もう一度と続けて演奏するよう観客から求められる程だった。

 戦後、デューク・エリントンに招かれる形でアメリカツアーを行うなど活躍の場を更に広げ、エレキギターについてもその台頭にあわせ自身の音楽活動に取り入れていくなど音楽的な幅も広げていった。その一方で身体の不調もあったのか急な出演キャンセルなどが多くなっていくなか、身体が優れぬ折も診察を受けることもなかったという。1953年5月16日、パリのクラブで演奏した帰路、倒れ、そのまま還らぬ人となった。直接の死因は脳卒中とされている。

"ジャンゴ以前・以後"

 ジャンゴがジャズに足を踏み入れるまでは、あるいはジャンゴがジャズを知るまでは、ギターは ジャズのメインにはなり得なかった、エレキギター登場前の時代の話だ。ミュゼットにおいても、ギターが"伴奏"の域を出ることは稀有であったとされる。

 ジャンゴのギター演奏は、それまでの"ギターの音、旋律、表現"を覆すもので、ジャンゴの音色をレコードで聞いた当時のイギリスやアメリカのギタリストらは、ジャンゴが繰り出す壮大なスケール、魅惑的な旋律、脈打つスイングといった、驚異的な技術・表現を到底信じられなかったという。
 ジャンゴが与えた音楽的影響は多大で、チャーリー・バードやウェス・モンゴメリーなどにも影響を与えた。なかでも、チャーリー・バード(1925/9/16 - 1999/12/2)は、ジャンゴに大きく影響を受けたとしている。

 ジャンゴを賞賛、影響を受けた音楽家はジャズにとどまらずジャンルを超え枚挙にいとまないが、かのギブソンのレスポールを開発したレス・ポールもまた若き日にジャンゴに焦がれたという。

ジャンゴの死後、ジャンゴに捧げられたアルバム

  • 『ジャンゴ』1953 MJQ モダン・ジャズ・カルテット

  • 『フォー・ジャンゴ』1964年 ジョー・パス

  • 『ヤング・ジャンゴ』1979年 ステファン・グラッペリ

  • 『ジャンゴスピリッツ』2010年 Various Artists
    …and more

ジャンゴフェス

 ジャンゴの名を冠した音楽フェスなどが、世界各地で行われている。

・Liberchies(ジャンゴの生まれ故郷、ベルギー・ワロン地域で開催)
・Djangofollies(ベルギー全土)
・Festival Django Reinhardt(フランス、フォンテーヌブロー・サモロー)
・DjangoSurLennon(アイルランド北西部)
・Django à Gogo(ニューヨーク)
 …and more

付記: ジャンゴ・スイング

 ジャンゴの音楽などを総表して、しばしば「ジプシージャズ」「マヌーシュジャズ」という言葉が使われるが、いずれも実は避けるべき、あるいは相応しくない言葉だ。

 前者は、既に1971年には当事者による国際決議で呼称として"ジプシー"という蔑称を拒否、"ロマ"を用いるよう表明、欧州議会・国際機関をはじめとして踏襲している。
 また、"マヌーシュ"は、ロマに包括されるが、ジャンゴはマヌーシュではなく"シンティ"だ。
 音楽ジャンルとして確立されている"マヌーシュジャズ"を、"間違い"だとまでは言わないが、「ジプシージャズ」「ジプシー(マヌーシュ)ジャズ」と言った表記には、異を繰り返し述べたい。

the Romani people

参考) World Romani CongressWikipedia

 もっとも、"ジャズ"という言葉もまた避けるべきという意見もあるのだけれど、それはまた別の機会に。(マイルス・デイビスは「ジャズという言葉は嫌いだ」「自分の音楽は、ソーシャル・ミュージックだ」と述べ、その意を汲むジョン・バティステはブルースやジャズなどと分けられないとし相互に根差す"ブラック・アメリカン・ミュージック"と提唱)

ステファン・レンベル トリオ

日本公演 2026

 もとい! ステファン・レンベル トリオ、である。
 1月22日(木)、23日(金)と、丸の内コットンクラブでの公演が予定されている

 ステファン・レンベルのコットンクラブ登場は、初という。

 ジャンゴ・ラインハルトの生誕日が1月23日ということで、「ジャンゴの生誕を祝うトリビュートライブ」と銘打ち開催される予定となっている。アジアツアーのなかで、日本で迎える「ジャンゴ生誕の日」というめぐり合わせ。ちなみに、かのステファン・グラッペリは、1月26日生まれと、ザ・レジェンドの誕生日が続く。

 ステファン・レンベル トリオの幅広い音楽性から紡がれる"ジャンゴ"を堪能し尽くしたい。ジャンゴと共に、その先へと誘ってくれるに違いない。

…と、"夏休みの宿題"を駆け込みで終わらせ、やっとそんな気になった ;-)

では、またそのうちに。


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