私の好きな一杯
台北の街角で日暮れ時、体が妙に軽い時刻でした。ガイドの仕事を終えて、抱えていた荷物を全部アパートの部屋へ運び入れ、階段を降りると、街はもう灯りをともし始めています。一日中人の後ろを歩いて、あちらの寺院、こちらの路地と説明をつづけてきた口が、ようやく黙ってよいのでした。自分のために、どこへでも行ける。
角のカフェへ入りました。カウンターの奥で、若い店員が湯気の向こうから顔をあげます。ひと息つきたくて、エスプレッソを一つ、と頼みました。頼んでしまってから、肩から鞄を降ろして鞄の口を開け、財布は、さっき運び入れた荷物と一緒に、部屋の床へ置いたままだったことに気づきました。
言いかけて、口ごもりました。取りに戻ります、そう言おうとした時、店員はもう小さなカップを、私の前へ置いていました。
「待用コーヒーが、一杯ありますから」
聞き返すと、彼は壁の隅の、小さな黒板を指さしました。数字が一つ、白墨で書いてあります。「いいことのあった人が、二杯分置いていくんです」。飲むのは一杯だけ。もう一杯は宙に浮いたまま、名も知らない誰かのために、店で預かっておく。のちに、お金の足りない人や、財布を忘れてきたような人が尋ねると、その一杯が差し出される。黒板の数字は、いまこの店に何杯ぶんが待っているか、という覚えなのでした。
払っていった人が誰なのかも、いつのことかも、店員は言いませんでした。ただ、ちょうど一杯、私のような者を待っていたのだと。
カップは小さく、コーヒーは濃く、少し苦い。どこかの誰かが、嬉しいことのあった日に、その喜びを一口、この街の宙へ預けていった——その片方を、いま私が飲んでいるのでした。窓の外を、傘も持たない人や、仕事帰りらしい人が通りすぎていきます。
飲みほして、カップを置きました。店員が白墨を手にとって、黒板の数字を、ひとつ少なく書き換えます。明日のいつか、財布を持ってまた来ますと伝えると、彼は笑って、今度は足すほうの数字を、指でとんとんと叩いてみせました。今度は、次の誰かのために。
外へ出ると、街はすっかり夜でした。鞄の軽さが、行きよりも少し、暖かいようでした。
1997年午後5:30分 私は台北の街角でエスプレッソを飲んでいます。ーココシカナイカフェ館
