見出し画像

【独立・開業】「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の本当の意味──実績ゼロの事業主が生き残るための「狙いの設計」

 開業したばかりの事業主は、実績や信用がないにもかかわらず、リスクを避けて「手のかからない・単価の高い案件」を求めがちです。しかし、顧客から見れば実績のない事業主こそが「属性の分からない相手」であり、このミスマッチが停滞の原因になります。
 本記事では、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という格言を軸に、独立初期の事業主が勝ち残るための競争戦略を解説します。
1.何を「虎子(価値)」と見るか: 競合が避ける「手のかかる案件」や「流動的な市場」にこそ、将来大きな価値になり得る宝が眠っている。
2.どうやって「虎穴」に入るか: 無闇に飛び込むのではなく、小さなリスクから始めてノウハウを「型」化していく。
3.そのための「準備」: ターゲットの生態理解(解像度)を高め、具体的な解決策をあらかじめ用意しておく。
 記事の後半では、筆者自身が実践している、他者が敬遠しがちな業務領域への参入事例も紹介します。


慎重な税理士の本音

 先日、ある開業して間もない税理士の方と事務所の営業について話す機会がありました。彼は、個人事業主をクライアントとして迎えるかどうかについては、「属性としてあまり良くない顧客が少なくないから」慎重になるそうです。

 「個人事業主は顧問先として属性が良くないことが多い」これは、現場で顧客と向き合ってきた税理士ならではの、飾らない本音でしょう。

 実際、税理士を探している個人事業主の中には、ビジネスを初めたばかりの方も少なくありません。どこまでが経費になるのか、何を証拠として残すべきなのか、そういった理屈がまだよく分かっていない事業主も多くみられます。

 中には、確定申告が必要かどうか判断できなかったため、確定申告をしなかった、といった事業主もいます。

 税理士側からすれば、個人事業主はえてして手がかかり、報酬を高く設定しにくい傾向があります。したがって、税理士が個人事業主を顧問先にすることに対して慎重になるのは、自然なことだと言えます。

 実際、大手の税理士法人には「個人事業主はお断り」というところも少なくありません。

 しかし、ここで立ち止まって顧みる必要があるでしょう。

 【開業したばかりの個人税理士】は、顧客からどう見えているのでしょうか。

「選ぶ側」もまた、選ばれる立場にある

 開業したばかりの個人税理士は人的リソースや資金、ノウハウも十分ではないため、高単価で手がかからない「ラクな」顧客を選びたいと思うかもしれません。

 しかし顧客からすれば、開業したばかりの税理士の他にも、大手の税理士法人や経験と人員の豊富な税理士事務所、など多くの選択肢があります。それらの選択肢を並べて比較してみれば、開業したばかりの税理士は、信用・実績・経験、いずれの点でも心もとなく見えるはずです。

 開業したばかりの税理士には、認知度もアピールできる実績もまだ十分には積み上がっていません。顧客の側から見れば、開業したばかりの税理士こそが「属性のよく分からない相手」であると言えます。

 それにもかかわらず、開業したばかりの税理士が、リスクを嫌い手のかかる顧客を避け、(自分にとって)条件のよい顧客が来るのを待っていたら、果たしてどうなるでしょうか。

 その答えは自明です。顧問先は増えず、実績も溜まらず、時間だけが過ぎていく。そして、これは開業したばかりの税理士に限らず、フリーランス、個人店の店主など、多くの事業主が陥っている状態なのではないでしょうか。

 そういった方々に思い出していただきたい諺があります。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」

 価値のあるもの(虎の子)は、危険な場所(虎の棲む穴)の奥にしかない。つまり、何かを得るためには、それ相応のリスクを払わなければならない。

 これは、開業したばかりの税理士に限らず、自分の看板で勝負しようとするすべての事業主にとって、避けては通れない原理ではないでしょうか。

問題は「勇気」ではなく「ミスマッチ」である

 ただし、私は本稿で「勇気を出して飛び込め」という精神論を主張したいわけではありません。というのも、開業したばかりの事業主に足りないのは「勇気」というよりもむしろ「狙いの設計」であることが多いからです。

 つまり、いま自分が現実に参加できる市場と、自分が狙う顧客とが噛み合っていない。そういうことが、開業したばかりの事業主には往々にしてあります。

 理想の顧客像を語る言葉は持っているけれども、その顧客に届く道筋を見つけられていない。あるいは、自分の手の届く市場が目の前にあるのに、その門をくぐる前に引き返してしまう

 つまり問題の本質は「リスクを取るか、取らないか」ではなく、「何を虎子と見て」「どうやって虎穴に入り」「そのために何を準備するか」ではないでしょうか。ここから先は、この三つを順番に考えていきます。

一、何を「虎子」と見るか

「コスパの良い案件」だけが虎子ではない

 初めに考えるべきことは、そもそも自分にとって「虎子とは何か」ということでしょう。多くの人は「虎子」を「報酬が高く手のかからない顧客」すなわち「コスパの良い案件」だと考えます。もちろんそれもひとつの考え方です。

 しかし、独立ほやほやの事業主が、最初の段階でいわゆる「優良案件」だけを狙うのは、登山の初心者が、最初から高い頂を目指すようなものではないでしょうか。装備も経験も足りない初心者は、登山口で入山を止められるでしょう。

 実際、私も開業してからの一年間、歴史と実績の豊富な企業さまから、次のような理由でお断りをいただいたことがあります。

  • 「ひとり税理士に顧問を任せるのは不安だ」

  • 「もっと実績がある税理士に頼むことにした」

  • 「事務所を構え従業員を抱えてから出直してこい」

 一方で、あくまで私の経験談ですが、個人事業主の方々からは、上に挙げたような理由でお断りを頂戴したことはありません。

手がかかる層にこそチャンスが眠る

 個人事業主のクライアントは初めて税理士を顧問につける層も多く、手がかかることが多いのは否めません。しかし手がかかるということは、裏を返せば、まだ誰にも十分に面倒を見てもらえていないということに他なりません。それは、見方によっては「虎子」になるのではないでしょうか。

 既存の事務所が敬遠する層には、競合が少ない。そして、開業したばかりで右も左も分からない事業主にとって、最初に親身になってくれた専門家は、特別な存在として記憶されます。

 開業したばかりの個人事業主は日々、事業を成長させていきます。いまは手のかかる個人事業主でも、数年の後には会社組織を作り、顧問料の桁が変わるクライアントになるかもしれません。

 つまり税理士に限らず、事業主・経営者全般に言えることですが、「現時点で(自分にとって)価値が高いもの」だけを「虎子」として捉える考え方は、はっきり言って、浅い。「いまは周りから価値を認められていないが、自分が支えることで将来的に価値が高くなるもの」もまた「虎子」として捉えることが、深い見方です。

 むしろ、信用も実績もない、すなわち競争力の乏しい事業主・経営者にとっては、後者のほうがはるかに現実的な「虎子」であると言えるのではないでしょうか。

 一般論や権威の戯言に惑わされず、「虎子」を独自に定義し直すことが大切です。無責任な世間が貼った「属性が悪い」というラベルを、そのまま鵜呑みにしないことです。

まとめ:虎子を再定義するための2ステップ

  • 自分の競争力を客観的に捉え直すこと】自分の市場価値を見誤れば、虎穴に入る前に門番に止められてしまうでしょう。

  • どのような価値があるものを狙うのかを明確にすること】その現実解が曖昧なまま虎穴に入っても、暗闇の中で、ただ危険を冒しただけで終わってしまうでしょう。

二、「虎穴」の入り方

虎穴に入るとは「無闇に突撃すること」ではない

「虎子」を見定めたら、次はどうやって「虎穴」に入るかです。ところで、あなたは「虎穴に入る」とは「無防備に飛び込むこと」だと思っていませんか。

 あくまで私見ですが、「虎穴に入らざれば虎子を得ず」は「無謀の勧め」ではありません。危険を予見し、準備を整え、意志を持って陣中に踏み込む。それは決して、無鉄砲に突撃することではありません。

 税理士で例えるなら、手のかかる個人事業主の顧問を引き受けることは「面倒を全て背負い込む」ことを意味しません。そうではなく、その顧客層に特有のリスク──申告漏れ、記帳の不備、期限の管理などといった典型的な問題をあらかじめ整理し、解決方法を用意したうえで関わっていくことを意味します。同じ穴でも、地図を持って入るのと、手ぶらで入るのとでは、危険度がまったく違います。

小さくリスクを取り、「型」を作る

 そして、虎穴の入り方には順序があります。いきなり最深部を目指さなくてもいい。まずは一件、引き受けてみることです。そして、その一件で学んだ知見を「」にする。次の一件で、その型を実践し、磨く。

 こうして小さくリスクを取りながら、都度、学びを吸収していく。それが賢い虎穴の入り方です。一気に大きな成果を上げようとせず、小さな成果を確実に持ち帰ることを繰り返すことで、次第に深い場所へ潜れるようになるでしょう。

 また、穴の中で得るものは虎子だけではありません。手のかかる顧客に親身に向き合った経験は、次の顧客への対応力を育てます。ある業種を一件担当すれば、その業種特有の勘所が分かり、同じ業種の二件目、三件目をスムーズに引き受けられるようになります。

 さらに、同じ業種の事業主どうしは横のつながりを持っていることが多く、一件の満足が次の紹介を呼びます。最初の一件で苦労をしても、その一件が次の道を案内してくれる。虎穴は入れば入るほど、通い慣れた道になっていくのです。

何かを捨てることで専門性が積み上がる

 しかし、良いことばかりではありません。リスクを取るとは、何かを捨てることでもあります。手のかかる案件を受ければ、その分の時間を差し出すことになります。目先の高単価を諦めることにもなるでしょう。

 しかし、その差し出したものと引き換えに、実績と信頼と、そして「このタイプの案件なら誰よりも分かる」という専門性が積み上がっていくことこそが最重要です。

 何も捨てずに何かを得ようとする姿勢こそが、実は最も大きな機会損失を生んでいるのです

三、そのための「準備」

 最後に「虎穴」に入るための「準備」について述べます。私は、これが最も本質的な部分だと考えています。

 「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉は、しばしば蛮勇の肯定として引用されます。しかし準備をせずに虎穴に突入しても、虎に食われておしまいです。つまり、虎子を得るのは、勇気のある人ではなく準備をした人です。

 では、独立したての事業主にとっての準備とは何か。

1. 狙う市場に関する精緻な理解

 一つ目は、狙う市場に対する精緻な理解です。税理士業で例えるなら、「個人事業主」という括りは、顧客層の理解として極めて粗いと言わざるを得ません。

 そうではなく、どういう業種の、どのようなステージの、どのような課題に困っている事業主が、どこで専門家を探し、何を決め手に依頼を決めるのか。

 狙う顧客層の生態理解の精度(いわゆる解像度)が上がるほど、自分の狙う顧客と、自分が参加できる市場とのずれが小さくなります。先に述べたミスマッチは多くの場合、この理解の精度不足から生まれているのです。

2. リスクへの備え

 二つ目は、リスクへの備えです。想定される問題に、あらかじめ具体的な解決策を用意しておく。顧客に申告漏れがあったのなら、こちらからその対応方法を具体的に示す。記帳が苦手な顧客には、こちらから仕組みや手順、スケジュールを簡潔に提示する。

 こうした型が整っていれば、手のかかる案件は恐れるべき面倒事ではなく、安心して対応できる仕事に変わります。

3. 自分が何を捨てるかをあらかじめ決めておくこと

 三つ目は、自分が何を捨てるかをあらかじめ決めておくことです。すべての顧客に完璧に応えることはできません。だからこそ、何を取り、何を手放すのかを自分で決め、軸をぶらさない。

 これこそが、独立したばかりの事業主にとって、行き当たりばったりで消耗しないための最も重要な準備かもしれません。

四、これからの地図──私自身が入った二つの虎穴

 さて、ここまでは考え方の話をしてきました。最後に、私自身が実際に入った虎穴を二つ、地図として共有したいと思います。どちらも、既存の事務所がまだ十分に足を踏み入れていない領域であり、だからこそ虎子が眠っている場所だと考えています。

 これから独立する方、あるいは次の一手を探している方にとって、国際取引AI対策という二つの方角は、きっと参考になる方針だと思います。

1. 国際取引(輸出)に関する税務

 一つ目は、国際取引、とりわけ輸出に関わる税務です。私は、海外への物販を展開する個人事業主及び法人の税務を多く支援しています。彼らの多くは、消費税の還付を受けられる立場にあります。

 輸出売上の消費税は免税となり、売上には消費税が課されない一方、仕入れや経費で支払った消費税は仕入税額控除の対象になります。その「払いすぎた消費税」を申告して取り戻すのが消費税還付です。

 ところが、この仕組みがよく分からず還付を取りこぼす事業主は少なくありませんし、税理士からも「還付申告は税務署に目をつけられやすい」と敬遠されがちです。

 正直に言えば、この領域は確かに手がかかります。輸出免税と仕入税額控除の仕組みに始まり、電子帳簿保存法に沿った書類の保存、インボイス制度が中古品の仕入れに与える影響、古物商特例と古物台帳に対する理解、返品時に見落としがちな輸入消費税、そして「税務署からのお尋ね」への対応と、税務調査への備え。

 論点は多く、当局も国際取引には注意深い目を向けます。しかし、だからこそ引き受けたがる税理士が少ないことに加え、還付という目に見える価値を顧客に届けられます。

 手のかかる案件の中に虎子を見出すという、この記事で述べてきたことを、私はまさにこの領域で実践してきました。国際取引という虎穴に踏み込んだことで、私は同業の多くが持っていない地図を手に入れたのです。

2. AIの業務活用と秘密保持

 二つ目は、AIの業務活用と秘密保持の問題です。私は自分の業務にAIを積極的に活用しています。AIを業務活用すれば、作業効率も設計の網羅性も向上します。けれども、AIを実務に持ち込む瞬間に、避けて通れない壁が立ちはだかります。顧客の機密情報をどう扱うのかという問題です。

 ここで、リスクを恐れてAIを一切使わないと決めてしまうと、かえって十分な成果を上げられない可能性があります。かといって、顧客のデータを無頓着に外部ツールに入力すれば、それは重大な事故になりかねません。

 そこで私は、この記事で述べた「地図を持って穴に入る」を実践しました。AIにデータを渡す際の条件と手順を、クライアントと一緒に決め、秘密保持契約の中で明示しました。リスクの輪郭を明らかにし、準備を整えて踏み込む。これもまた、一つの虎穴の入り方です。

 国際取引もAI対策も、まだ多くの専門家が「よく分からないから」と距離を置いている領域です。馴染みがなく流動的で、実態が読みにくく手がかかる。しかし、その読みにくさこそが、まだ十分に開拓されていない虎子の在りかを示しています。

 手垢にまみれた市場で消耗戦を続ける者より、新しい虎穴にいち早く慣れ親しんだ者のほうが、これからの数年で大きく実力を伸ばすはず。私はそう考えています。

おわりに

 本稿は慎重な税理士の話から始まりましたが、私は決して、彼の慎重さを否定したいわけではありません。

 しかし、既に守るものを多く抱えている経営者はいざ知らず、まだ十分な実績を持たない段階の事業主にとって、安全な場所に留まろうとすることは、必ずしもまっとうな判断とは言えないのではないでしょうか。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。何かを得るためには、リスクを取らなければならず、何かを捨てなければならない。この原理から逃れられる事業主はいないでしょう。

 けれども、この諺は無謀の勧めではありません。何を虎子と見るかを自分で定義し、地図を持って穴に入り、そのための準備を整える。この諺はそこまで含めて捉えたときに初めて力を持ちます。

 自分が狙う顧客と、自分が参加できる市場を、丁寧にすり合わせていくこと。手のかかる案件の中に、多くの人に気づかれていない虎子を見出すこと。そして、恐れに対峙して準備を整え、一歩を踏み出すこと。

 時間だけが過ぎていく側ではなく、実績を積み上げていく側に回るために、まずは自分にとっての虎子は何かを、問い直すところから始めてみてはいかがでしょうか。


いいなと思ったら応援しよう!