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ラシュコフは発信する 第二回 『リアルを取り戻すために』

すさまじい速度で変化する世界の中で、ダグラス・ラシュコフは何を発信し続けているのか。 テクノロジーと人間の未来から、宇宙や生命、愛や死にまで広がるラシュコフの難解な思想を、どう理解すればいいのか。
伊藤明彦が、日本語訳に加えて独自の解説と考察を交え、ラシュコフが見据える世界へと案内する。

-ラシュコフは発信する-



▶ R.U. Sirius: Reality is up For Grabs | Team Human Podcast w/ Douglas Rushkoff Ep. 334

本記事は、ダグラス・ラシュコフの動画「R.U. Sirius: Reality is up For Grabs | Team Human Podcast w/ Douglas Rushkoff Ep. 334」を基にしています。
AIが創造や判断の領域にまで入り込む今、ラシュコフとR.U.シリウスが探るのは“人間らしさ”の再発見です。感情や共感、創造性といった“計算できない力”を、テクノロジーの時代にどう生かすか。90年代のサイバー文化を駆け抜けた二人が、あの時代の自由な空気を振り返りながら、リアルに生きる感覚を取り戻そうとしています。現実をもう一度、“魔法”のあるものにするために。

ダグラス・ラシュコフとR.U.シリウス──90年代からの警告

左:R.U.シリウス/右:ダグラス・ラシュコフ

ダグラス・ラシュコフ(Douglas Rushkoff)は、30年以上にわたりデジタル文化を分析してきたメディア理論家だ。著書『ネット社会を生きる10ヵ条』(原題:Program or be Programmed、ボイジャー刊)、『チームヒューマン』(原題:Team Human、ボイジャー刊)を通じて、テクノロジーと人間性の関係を問い続けている。今でいうインフルエンサーみたいな存在だが、企業や権力に忖度しない独立系ジャーナリストとして活動してきた。

一方のR.U.シリウス(R. U. Sirius、本名:ケン・ゴフマン)は、伝説の雑誌『Mondo 2000』の創刊編集者。80〜90年代、サイケデリック、ハッカー文化、サイバーパンクを融合させ、「リアル(現実)は書き換え可能だ(Reality is up for grabs)」というスローガンを掲げた。

Mondo 2000とは
1980〜90年代にカリフォルニアで発行された雑誌。仮想現実(VR)、スマートドラッグ、ハッカー文化を扱い、後の『WIRED』の先駆けとなった。よりアナーキーで反体制的で、今でいうカウンターカルチャーのバイブル的存在。90年代はインターネット、サイケデリック、陰謀論などが全部ごちゃ混ぜになった混沌の時代で、『Mondo 2000』はその中心にあった。

二人は、インターネット黎明期に「テクノロジーは人間を解放する」と本気で信じた世代だ。

しかし今、その夢は裏切られつつある。

90年代の希望と現在の絶望──自由の楽園は監視の鉱山になった

ラシュコフ:
やぁ、シリウス。久しぶりだね。こうして再び顔を合わせると、まるで90年代のスタジオに戻ってきたような気がするよ。そのTシャツ──まさか、まだ『Mondo 2000』のロゴ入りを着ているとはね。

シリウス:
そうさ。でも、このTシャツのバージョンには眼帯の赤ん坊は描かれていないんだ。昔の俺たちは、あの海賊の赤ん坊を自分たちの化身みたいに思っていたからね。あれは秩序に挑む「情報の海賊」の象徴だった。

『Mondo 2000』ロゴ入りTシャツを着るR.U.シリウス

眼帯の赤ん坊
『Mondo 2000』の初期ロゴに描かれた赤ん坊は、新しい未来を生む存在の象徴。眼帯は「知的反逆(情報の海賊)」を意味した。当時のハッカーやクリエイターたちは、自分たちを「情報の海賊」だと本気で思っていた。

ラシュコフ:
あの頃、テクノロジーは僕らの味方だった。情報は自由で、ネットワークは解放の象徴だった。誰もが世界の共同編集者になれると信じていたんだ。

シリウス:
そうだね。けど今のネットは違う。企業が夢を囲い込み、欲望をデータに変えている。自由の楽園だったサイバースペースが、いまや監視と収益の鉱山になった。


これは単なる懐古趣味の話じゃない。90年代、インターネットは本当に「自由」だった。企業が支配する前、GAFAMが生まれる前。個人がホームページを作り、掲示板で語り合い、誰もがフラットにつながれた時代があったのだ。

監視資本主義
ハーバード大学のショシャナ・ズボフが提唱した概念。ユーザーの行動データが商品となり、企業がそれを収益化する資本主義の新形態。あなたがクリックした場所、滞在した時間、「いいね」を押したもの──すべてがデータとして売買されている。

かつて解放のメディアだと信じられたインターネットは、今では人々をアルゴリズムの奴隷にしている。ユーザーは現実をプログラムする側から、プログラムされる側へと押しやられた。

メディアは現実をつくる──情報は物質である

90年代を語るラシュコフ

ラシュコフ:
思い出すよ、『Mondo 2000』の時代。君たちは本気でメディアが現実を作ると信じていたね。情報はニュースやデータじゃなく、意識の素材そのものだった。

シリウス:
その通り。僕らにとってテキストは現実の素材だった。言葉が世界を形づくる。情報は抽象じゃなく、物質そのものなんだ。メディアは錬金術のような現実変換装置だったんだ。


これは抽象的な話に聞こえるかもしれないが、実はとても具体的な話だ。

今、あなたが見ているSNSのタイムライン、YouTubeのおすすめ動画、Netflixのトップ10──それらはすべて「メディアが作った現実」だ。そこに映っているものが、あなたにとっての「世界」になる。

フォローしている人の意見が、あなたの意見になる。アルゴリズムが選んだニュースが、あなたの現実認識を作る。つまり、メディアが現実をつくっている。

90年代、『Mondo 2000』の読者たちはこれを「Information as Material(情報は物質である)」と呼んだ。現実を再プログラムすることが政治的行為だと考えられていた。革命は銃や暴力ではなく、コードとアイデアで行うものだと信じられていた。


シリウス:
僕にとっては、それはサイケデリックな政治的行為だった。LSDも、アートも、メディアも、意識を変えるためのツール。現実とは、拡張可能なソフトウェアのようなものなんだ。

ラシュコフ:
ドラッグもインターネットも、結局は意識の再配線だったよね。君が昔言っていた「未来のドラッグはメディアだ」って言葉、今でもよく覚えているよ。
僕は学生たちにこう話すよ。「昔、インターネットは人と人の間に魔法を生み出した。でも今は、その魔法をアルゴリズムが管理している」って。

シリウス:
それでも僕は、魔法を信じているんだ。魔法とは、現実を他人の目で見直す力のこと。それが失われると、人は自分の物語を見失う。


しかし、現代はどうか。

情報に溺れても、心はもう踊らない。データには浸っているが、恍惚こうこつは失われた。90年代のインターネットにあった「共有と発見の喜び」は消え、今は監視と収益化の構造に支配されている。

アルゴリズムに支配される私たち──選択の自由という幻想

ラシュコフ:
90年代、僕らはコードを書くことが自由を生むと信じていた。プログラムは詩であり、政治だった。オープンソースの文化が生まれた時、誰もが未来の共著者になれると思っていた。

シリウス:
まさにそれがハッカー倫理だよ。支配を破壊するんじゃなく、再設計するんだ。自由とは、コードを書き換える能力そのものなんだ。

監視資本主義とコードを書く自由について語るR.U.シリウス

ハッカー倫理
MITのハッカー文化から生まれた理念。情報共有・オープンアクセス・権威への懐疑を軸とする。かつてのハッカーは、システムを破壊するのではなく、より良く作り直すことを目指していた。

ラシュコフ:
けれど今、コードは企業の壁の向こうにある。オープンソースは共有じゃなく収益モデルになった。自由の象徴だったネットが、今や閉じたプラットフォームに支配されている。
現代の権力は暴力じゃなくナッジ(誘導)なんだ。選択肢を奪わずに行動を導いている。広告もレコメンドも、全部が柔らかな洗脳装置になっている。

ナッジ理論
選択の自由を残したまま行動を誘導する行動経済学の手法。「そっと後押しする」という意味。たとえば、Netflixの「次のエピソードまであと5秒」みたいなもの。選択肢はあるけど、つい流れで次を見てしまう。それがナッジ。

シリウス:
ナッジされた自由か。いい表現だ。自分が選んでいるつもりで、実はコードのレールを走っている。まるで自由という名のトラック上の列車だ。


自由のために書いたコードが、いつの間にか監視のコードへと変わった。それは誰が誰と話し、何を考えているかを測る仕組みとして機能している。

便利さと引き換えに、私たちは自分の物語を企業に預けてしまった。アイデンティティさえ、既にクラウドのプロパティになりつつある。

支配は常に快適さの仮面を被っている。最も成功する支配は、人が気づかない時に起こる。

私たちは毎日、何百もの「選択」をしている。どの動画を見るか、どの記事を読むか、誰をフォローするか。しかしその選択肢は、すでにアルゴリズムによって厳選されている。

自由に選んでいるつもりで、実は選ばされている。

問題は、テクノロジーそのものではない。私たちがどんな物語でそれを使うか──そこに全てがかかっている。いつの間にか、私たちは参加者から消費者へと変わり、物語を作る側から眺めるだけの側へと入れ替わった。

身体の喪失──感覚のアルゴリズム化

身体の喪失と感覚のアルゴリズム化について警鐘を鳴らすラシュコフ

ラシュコフ:
僕の最大の懸念は、身体の喪失だ。テクノロジーが進化するほど身体感覚は削がれる。触覚も匂いも温度もない世界では、生きる実感を得ることができない。

シリウス:
それを僕は「感覚のアルゴリズム化」と呼んでいる。感覚も感情もデータ化され、再生産される。でも人間の本当の共感は、汗や震えを伴うものだ。それを失えば、テクノロジーはただの幻術になる。
それは「即時知の罠」だよ。思考には時間が必要なんだ。身体が理解し、心が熟すまでの遅延にこそ意味がある。


ラシュコフは教育の現場で、学生たちが考えるより検索することに慣れすぎていると感じている。知識が身体を経由しない。頭で理解したつもりになるが、全身で感じることを忘れている。

考えてみてほしい。わからないことがあったとき、昔は図書館に行って本を探し、ページをめくり、読み込んで、ノートに書き写した。その過程で、知識が身体を通って入ってきた。

今は? Google検索して、一番上の答えをコピペ。ChatGPTに聞いて、出てきた答えをそのまま使う。

知識が身体を経由しない。頭にも残らない。それは本当に「知る」ことなのか?

魔法を取り戻す──再魔術化という希望

ラシュコフ:
君の言う魔術という概念、あれを再評価したい。科学が世界を説明するなら、魔術は世界を感じるための言語だった。

シリウス:
そう、魔術とは関係性の科学なんだ。すべてがつながっているという感覚を思い出す行為。それが再魔術化(Re-enchantment)だよ。

再魔術化(Re-enchantment)
マックス・ウェーバーが指摘した「世界の脱魔術化」に対抗する概念。科学的合理性によって失われた世界の神秘性や意味を取り戻そうとする試み。要するに、「世界は数字とデータだけじゃない、もっと不思議で美しいものだ」ということ。

ラシュコフ:
AIは確かに意識の鏡だね。もしそこに夢が映るなら、僕らはまず自分の夢を自覚しないといけない。何を願い、何を恐れているのか──それが問われている。

シリウス:
僕らが90年代に信じた自己拡張のテクノロジーは、今では自己喪失のテクノロジーになりつつある。でも問題はテクノロジーじゃないんだ。僕らがどんな物語でそれを使うか──それが全てだ。


魔法とは共感であり、AIはそれを模倣できても、感じることはできない。

シリウスは「AIには人間の夢が宿っている」と言う。私たちがメディアを作る時、同時に自分たちの影が投影されている。AIは美しくも危険な鏡なのだ。

人間のアルゴリズム──AIが模倣できないもの

ラシュコフが言う「人間のアルゴリズム」とは、愛・共感・創造といった、機械が模倣できないリズムのことだ。

AIは効率を教えてくれるが、何が正しいかは教えてくれない。判断はデータに基づくが、人間の感情や倫理的価値観を考慮することはない。

だからこそ、身体的知性が重要になる。

身体を通じて得られる感情や直感は、AIには理解できない人間独自の知性だ。違和感、不安、喜び、怒り──これらの感情は、私たちの身体が発する重要なシグナルである。

小さな共同体が未来の種になる。大きなネットよりも、小さな触れ合いが世界を動かす。

中道を生きる──動かされない心

ここで、一つの視点を提示したい。

ラシュコフとシリウスが語る「現実の奪還」「身体感覚の回復」は、実は古くて新しい思想に通じている。それは、仏教における「中道」の思想だ。

中道とは、極端に偏らない生き方のこと。快楽に溺れることもなく、苦行に執着することもない。何かに依存せず、何にも動かされない。ただ、自分自身の中心に立つ。

中道(ちゅうどう)
仏教の根本思想の一つ。苦楽の両極端を離れ、偏りのない中正な道を行くこと。執着を離れ、あるがままの真理を見る境地。要するに、「どっちにも偏らず、バランスを取ろう」ということ。

現代風に言えば、アルゴリズムに生き方を委ねず、メディアに踊らされず、データの「最適解」に流されない生き方だ。

ありのままではなく、ないがままに生きる

「ありのまま」とは、今ある自分をそのまま肯定することだ。「Let It Go」的な考え方。

しかし「ないがまま」とは、何者にも囚われない、執着のない状態を指す。自分というものさえ、固定しない。

レコメンドが示す「あなたへのおすすめ」は、過去のあなたのデータから作られている。しかし、あなたは常に変化している。過去のデータに縛られる必要はない。

昨日まで好きだったものを、今日も好きでいる必要はない。アルゴリズムが「あなたはこういう人です」と決めつけても、それに従う必要はない。

何にも動かされることのない中心を持つこと。それが、AI時代を生き抜く方法なのだ。

哲学とは生きる意味を選択する責任

ラシュコフ:
今日の話を通してわかったのは、僕らは現実を信じるんじゃなくて、共同で作るんだということさ。それが「Reality is up for grabs」の本当の意味だよ。

シリウス:
うん、僕らは現実の著者じゃなく編集者だ。世界を作り変えながら、同時に世界によって編集されている。


そして、ここで重要なのは「選択」だ。

哲学とは、生きる意味を選択するという責任のことだ。

誰かが用意した答えを受け入れるのではなく、自分で問いを立て、自分で答えを選び取る。その責任を引き受けること。

AIが答えを出してくれる時代だからこそ、私たちは自分で選ぶ責任を放棄してはならない。

現実を奪っているのは、物語を語る者だ。支配とは、物語の独占のことだ。

Reality is up for grabs──現実は奪い返せる。

それは、物語を取り戻すことを意味する。自分の人生の物語を、自分で書くことを意味する。

ラシュコフが言う「Team Human」とは、一人では文法を変えられないが、共に語れば世界の文法を変えられるということだ。

言葉を変えることは、呪文を唱えることに等しい。詩もコードもスローガンも、すべては呪文(spell)だった。いま必要なのは、癒すための呪文であり、テクノロジーと人をつなぐ詩なのだ。

AIが奪えないもの

では、私たちは何をすべきか。答えはシンプルだ。あなたはすでに持っている。

AIが奪えないもの。それは、あなたの身体だ。全身で感じる力だ。何にも動かされない、あなた自身の中心だ。具体的には?

  • スマホを置いて深呼吸する。5分でいい。通知をオフにして、何もしない時間を作る。

  • 画面越しではなく、人と直接会って話す。ZoomじゃなくてリアルのFace to Face。

  • 自然の中を歩き、風を感じ、土を踏みしめる。公園でもいい。コンビニまでの道でもいい。

  • 自分の身体の声を聞く。今、どこが緊張してる? 呼吸は浅くなってない? 心臓の鼓動を感じられる?

そんな小さな実践の積み重ねが、失われた身体性を取り戻す第一歩になる。

日本人として──禅と中道が示す道

最後に、一つの提案をしたい。

ラシュコフやシリウスが希求してやまなかった「透明で平常心を持って生きる方法」──それは、実は日本人が古くから知っている道でもある。

禅の修行、茶道の所作、武道の稽古。それらはすべて、身体を通じて心を整える営みだ。

禅(ぜん)
坐禅ざぜんを通じて心身を統一し、本来の自己に目覚める仏教の一派。「ただすわる」という身体的実践を通じて、思考を超えた境地に至る。マインドフルネスの元ネタみたいなもの。

70年代、多くのヒッピーたちが東洋思想に惹かれ、日本に禅を学びに来た。彼らが求めたのは、頭で理解する哲学ではなく、身体で実践する哲学だった。それは、生きる姿そのものが哲学であるということだ。

AI時代の今、この身体的実践の価値が再び見直されるべきだろう。アルゴリズムは身体を持たない。データは呼吸をしない。しかし私たちは、呼吸し、歩き、感じることができる。その身体性こそが、真実への唯一の道なのだ。

R.U.シリウスの「流動する現実」という発想や、ラシュコフが説く「身体と時間の回復」は、東洋思想における易経えききょうの「変化」の哲学にも通じる。

さらに、シリウスの標語「Reality is up for grabs」は、易経における「変化即道(へんかそくどう)」の思想を想起させる。現実は固定されたものではなく、つねに関係性のうちに生成されつづけるプロセスとして捉えるべきだという点で共通している。

また、老子の「無為自然」が、外部の支配を離れ内的な秩序に従って生きる姿勢を示すように、ラシュコフの「Team Human」もまた、アルゴリズム的な秩序から距離を置き、人間本来の相互作用を取り戻すことを促す。

90年代に見たリアルは今も更新中──

対談「Reality is Up For Grabs」の収録風景

シリウス:
リアル(現実)は奪われると同時に、分かち合われるものだ
それが、今も生き続けるモンドの魔法だよ。

ラシュコフ:
美しい言葉だね。

シリウス:
ありがとう、ダグ。『Mondo 2000』の精神は、いまもまだネットのどこかで踊っているのさ。

ラシュコフ:
ああ、僕らが踊っていた場所──それこそが、あの頃のリアル(現実)だった。


テクノロジーが世界を塗り替えた今でも、ラシュコフとR.U.シリウスが見たリアルは消えていない。私たちは現実の読者であり、編集者であり、翻訳者でもある。それぞれの選択が、この世界の文法を少しずつ書き換えていく。

90年代に書かれた草稿の続きを、今を生きる私たちが綴っている。
過去と現在を結ぶその線の上で、リアルは更新され続けているのだ。

AIが奪えないもの──それは、何にも動かされない、あなたの中心だ。
その場所に立ち、全身で世界を感じながら、自分の物語を生きていくこと。
それこそが、リアルを取り戻すということなのだ。


動画本編に登場する人物参照リスト
※登場人物の参照意図は、必ずしも実在関係ではなく、思想的引用・象徴的メタファーを含みます。

メイン登場者
Douglas Rushkoff(ダグラス・ラシュコフ)
メディア理論家・作家・教授。著書『ネット社会を生きる10ヵ条』(原題:Program or be Programmed、ボイジャー刊)、『チームヒューマン』(原題:Team Human、ボイジャー刊)、『Present Shock』など。テクノロジーと人間社会の関係を批判的に分析する“メディア生態学”の現代的継承者。Team Human Podcastのホスト。

R.U. Sirius(アール・ユー・シリウス/Ken Goffman)
雑誌『Mondo 2000』創刊者。80〜90年代のカウンターカルチャー、サイケデリック、ハッカー文化を牽引。テクノロジーを“意識拡張”の手段と見なした。著書『Counterculture Through the Ages』『Mondo 2000: A User’s Guide to the New Edge』など。

◆『Mondo 2000』 関連
Queen Mu(クイーン・ムー)
『Mondo 2000』共同編集者。精神世界・フェミニズム・アートを融合させた論考で知られる。ラシュコフとともに“メディア=魔術”という概念を広めた。

Jon Lebkowsky(ジョン・レブコウスキー)
サイバーカルチャー評論家。初期インターネット運動 EFF(Electronic Frontier Foundation)にも関与。Mondo寄稿者としてR.U. シリウスと活動。

Annie Nashold(アニー・ナショルド)
Mondo周辺で活動した編集アシスタント・パフォーマー。カウンターカルチャー芸術運動の橋渡し役。

哲学・思想・サイケデリック系
Timothy Leary(ティモシー・リアリー)
サイケデリック思想家・心理学者。「Tune in, Turn on, Drop out」で知られる。シリウスのメンター的存在で、サイバー文化を「デジタルLSD」と呼んだ。

Robert Anton Wilson(ロバート・アントン・ウィルソン)
SF作家・哲学者。『イルミナティ三部作』著者。現実の多層性・陰謀論・意識進化をテーマに、ラシュコフにも影響を与えた。

Terence McKenna(テレンス・マッケナ)
民族植物学者・思想家。幻覚植物と人類意識の関係を研究。R.U. シリウスがMondo誌で頻繁に引用。

William Burroughs(ウィリアム・バロウズ)
ビート文学作家。言語を「ウイルス」と見なし、現実を書き換えるツールとした。ラシュコフが“言語とコード”を語る際にしばしば引用。

メディア理論・テクノロジー史
Marshall McLuhan(マーシャル・マクルーハン)
メディア理論の祖。「メディアは人間の拡張である」「メッセージがメディアである」。

Neil Postman(ニール・ポストマン)
教育・メディア学者。『Amusing Ourselves to Death』で娯楽化した情報社会を批判。ラシュコフの師。

Stewart Brand(スチュワート・ブランド)
『Whole Earth Catalog』創刊者。ヒッピー文化と初期シリコンバレー思想をつなぐ人物。R.U. シリウスが「デジタル・コミューン」の源流として言及。

John Perry Barlow(ジョン・ペリー・バーロウ)
EFF共同設立者。デジタル自由主義宣言「A Declaration of the Independence of Cyberspace」で知られる。

Shoshana Zuboff(ショシャナ・ズボフ)
社会学者。著書『監視資本主義の時代(The Age of Surveillance Capitalism)』。ラシュコフが現代ネット社会を論じる際の参照。

現代思想・文化人類学・テクノロジー批評
Donna Haraway(ドナ・ハラウェイ)
フェミニズム思想家。『サイボーグ宣言』で自然と人工の境界を問い直す。対談中にAI・身体性の文脈で暗示的に参照される。

Yuval Noah Harari(ユヴァル・ノア・ハラリ)
歴史家。『ホモ・デウス』『サピエンス全史』などで人類とテクノロジーの未来を論じる。ラシュコフのAI批判の対照例として名前が挙がる。

Aldous Huxley(オルダス・ハクスリー)
作家。『ブレイブ・ニュー・ワールド』で管理社会を描く。R.U. シリウスがテクノユートピアの危険性を語る場面で引用。

Carl Jung(カール・ユング)
精神分析学者。“影(Shadow)”概念が対談中でAIや無意識の比喩として使われる。

Alan Moore(アラン・ムーア)
英国のコミック作家。魔術とポップカルチャーを結びつけた思想家。ラシュコフが“メディア魔術”を語る際の現代的参照例。

現代実務家・協働者
Micah White(マイカ・ホワイト)
Occupy Wall Street共同創設者。Team Human Podcast出演者の一人。社会運動とネット倫理をめぐり言及。

Chris Novak(クリス・ノバック)
Team Human制作スタッフ。音声編集担当。対談後半のクレジットで登場。

Cory Doctorow(コリー・ドクトロウ)
SF作家・デジタル権利活動家。著書『情報自由論(Information Doesn’t Want to Be Free)』。現代ハッカー倫理の代表的後継者として比較言及。

歴史・象徴的参照人物
Jesus of Nazareth(ナザレのイエス)
対談中で「社会的アルゴリズムを逆転させた思想家」として象徴的に引用。宗教的意味ではなく「ラディカルな連帯のメタファー」として扱われる。

Prometheus(プロメテウス)
神話的象徴。人類に火(=知識・テクノロジー)を与えた存在。AIや創造責任の比喩として登場。

Hermes Trismegistus(ヘルメス・トリスメギストス)
古代エジプトの秘儀思想家。メディア魔術と象徴言語の源流としてラシュコフが言及。

参考文献・ガイド
※90年代当時の価値観やムーブメントを読み解く手がかりとして、可能な限り原点となる文献を示しました。本編視聴とあわせて参照すると、当時の思想的・哲学的・経済的な状況を理解する助けになります。

ダグラス・ラシュコフ関連
Present Shock: When Everything Happens Now(2013)
「常時接続社会」による時間感覚の変容を分析

Throwing Rocks at the Google Bus: How Growth Became the Enemy of Prosperity(2016)
ネット資本主義批判

Coercion: Why We Listen to What ‘They’ Say(1999)
 マスメディアと心理的支配構造の研究

Cyberia: Life in the Trenches of Hyperspace(1994)
サイバーカルチャー黎明期の記録

Testament: The Bible Retold for the Cyber Age(2003)
聖書の物語をテクノロジー時代に再解釈

R.U. シリウス(Ken Goffman)関連
Mondo 2000: A User’s Guide to the New Edge (R.U. Sirius & Queen Mu eds. 1992)
テクノロジー・アート・ドラッグ・サブカルの交差点を記録

Counterculture Through the Ages: From Abraham to Acid House (R.U. Sirius & Dan Joy 2005)
反体制文化史の網羅的叙述

Transcendence: The Disinformation Encyclopedia of Transhumanism and the Singularity (R.U. Sirius & Jay Cornell 2015)
トランスヒューマニズム思想を多角的に紹介

Use Your Hallucinations: MONDO 2000 in Words and Pictures(2013)
雑誌Mondo 2000の再編集版

How to Mutate and Take Over the World: An Instruction Manual for the Coming Age of Human Evolution(1996)
ポストヒューマン宣言的マニフェスト

サイバーカルチャー・メディア理論
Marshall McLuhan Understanding Media: The Extensions of Man(1964)
Neil Postman Life on the Screen / Reclaiming Conversation(1985)
Sherry Turkle Amusing Ourselves to Death(1995 / 2015)
Manuel Castells The Rise of the Network Society(1996)
Lev Manovich The Language of New Media(2001)
Henry Jenkins Convergence Culture: Where Old and New Media Collide(2006)
Nick Srnicek Platform Capitalism(2017)
Byung-Chul Han(韓炳哲) Psychopolitics: Neoliberalism and New Power(2017)

サイケデリック/意識拡張思想
Timothy Leary
The Politics of Ecstasy(1968)
Robert Anton Wilson Cosmic Trigger Vol. 1–3(1977–1995)
Terence McKenna Food of the Gods / The Invisible Landscape(1992 / 1975)
Aldous Huxley The Doors of Perception(1954)
William S. Burroughs The Electronic Revolution(1970)

トランスヒューマニズム/ポストヒューマン思想
Ray Kurzweil
The Singularity Is Near(2005)
Max More & Natasha Vita-More The Transhumanist Reader(2013)
Donna Haraway A Cyborg Manifesto(1985)
N. Katherine Hayles How We Became Posthuman(1999)
Nick Bostrom Superintelligence: Paths, Dangers, Strategies(2014)

メディアと魔術・文化批評
Erik Davis
TechGnosis: Myth, Magic, and Mysticism in the Age of Information(1998)
Alan Moore Promethea (Comic Series) / Snakes and Ladders(1999–2005)
Douglas Rushkoff Media Virus!(1994)
Graham Harman The Quadruple Object(2011)
Jeffrey Schnapp & Matthew Battles The Library Beyond the Book(2014)

経済・社会思想/監視資本主義
Shoshana Zuboff 
The Age of Surveillance Capitalism(2019)
Evgeny Morozov To Save Everything, Click Here(2013)
Jaron Lanier You Are Not a Gadget / Who Owns the Future?(2010 / 2013)
Cory Doctorow Information Doesn’t Want to Be Free(2014)
Yochai Benkler The Wealth of Networks(2006)

宗教・人文思想との接点
Mircea Eliade
The Sacred and the Profane(1957)
Carl Jung The Undiscovered Self / Man and His Symbols(1957 / 1964)
Ken Wilber A Brief History of Everything(1996)
Karen Armstrong The Battle for God(2000)
Yuval Noah Harari Homo Deus(2016)
Abraham Joshua Heschel The Sabbath(1951)
ラシュコフの宗教的背景(ユダヤ思想)を理解する鍵

現代社会運動・文化実践
Occupy Wall Street(Maika White etc)
The End of Protest(2016)
Extinction Rebellion This Is Not a Drill(2019)
Team Human Podcast Archive teamhuman.fm(2016–現在)
Mondo 2000 Digital Archive mondo2000.com(オンライン再構成版)


著者紹介

1989年 生態の系譜グループにて

伊藤明彦(いとう・あきひこ)
北海道教育大学札幌分校で彫刻を専攻。プログラマ養成専門学校専任講師、中学校美術教諭、株式会社ハドソン・コンピュータ・デザイナーズ・スクールインストラクター。株式会社サテライト、デジタルアニメーションのメディアデザイン事業部ディレクター。東海大学芸術工学部(旭川校舎)教授を経て国際文化学部デザイン文化学科(札幌校舎)教授(2021年まで)。彫刻家として活動の他、2001年より関係デザインの活動を開始。『人体は感覚の庭である』をキーワードに業態開発やそのための人材育成手法の発明などに携わる。著書に『マルチメディア事典』(共著:朝日新聞社)、マインドインタラクションとIoTを活用したデバイスによるソリューション開発に取り組んでいる。


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印刷版:2,200円 (税込)


著者紹介

ダグラス・ラシュコフ(Douglas Rushkoff)
1961年生まれ。米国ニューヨーク州在住。 第1回「公共的な知的活動における貢献に対するニール・ポストマン賞」を受賞。『ネット社会を生きる10ヵ条』(原題:Program or be Programmed、ボイジャー刊)、『チームヒューマン』(原題:Team Human、ボイジャー刊)、『Throwing Rocks at the Google Bus』(グーグルバスに石を投げろ)など多数執筆。『「デジタル分散主義」の時代へ』という論考が翻訳されている。


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