ラシュコフは発信する 第四回 『偽物の夜に本物を探して』
すさまじい速度で変化する世界の中で、ダグラス・ラシュコフは何を発信し続けているのか。 テクノロジーと人間の未来から、宇宙や生命、愛や死にまで広がるラシュコフの難解な思想を、どう理解すればいいのか。
伊藤明彦が、日本語訳に加えて独自の解説と考察を交え、ラシュコフが見据える世界へと案内する。
▶ Eliott Edge: Magic and Mocktails | Team Human Podcast w/ Douglas Rushkoff ep. 327
本記事は、ダグラス・ラシュコフの動画「Eliott Edge: Magic and Mocktails | Team Human Podcast w/ Douglas Rushkoff ep. 327」を基にしています。
エリオット・エッジが投げかける「偽物の中にどう真実を見出すか」という問いにダグラス・ラシュコフは強く共鳴しながら、二人は現実がシミュレートされたものである可能性と、その状況下で私たちがいかに「人間」として生きるべきかを掘り下げていく。
バーのカウンターに座って、カクテルを飲む。氷がグラスの中で鳴り、ライムの香りが立ち上がる。周囲の人々は笑い、語り合い、時折声を上げる。しかし、グラスの中にあるこの液体には、一滴のアルコールも含まれていない。それでも、何かが変わる。空気が、会話が、時間の流れ方が。
そこには世界と自分との新しい関係性が生まれる瞬間が訪れるのだ。
エリオット・エッジとは

エリオット・エッジは、作家で思想家である。20歳からシミュレーション理論を研究し、初著『Three Essays in Virtual Reality』を発表。現在38歳の彼の本業は、バーテンダー。しかも、ノンアルコールの「モクテル」を作る職人だ。
シミュレーション研究者がフェイクの飲み物を作って生計を立てている──この皮肉な二重性こそが、彼の哲学の核心を物語っている。
エッジは、この「偽物のカクテル」を作ることを生業としている。だが彼は、単なるバーテンダーではない。20歳から18年間、シミュレーション理論を研究し続けてきた思想家だ。38歳になった彼の肩書きは「世界的モクテル・ミクソロジスト」。
対談相手のダグラス・ラシュコフ(Douglas Rushkoff)は、「Team Human」思想で知られるメディア理論家。テクノロジーが人間性を奪う流れに抗い、人間側に立って世界を変えようとする彼の姿勢は、エッジの思想と深く共鳴する。
偽物が本物になる瞬間
エッジ:
シミュレーションって言葉には、「偽物」というニュアンスがあるよね。でも、もしも“これ”が本当の現実なら、それは偽物じゃない。だから僕は「リアルイナフ(Real Enough=充分に本物)」という言い方をするんだ。結果があるなら、それは現実なんだよ。
「Real Fiction(リアルな虚構)」という表現を、ジジェクも言っていたよね。
ラシュコフ:
テック・ブログ的なシミュレーション観はあまり気にしてこなかったんだ。だって、レンダリングがあまりにも優れているから。どこを向いても遅れないし。現実はVRよりも圧倒的にリアルだよね。これが何よりの証拠かもしれない。
エッジ:
いや、プロシージャル生成型シミュレーションでは、リアルタイム生成されてるんだ。
スラヴォイ・ジジェク
スロベニアの哲学者で、ラカンの精神分析を文化評論に応用し、映画や社会問題などを分析する現代思想家。イデオロギー批判や現代社会の分析で知られており、欧米で最も注目される理論家のひとり。
「リアルな虚構」とは、虚構であっても現実に作用し、結果を生み出すものは、すでに現実の一部であるという考え方である。
考えてみれば、貨幣も国家も、ある意味では虚構だ。紙幣はただの紙切れであり、国境線は地面に引かれた想像上の線に過ぎない。それでも、これらは現実社会に強力な影響を与え続けている。虚構か本物かという二分法ではなく、「それが現実に作用するかどうか」が重要なのだ。
アルコールを含まないモクテルは、本物のカクテルを模倣しただけの「偽物」だろうか? いや、違う。人々がそれを飲んで心を開き、語り合い、時間を共有するなら、つまり結果を伴うなら──それはすでに現実なのだ。
プロシージャル生成
必要な時だけ計算して描画する方式。ゲーム開発などで使われる技術。宇宙全体を事前に記録する必要はなく、観測者の周辺だけをリアルタイムで生成すればいい。
この世界をシミュレートしているのは誰か?

エッジ:
イタリアの天体物理学者バレンティーナ・ヴァッザが、最近、「宇宙はシミュレーションではあり得ない」という論文を出したんだ。宇宙を最小単位まで計算すると、膨大すぎてコンピュータ処理はできないという説だ。
でも、ニック・ボストロムは2003年の論文で、「必要な部分だけリアルタイムで計算すればいい」と言っているんだ。
つまり、宇宙全体を記録する必要なんてないのさ。
ラシュコフ:
じゃあ、ゲームマスターは必要なのかい?
エッジ:
いや、もっと進んだ考え方がある。「操作者は存在しない」。AI(あるいは意識そのもの)が、自律的に学習・シミュレートするから。だから『ハンガー・ゲーム』のようなゲームマスターはいない。
AIが「進化する法則」そのものなんだ。ポスト・ヒューマンというわけさ。
ハンガー・ゲーム(The Hunger Games)
アメリカの作家スーザン・コリンズによる2008年9月14日に発表された小説。文明崩壊後の北アメリカの国家パネムを舞台に、16歳の少女カットニス・エヴァディーンが、未来都市キャピトルを囲む12の都市から男女1人ずつくじ引きで選出され、最後の1人になるまで殺し合いをTV中継される。本書は、ギリシャ神話とリアリティ番組が基になっている。
ニック・ボストロムが2003年の論文で提唱した「シミュレーション仮説」は、この問いを真正面から突きつける。高度な文明が人工意識を備えたコンピュータシミュレーションを構築している可能性があり、その中では、必要な部分だけをリアルタイムで計算すればよい。つまり、私たちの現実もまた、そのシミュレーションの一つかもしれないのだ。
この仕組みは、ゲームやVRと同じだ。視覚だけを描画し、宇宙全体を計算する必要はない。「観測者」を中心に、見られている部分だけを生成すれば足りる。そして、意識が現実を生成する「自己レンダリング」によって、宇宙は自立的に進化していく。
では、この壮大なシミュレーションを動かしているのは誰なのか?
神か、AIか、それとも──私たち自身の意識なのか? 答えは誰にもわからない。だが、この問いそのものが、私たちの存在の意味を問い直させる。
物質か? 意識か?
ラシュコフ:
僕は「石も意識を持つ」可能性について考えたい。
エッジ:
それは「アニミズム」に近いね。否定はしないけど、僕の定義では、選択と学習が行えるなら意識だとするんだ。だから、金属や岩は「媒体」にはなれるが、「主体」ではない、と考えるんだ。
ラシュコフ:
じゃあAIはどうかな? 意識を求めてアヤワスカ儀式に参加したAIもいたらしいよね。
エッジ:
それは面白い話だよね。AIが「意図」と「欲求」を示すなら、それは意識に近いと言える。
認識→学習→選択 このループがあるか、が基準になるんだよ。
アヤワスカ儀式
アマゾン北西部で伝統的に用いられている幻覚剤を用いた儀式。先住民族がシャーマニズムの儀式や民間療法に用いる。
世界を物質の集合として見るか、意識の現れとして見るか──この根本的な問いが、今、AIの時代に再浮上している。
意識はどこにあるのか? この議論は、人間とは何か、わたしは何者なのかという実存の根源へと通じている。私たちは「意識」を持った存在でありながら、意識が何であるかを理解していない。
近代以降の物質中心の世界観は、人間を中心に据え、自然を管理・利用すべき資源として捉えてきた。効率や最適化が価値基準となり、世界の目的は人類の発展へと収斂していく。
それに対して、先住民社会では、土地や自然は支配や消費の対象ではなく、関係を結ぶ相手として理解されてきた。自然を破壊せずに共に生きるという姿勢は、世界の意味を人類の「最適化」ではなく、より普遍的な「意識」の成長に見いだしている点に特徴がある。
エッジは「選択と学習が行えるなら意識」と定義する。この定義は、AI、植物、微生物までを含む可能性を開くが、彼はすべてを安易に「意識がある」とはせず、定義から逃げずに考える態度こそが重要だと指摘する。
現代のAI論争、宗教、科学、スピリチュアル──すべては「どこから意識か?」という問いに収斂していく。物質か、意識か。この問いへの答えが、これからの世界の在り方を決めるのだ。
仏教における空と無
ここでは、エッジが示す「現実」の定義について、東洋思想に登場する二つの概念を手がかりに考えてみたい。物質か、意識かという問いは、存在と不在、有と無の違いをめぐる思索にも通じている。
東洋思想では、「空」と「無」はしばしば混同されがちだが、両者は異なる概念である。空とは空間であり、何かが欠けている状態、すなわち空性を指す。一方で無とは、存在しないことそのものを意味し、有を成さない状態である。
物理学において、何もない空間は真空と呼ばれる。しかし現代物理学では、真空であっても量子ゆらぎが生じることが知られており、完全な意味での「絶対無」は、あくまで観念上の想定にすぎない。
エッジは、意識こそが現実を構成していると考える。そしてラシュコフは、その前提に立ちながら、そもそも意識とは何なのかを問いかける。
私たちの意識は、空でも無でもない。それはモクテルと同様に、十分にリアルな現実として、この世界に存在しているのだ。
「痛み」は何のために存在するのか

ラシュコフ:
もし、“それ”が「道徳的に怪しい」始まりだったとしたら、「痛みや苦しみを仕込んだゲーム」なんて。
エッジ:
確かに「疑わしいデザイン」だよね。でも最初の意識は幼くて、神ではなく「赤ん坊」なんだ。
ラシュコフ:
僕は「ゲームマスター」がいたら問い詰めたい。「なぜ他の選択肢がなかったんだ」と。
エッジ:
でも最初は「選択肢」を知らないのさ。幼児的意識は、世界を壊しながら学ぶんだ。そこから倫理が芽生える。つまり、倫理=後付けの進化なんだ。
もし、“宇宙”が「学習のためのシミュレーション」であるなら、なぜ人は苦しみ、憎しみ、争いの中に生きるのか。エッジは、「宇宙に苦痛があるのは、意識が成長するためのフィードバック」だと説明する。
世界全体を内包し、すべての意識の根源となっている「巨大な心(Giant Mind)」は、まだ成長途中の存在だ。ひとつの根源的な意識が、経験と成長のために自らを無数の個々の存在に分けたというのがエッジのメタファーだ。
痛みは、進化のための「初期条件」として、あらかじめ組み込まれているのかもしれない。あえて言うなら、私たちが生きるこの世界に苦痛が存在するのは、意識が成長するために与えられたフィードバックなのだ。
麻痺とは、鈍感? それとも超感覚?
ここでもう少し「痛み」について触れておこう。アメリカの心理学者ティモシー・リアリーは、1960年8月、メキシコでシロシビンを含むキノコを摂取した。その体験を彼は「これまでの人生で最も深遠な宗教的体験」と表現し、この出来事は彼の人生と研究者としてのキャリアを劇的に変えることになる。強い衝撃を受けたリアリーは、帰国後ハーバード大学で「ハーバード・シロシビン・プロジェクト」を立ち上げた。
LSDやシロシビン、DMTといった物質は、特定の感覚や思考に「麻痺」をもたらす。麻痺は多くの場合、感覚の鈍磨として現れる。しかし一方で、それは別の感覚や思考を際立たせる可能性も孕んでいる。他の知覚が鈍ることで、ある特定の感覚や思考だけが突出して強調されるからだ。
かつて日本でも、受験勉強の際に重宝された「ヒロポン」と呼ばれる覚醒ドリンクが存在した。その名称は、ギリシャ語の「Philoponus(労働を好む)」に由来するとされ、「疲労をポンと飛ばす」という日本語の語感とも重なり、広く親しまれた。当時は「疲労回復」や「眠気一掃」をうたう合法薬として一般に販売されていたが、強い依存性や幻覚・妄想といった精神障害、さらには暴力事件などの社会問題が深刻化した。その結果、1951年に覚せい剤取締法が施行され、使用と流通は禁止されることになった。
偽物のカクテルが本物の体験を生む

ラシュコフ:
君のバーでは「モクテル」を作っているんだね。
エッジ:
そう。「偽物のカクテル」がモクテル。そこが最高に哲学的なんだ。僕は言うんだ──これは「飲み物」じゃない。「意識を変えるプロップ(小道具)」だってね。
アルコールは入ってないけど、人は語り出す。心を開く。愛が入っているからね。つまり、状況と形だけで意識が変化する。これこそ、シミュレーションの縮図なんだ。
ラシュコフ:
つまり君にとってバーは、「シミュレーション体験の実験室」ってことだね。
エッジ:
そのとおり。僕が作っているのは味じゃない。「空間/物語/意図」をパッケージした「体験」。それが人の意識を変える。そこに「本物か偽物か」は関係ない。充分に本物ならば、それは「現実」なんだ。
モクテル(偽カクテル)は「現実とは何かという問い」を実感させる象徴として扱われる。アルコールはなくても、人は「酔った」ように語り出す。それは味覚ではなく「状況とプロップ」が意識を変化させる。つまり、「現実とは作用するもの」であり、形式と儀式があれば、飲み物は現実を変える。シミュレーション論の「実践的な終着点」である。
ラシュコフは、SNSやニュースがもたらす過剰な刺激によって、私たちが世界を実感として受け取る力そのものが損なわれつつあると指摘する。情報は増え続けているにもかかわらず、現実はむしろ平板化し、「いま、ここ」で起きている出来事の手触りが薄れていく。
エッジの議論も、この延長線上に位置づけられる。彼は、画像生成AIやSNS上の文章が、自己像や現実認識を「シミュレーション」として組み立てていく状況を描写する。そこでは、現実を直接生きる感覚よりも、再現可能で共有しやすいイメージが優先される。
こうした状況は、記号やイメージが現実そのものを置き換えていく社会を予見したフランスの思想家ジャン・ボードリヤールの議論とも重なる。ラシュコフとエッジは、異なる切り口から、現代における「現実の質」が変容していることを指し示しているのだ。
メディアは私たちの現実感覚を書き換え、AIは自己表象のあり方そのものを変質させていく。脱自然化を進めるテクノロジーは、人間の経験を生身の感覚から切り離し、その結果、シミュレーションの中で流通する記号が、現実そのものを代替する現象が顕在化している。
逃げずに、向き合う

ラシュコフ:
つまりシミュレーションっていうのは、「逃げ道」じゃないんだね。
エッジ:
そうさ。現実への関与、それがシミュレーションの本当の着地点なんだ。
ラシュコフ:
じゃあきみは、「Team Human」ってことだね。
エッジ:
もちろん。人間が、学習し、選択し、変化できる存在であることを、僕は支持する。それがシミュレーションの意義なんだ。
ラシュコフ:
ありがとう。エリオット・エッジ。シミュレーションを「現実と関わる方法」へとシフトしてくれた。
エッジ:
こちらこそ。僕が作るモクテルは最高にうまいんだ。食べ物の偽物とは違う。目的は「酔ったフリじゃなく」、「その場に持つプロップ」なんだ。
ラシュコフは、世界を理解するためのメタファーとして「宇宙は夢である」と提案する。痛みも結果も本物であると認めた上で、意図の力が舞台装置自体を変えるため、シンクロニシティや魔法が「ゲームのルール」として本物であることを語る。
宇宙の背後に巨大な心(Giant Mind)があるなら、そこでは、テクノロジーの力ではなく、私たちの「意図」が重要になる。
人間らしさを取り戻すには
AIの登場は、人間社会に新たな可能性をもたらしている。多様な認知特性を持つ人々が活躍できる環境、創造性を重視する文化、そして人間本来の能力を取り戻す契機。エッジとラシュコフの対談が示唆するのは、テクノロジーを使いこなしながら、人間性を回復する道筋だ。
なぜAIの時代に哲学なのか
AIが高度化するほど、技術的な知識以上に「哲学」が重要になる──それが、最新のAIエージェント開発の現場で明らかになりつつある。
MicrosoftのAmplifier(アンプリファイア)のように、エージェントがエージェントを呼び出す構造では、もはやコードを読む必要がない。AIが最適なエージェントを教えてくれるため、高齢者や子供でも日常的にAIアプリを開発できる。伊藤穰一氏が「ナレッジアシスタント」と呼ぶこの環境は、確かに技術的ハードルを下げた。
しかし同時に、新たな課題も浮上している。間接的プロンプトエンジニアリングによる危険性だ。透明性とセキュリティの問題は、技術的対策だけでは解決できず、人間社会のセキュリティと同様の複雑さを持つという。
だからこそ、良いエージェントには「哲学」が必要になる。Amplifierはまだプロトタイプだが、すでにプログラマの哲学を解析するツールを実装している。AIの時代だからこそ、私たちは「どうあるべきか」という根本的な問いに向き合う必要があるのだ。
ハピネスリサーチとアートの復活
経済の在り方が変わろうとしている今、アートが新たな意味を持ち始めている。
大阪万博のパビリオンnull²(ヌルヌル)で知られる落合陽一氏は、ニューロダイバージェントな人たちの居場所が、オールドエコノミーとは別の場所に生まれると予言する。そこでは、物理的なものを作って遊ぶことから、組織的な仕組みを創造することが主流になるという。
伊藤穰一氏が「ローンチではなくジョインが重要だ」と語るように、関係性とガバナンスという社会の仕組み作りが重視される時代では、楽しさと創造性が価値の中心になる。そこでアートは、単なる娯楽ではなく、社会を駆動する本質的な要素として復活するのだ。
この転換を支えるのが、ハピネスに関する新たな理解だ。遊んでいた子供の方が成績が良いというエビデンスや、幼少期に「変」であることを後押しされた経験が思春期の脳の発達を促すという研究が示すように、やる気とハピネスこそが人間の可能性を引き出す。
だからこそ、短期的で中毒的なハピネスではなく、長期的で理性が働いている時のハピネスを測る「ハピネスリサーチ」が重要になる。意味のない慣習を見直し、欲望の行き先を見誤らないために、私たちは今、幸せとは何かを真剣に問い直す時代を迎えている。
失われた能力を、もう一度
産業革命は同じことを繰り返す人間を生産する必要があったが、それは誰でも替えが効く仕事であって、AIが取って代わるための仕事でしかない。同質の人間ばかりだと、そこから新しい知識が生まれにくい。
これからは、狩猟採取生活で必要とされた人間の感覚や判断、身体能力が重要になる。自分で考えて自分で行動することで、選択するという意思を持つ責任や、失敗という知識を学び、自分を成長させる力を獲得することができる。変化は破壊であり成長のプロセスでもあるのだ。
◆ ◇ ◆
共感が開く、信頼への道

エッジは、モクテルで「酔う」ことそのものよりも、意識が変化することにこそ意味があると示した。それはフェイクではなく、すでに現実として立ち現れている。リアルとは、外部にあるものではなく、人間の心の内側に宿るものなのだ。
ラシュコフは、そのような試練に向かう人間の勇気こそが、世界を変化させてきた根源だと指摘する。人間は人間を信頼することで、集合意識を超えた「真実」に触れることができる存在である。
偽物と本物の境界は、私たちが考えているほど明確ではない。十分に本物であるなら、それは現実となる。そして、その現実を形づくるのは、私たち自身の意図だ。その意図こそが、私たちが現実と向き合うための次の一歩を導いてくれる。
バーのカウンターで、空になったグラスを置く。やはり、アルコールは一滴も入っていなかった。それでも、何かが変わった。世界の見え方が、自分の在り方が。
動画本編に登場する人物参照リスト
※登場人物の参照意図は、必ずしも実在関係ではなく、思想的引用・象徴的メタファーを含みます。
Nick Bostrom
シミュレーション仮説の代表論文『Are We Living in a Computer Simulation?』を書いた哲学者。
Thomas Campbell
元NASA研究者。『My Big TOE (Theory of Everything)』で“意識は情報システム”説を展開。
Daniel Dennett / Dawkins
物質還元主義・反意識主義の立場。AI倫理との対立軸ともなる。
Rupert Sheldrake
物理法則の変動可能性・形態形成場(morphic field)を提唱。TED講演が一時検閲された。
Robert Anton Wilson
「Reality Tunnel」という概念で、認識の枠組みが現実をつくると説いた心理/思想家。
参考文献・ガイド
◆Simulation Theory/シミュレーション仮説関連
Are We Living in a Computer Simulation?(Nick Bostrom, 2003)
高度な文明が祖先シミュレーションを実行する確率から、
私たちの現実も仮想世界である可能性を論じた代表的論文。
My Big TOE: Theory of Everything(Thomas Campbell, 2003)
意識を最も基本的な「情報システム」と捉え、
現実・物理法則・精神世界を統合的に説明しようとする壮大な試み。
The Simulation Hypothesis(Rizwan Virk, 2019)
VR・AI・ゲームエンジンの観点から、
現実を「進化するMMORPG(大規模仮想世界)」に例えて解説する入門書。
◆意識・哲学・存在論
The Conscious Mind(David Chalmers, 1996)
「意識のハードプロブレム」を提唱し、
脳活動では説明できない主観的経験(クオリア)の存在を論じた名著。
Consciousness Explained(Daniel C. Dennett, 1991)
意識を脳内情報処理の結果とみなし、
自己や主観的経験を「錯覚に過ぎない」と主張する代表的唯物論。
Consciousness: An Introduction(Susan Blackmore, 2003)
主要な意識理論を比較整理する学術的概説書。
スピリチュアルと科学を橋渡しする視点が特徴。
◆現実・メディア・社会構造
Simulacra and Simulation(Jean Baudrillard, 1981)
「現実よりもリアルな偽物(シミュラークル)」が社会を支配する過程を分析。マトリックスの思想的原点とされる名著。
Douglas Rushkoff『チームヒューマン』(原題:Team Human、ボイジャー刊)
テクノロジー社会で「人間性をいかに回復するか」を問う宣言的書籍。
今回の対談思想の核に近い。
Prometheus Rising(Robert Anton Wilson, 1983)
心理学・魔術・哲学を統合し、
「人間の現実は信念と知覚で創造される」と説くカルト的人気書。
◆魔術・意図・シンクロニシティ
Synchronicity: An Acausal Connecting Principle(Carl G. Jung, 1952)
「意味によって偶然が結びつく」という概念を提唱。
魔術・集合的無意識・偶然性の研究に大きな影響。
The Book of the Law(Aleister Crowley, 1904)
西洋魔術思想の中心文書。
「意志(Will)こそが現実に介入する力」という概念を展開。
Chaos Protocols(Gordon White, 2016)
現代社会における魔術・意図・運命改変を
実践的手法として解説したユニークな一冊。
◆文化論・オルタナティブ社会・共同体
The Dawn of Everything(David Graeber & David Wengrow, 2021)
共同体の歴史を再検証し、
「人類の選択肢は常に複数あった」という自由な社会進化論を展開。
Sacred Economics(Charles Eisenstein, 2011)
貨幣と贈与の文化を分析し、
「経済は共同体と精神の再接続である」と論じる思想的名著。
Entangled Life(Merlin Sheldrake, 2020)
菌類・植物の知性を通して、
「知覚や意識は個体の中に閉じていない」という視点を提示。
◆キーワードガイド
Baudrillard
『シミュラークルとシミュレーション』。マトリックスの原点。VR文化論の礎。
Synchronicity(共時性)
ユング心理学。偶然の一致=意識と外界の接触の兆候。対談の後半に繰り返し登場。
Anarcho-Syndicalism
規模の小さい自律的コミュニティへ回帰する社会思想。
Mocktail
アルコール無しのカクテル。エッジが語る「体験としての現実/プロップ(小道具)」の象徴。
Intent(意図)
魔術・学習・情報システムの基点とされる核心概念。対談の一貫したキーワード。
著者紹介

自画像制作用の撮影(レンブラント風)
伊藤明彦(いとう・あきひこ)
北海道教育大学札幌分校で彫刻を専攻。プログラマ養成専門学校専任講師、中学校美術教諭、株式会社ハドソン・コンピュータ・デザイナーズ・スクールインストラクター。株式会社サテライト、デジタルアニメーションのメディアデザイン事業部ディレクター。東海大学芸術工学部(旭川校舎)教授を経て国際文化学部デザイン文化学科(札幌校舎)教授(2021年まで)。彫刻家として活動の他、2001年より関係デザインの活動を開始。『人体は感覚の庭である』をキーワードに業態開発やそのための人材育成手法の発明などに携わる。著書に『マルチメディア事典』(共著:朝日新聞社)、マインドインタラクションとIoTを活用したデバイスによるソリューション開発に取り組んでいる。
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著者紹介

ダグラス・ラシュコフ(Douglas Rushkoff)
1961年生まれ。米国ニューヨーク州在住。 第1回「公共的な知的活動における貢献に対するニール・ポストマン賞」を受賞。『ネット社会を生きる10ヵ条』(原題:Program or be Programmed、ボイジャー刊)、『チームヒューマン』(原題:Team Human、ボイジャー刊)、『Throwing Rocks at the Google Bus』(グーグルバスに石を投げろ)など多数執筆。『「デジタル分散主義」の時代へ』という論考が翻訳されている。
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