ラシュコフは発信する 第六回 『あの日夢見た世界は』
すさまじい速度で変化する世界の中で、ダグラス・ラシュコフは何を発信し続けているのか。 テクノロジーと人間の未来から、宇宙や生命、愛や死にまで広がるラシュコフの難解な思想を、どう理解すればいいのか。
伊藤明彦が、日本語訳に加えて独自の解説と考察を交え、ラシュコフが見据える世界へと案内する。
▶ Matthew Remski: Antifascist Dad | Team Human Podcast w/ Douglas Rushkoff ep. 329
本記事は、ダグラス・ラシュコフの動画「Matthew Remski: Antifascist Dad | Team Human Podcast w/ Douglas Rushkoff ep. 329」を基にしています。
動画は2倍速で視聴し、結論がすぐにわからない記事は数秒でスキップする。仕事でもプライベートでも「タイパ(タイムパフォーマンス)」が絶対的な正義となり、いかに無駄なく、効率よく時間を消費できるかが現代人のステータスになっている。私たちは今、人類史上かつてないほど便利で、かつてないほど「速すぎる」テック社会を生きている。
しかし、その徹底した効率化の果てに、私たちは本当に豊かになったのだろうか? 常に何かに急かされ、慢性的な息苦しさを抱えてはいないだろうか。
連載の最終回となる今回は、一つの切実な問いを立てたい。この息苦しく、理不尽で、どこか歯車の噛み合わない世界で、「人間らしさ」を手放さずに生き抜くことは可能か。
その答えを、私はビジネススキルにも生産性理論にも求めない。むしろ逆だ。波に呑まれず、システムをスマートに出し抜くための技術──それは、最新のフレームワークでも、画期的なタイムマネジメント術でもない。
「無駄を愛すること」だ。
数値化できない。つまり、どれだけ時間をかけても、それは「実績」にならない。何かに役立てることも、誰かに説明することも、できない。タイムラインにも載らない。つまり、やったことすら、なかったことになる。
現代の物差しで測れば、そういう時間は「ゼロ」だ。いや、むしろマイナスかもしれない。それでも──なぜか、そういう時間にだけ、人は少し息ができる。
システムが「無駄」と切り捨てるものの中に、人間が人間であり続けるための何かが、静かに息をしているのだと思う。
メディア理論家のダグラス・ラシュコフ(Douglas Rushkoff)と、カルト研究者のマシュー・レムスキー(Matthew Remski)の対談から、そのヒントを探っていこう。
マシュー・レムスキーとは

マシュー・レムスキーは、カルトの力学や、スピリチュアル・コミュニティの内情を研究している専門家であり、ポッドキャスト『Conspirituality』の共同ホストだ。そして、彼自身がカルト信者としての過去の経験をもつ。
一見「テクノロジー」とは無縁に思えるかもしれない。しかし、彼が研究する「カルトが人間の心を支配する構造」は、現代のSNSやアルゴリズムが私たちの注意力を奪い、行動をコントロールする仕組みと驚くほど似ている。この「カルト」と「資本主義」の共通点から、私たちが無意識のうちに囚われているシステムの正体が見えてくるのだ。
スマホを見つめるその数秒間

ラシュコフ:
今の抽出的な資本主義ってやつは、僕たちの注意や感情を即座に収益へ変換する装置として、見えない形で日常を支配しているんだよ。
だから、時間をかけてじっくり熟考するなんてことは彼らの利益にならない。むしろ「怒り」こそが純粋に一番手っ取り早く利益につながるシステムになっているんだ。
レムスキー:
恐怖というものは、つねに「スピード」とセットでやってくるんだよね。次々に新しい情報や命令が出てきて、自分が「これは正しいのか?」と善悪を判断する前に、無理やり反応させられてしまう。早すぎる世界では、人は考えることをやめ、恐怖のままに判断するようになってしまうんだ。
私たちが日々感じている「常に何かに追われている感覚」。その正体は、私たちの「注意」や「感情」を即座にお金に換えるアルゴリズムが、社会の隅々にまで張り巡らされているからだ。SNSのタイムラインを無意識にスクロールする私たちの指先は、絶え間なくプラットフォーム側の利益へと変換されている。
私たちは「時間を節約している」つもりで、実は「自分の頭で立ち止まって考える時間」そのものを奪われている。20世紀の哲学者ハンナ・アーレントは、残虐な悪意などなくても、ルールや命令を疑わずに遂行する「思考停止」こそが、歴史的な大惨事や重大な悪を生み出すと指摘した。
私たちが考える隙を与えられないほどの早さで情報が押し寄せること。それ自体が、現代の社会システムの「初期設定」なのだ。次々と流れてくる「怒り」や「悲しみ」のニュースに脊髄反射で反応させられ、心をすり減らしていく。まずはこのカラクリに気づくことが、自分の人生の主導権を取り戻すための第一歩となる。
サウナでどれだけ「整って」も

ラシュコフ:
アルゴリズムが労働者の動きを常に監視して、生み出された価値はすべて上へと自動的に上納される。その仕掛けが巧妙に設計されている点において、Amazonの巨大な倉庫も、カルト集団の構造も、実はすごく似ているんだよ。
レムスキー:
巨大なIT企業なんかがこぞってマインドフルネス研修を導入しているけれど、あれで受講者個人のストレスは減るかもしれない。でも、過酷な労働構造自体は何も変わっていないよね。そこでは「静けさ」すらも、結局は生産性を上げるための道具として回収されているんだ。落ち着くことと、システムに従順であることは違うのに、多くの人はそこを勘違いしてしまう。
では、この目まぐるしい社会の中でどう生きるべきか。休日はサウナに行って限界まで汗を流し、「マインドフルネス」や「瞑想」で心を落ち着かせ、また月曜日から全力で戦えるように自分自身をアップデートし続ければいいのだろうか?
ここ数年、ビジネスパーソンの間で「整う」ことがブームになっているが、実はここにも現代ならではの巧妙な落とし穴がある。
システムそのものが狂って悲鳴を上げているのに、明日も効率よく働き続けるために手っ取り早く「整い」、自分自身を無理やりシステムへ過剰適応させてしまう。これは心理学で「スピリチュアル・バイパス(精神的な実践を使って、直面すべき根本的な問題から目を逸らすこと)」と呼ばれる危険な状態だ。
スピリチュアル・バイパス
心理学者ジョン・ウェルウッドが提唱した概念。瞑想や宗教的実践を用いて、未解決の心理的課題や社会的不正義から目を逸らす態度を指す。企業研修などで「落ち着き」が生産性向上へ回収される場合、構造を変えずに個人を適応させる装置となる危険を孕む。
「癒やし」すらもタイパ重視で消費し、効率化のツールとして使ってしまう生き方を選べば、私たちはどこまでもシステムの都合の良い歯車で居続けることになる。社会のバグを直す代わりに、自分自身の痛覚を麻痺させているだけなのだ。
「勝ち組」は火星へ

ラシュコフ:
インターネット黎明期のヒッピーたちはもっと温かい共同体を夢見ていたけど、結局、その一部が今の息苦しいシリコンバレーを作った当事者になってしまった。今、超大富豪たちが火星移住を語っているけれど、あれは人類の未来を憂う終末論なんかじゃなくて、単なる彼らの逃避先なんだよ。でも、本当の逃げ場なんて宇宙のどこにもないのにね。
レムスキー:
一部のテック億万長者が、ニュージーランドに豪華な地下シェルターを建てているのも同じだろうね。自分たちだけは、アルゴリズムに支配された社会からの復讐を逃れようとしている。その恐ろしい世界を作ったのは、他でもない自分たちであるにもかかわらずね。
私たちがスマホの通知に追われ、息を切らして毎日を回している一方で、この「速すぎる世界」を設計したシリコンバレーのIT長者たちは今、何をしているのだろうか。
彼らは自ら設計したシステムがいよいよ限界を迎えていることにいち早く気づき、莫大な富を使ってこの現実から「ログアウト」しようとしている。しかし、私たち一般人は火星行きのロケットに乗ることも、豪華な地下シェルターを買うこともできない。
だからこそ私たちに問われているのは、「逃げ場のないこの現実世界で、どうしたたかに生きるか」だ。テクノロジーを完全に捨て去って山奥で自給自足の生活をするのは、多くの人にとって現実的ではない。ならば、速すぎる世界の流れの中で、流されずにあえて「遅くあること」「立ち止まること」を意図的に選択する。システムの求める「スピード」に逆行すること。それこそが、アルゴリズムに迎合しない、唯一にして最も急進的な生き方になるのだ。
コスパ最悪の「無駄な人間関係」を大切に
ラシュコフ:
恐怖を乗り越えて、まずは隣人のドアを叩いてみるというのはどうだい?

今の資本主義社会はどうしてもお互いの「利用」を前提にするよね。だから結束の強い共同体が、時に権威主義を伴ってしまうことには注意が必要だけれど。
レムスキー:
古代ギリシャのアリストテレスが提唱した「徳の友情」というのは、まさに相手を自分の目的のために利用しない関係のことなんだ。

だからこそ、友情というものは極めて政治的な力を持つし、強さと自由の両立が必要になる。細やかなニュアンスや意味のない雑談が消えると、人間の尊厳も同時に消えてしまうことに気が付かなければならないよ。
逃げ場のないこの世界で、システムを出し抜き、したたかに生き延びるために持っておくべき最強の装備。それは、仕事を効率化する最新のAIツールでも、自分を引き上げてくれる有益な人脈でもない。
結論から言おう。それは「ただの友達」だ。
コスパもタイパも度外視した、徹底的に非効率で「無駄」な人間関係こそが、アルゴリズムの支配から私たちを守る最強の防具になる。
孤立した人間は、不安と恐怖を煽るアルゴリズムにとって最も扱いやすいターゲットだ。SNS上の「いいね」の数や、仕事で有利になるためのネットワークは、一見つながっているように見えて、すべて「利用し合う」ために効率化された関係に過ぎない。
しかし、人間としての本当の豊かさは、アルゴリズムが計算できない「予測不可能で非効率な無駄」の中にこそ宿っている。
相手の肩書きや損得など一切関係なく、目的もなくお茶を飲み、結論のない雑談をしてゲラゲラと笑い合う。そんな「無駄を愛する」生き方を選ぶこと。社会が私たちをただのデータや消費者として扱おうとしたとき、相手を目的そのものとして扱う「友情」こそが、人間の尊厳を引き留める強靭な錨(アンカー)になるのだ。
立ち止まり、呼吸して
私たちが今直面しているのは、テクノロジーの暴走ではない。社会の「OS(基本ソフト)」そのものが時代遅れになり、生き方の根本的なアップデートを求められているという事態だ。
「成長と効率こそが善である」「すべてをデータに還元するのが合理的だ」──この古いOSの上で動き続ける限り、どれほど便利なツールが生まれようとも、息苦しさが加速するのは必然である。しかし、絶望する必要はない。これはあくまで「始まり」に過ぎない。文明が終わったのではなく、設計が古くなっただけだ。
これからの時代に必要なのは、「生産性・効率」よりも「人間の尊厳・無駄」を上位に置く新しいOSを、自分の内側にインストールすることだ。新しいOSの核心は単純である──最新のテック社会の只中に立ちながら、人間らしさを手放さないという、静かな意志だ。
その第一歩は、驚くほど簡単なところから始まる。
怒りと速度に最適化されたタイムラインから、意図的に目を離す。深く息を吸い、ゆっくりと吐く。アルゴリズムが課す強迫観念から一度降りて、自分自身の「呼吸」を取り戻す。これが、新しいOSの起動コマンドだ。
そうして生まれた小さな余白に、目の前の誰かとの「無駄な時間」を持ち込もう。かつてインターネットを設計した先人たちが、テクノロジーの先に思い描いていたのは、きっとこういう世界だったのだろう。速くもなく、効率的でもなく、ただ誰かと笑っている時間のことを。タイパもコスパも最悪の時間。だが、だからこそ愛おしい。
さて、ここまで記事を読んだあなたの頭に、ふと浮かんだ顔は誰だろうか。
最近めっきり連絡を取っていない地元の友人か。それとも、かつて意味のない雑談で何時間も盛り上がった同僚か。
思い浮かんだ人がいるなら、今すぐこの画面を閉じて、その人に連絡してほしい。メッセージでも、電話でも構わない。「久しぶり、元気?」と、それだけでいい。そして、もし叶うなら、実際に会いに行こう。
AIには絶対に計算できない、あなたとその人だけの「最高に無駄で愛おしい時間」を過ごすこと。新しいOSへのアップデートは、すべてそこから始まる。
かつてインターネットの黎明期、この新しい世界に最初に踏み込んだ人々は、接続の先に「効率」ではなく「出会い」を夢見ていた。見知らぬ誰かと言葉を交わし、笑い、驚き、傷つく──そんな、徹底的に人間的な場所を。あの日夢見た世界は、きっと今も続いているはずだ。
動画本編に登場する人物参照リスト
Douglas Rushkoff(ダグラス・ラシュコフ)
メディア理論家・文化批評家。デジタル資本主義、アルゴリズム経済、監視社会の構造を批判し、「Team Human」を提唱。技術決定論に抗し、人間中心の共同体設計を訴える。著書『チームヒューマン』(原題:Team Human、ボイジャー刊)『デジタル生存競争』(原題:Survival of the Richest、ボイジャー刊)など。
Matthew Remski(マシュー・レムスキー)
カナダ出身の作家・ヨーガ実践者・カルト研究者。自身のカルト体験を背景に、ヨーガ界やスピリチュアル運動に潜む権威主義的構造を批判的に分析してきた。『The Anti-Fascist Dad』『Surviving Modern Yoga』などで、依存・忠誠・離脱困難という集団力学の三要素を提示し、現代社会全体への拡張的考察を行う。
参考文献・ガイド
◆ファシズム・全体主義研究関連
The Origins of Totalitarianism(Hannah Arendt, 1951)
孤立と大衆社会の形成を分析し、 全体主義のメカニズムを解き明かした歴史的名著(邦訳:『全体主義の起源』)。
Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil(Hannah Arendt, 1963)
ナチス戦犯の裁判レポートを通じ、 システムに従属する「悪の凡庸さ」の概念を提示した論考(邦訳:『エルサレムのアイヒマン』)。
◆非暴力理論関連
From Dictatorship to Democracy(Gene Sharp, 1993)
独裁体制の権力は民衆の服従に依存するという視点から、 体制を崩壊させるための非暴力行動を体系化した指南書。
Why Civil Resistance Works(Erica Chenoweth & Maria J. Stephan, 2011)
膨大な歴史データを用いて、 非暴力抵抗運動が武力闘争よりも高い成功率を持つことを実証した分析。
◆監視資本主義・アルゴリズム批評関連
The Age of Surveillance Capitalism(Shoshana Zuboff, 2019)
人間の経験をデータとして無断抽出する経済原理を、 「監視資本主義」として理論化した大著(邦訳:『監視資本主義』)。
Platform Capitalism(Nick Srnicek, 2017)
現代のデジタル経済を牽引する、 プラットフォーム企業のビジネスモデルと構造的特徴を解き明かす一冊。
The Relevance of Algorithms(Tarleton Gillespie, 2014)
情報技術におけるアルゴリズムの役割を問いただし、 そこに内在する政治性と社会への影響力を論じた基礎論文。
◆精神性・スピリチュアル・バイパス関連
Toward a Psychology of Awakening(John Welwood, 2000)
心理的課題に直面することを避けるために霊的実践を利用する、 「スピリチュアル・バイパス」の概念を提示した心理学書。
◆古典哲学・循環思想関連
Tao Te Ching(Laozi, 紀元前4世紀頃)
作為を捨てて宇宙の法則に従う「無為自然」を説き、 後世に多大な影響を与えた道家思想の根本経典(邦訳:『老子 道徳経』)。
Whole Earth Catalog(Stewart Brand, 1968–1971)
個人をエンパワーする情報を集約し、 カウンターカルチャーからツールの民主化思想の源流となった伝説的カタログ。
著者紹介

伊藤明彦(いとう・あきひこ)
北海道教育大学札幌分校で彫刻を専攻。プログラマ養成専門学校専任講師、中学校美術教諭、株式会社ハドソン・コンピュータ・デザイナーズ・スクールインストラクター。株式会社サテライト、デジタルアニメーションのメディアデザイン事業部ディレクター。東海大学芸術工学部(旭川校舎)教授を経て国際文化学部デザイン文化学科(札幌校舎)教授(2021年まで)。彫刻家として活動の他、2001年より関係デザインの活動を開始。『人体は感覚の庭である』をキーワードに業態開発やそのための人材育成手法の発明などに携わる。著書に『マルチメディア事典』(共著:朝日新聞社)、マインドインタラクションとIoTを活用したデバイスによるソリューション開発に取り組んでいる。
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著者紹介

ダグラス・ラシュコフ(Douglas Rushkoff)
1961年生まれ。米国ニューヨーク州在住。 第1回「公共的な知的活動における貢献に対するニール・ポストマン賞」を受賞。『ネット社会を生きる10ヵ条』(原題:Program or be Programmed、ボイジャー刊)、『チームヒューマン』(原題:Team Human、ボイジャー刊)、『Throwing Rocks at the Google Bus』(グーグルバスに石を投げろ)など多数執筆。『「デジタル分散主義」の時代へ』という論考が翻訳されている。
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