見出し画像

【エッセイ】 交通事故日記① ヤバかった救急搬送

大切な「のー友」が大怪我したとの一報に驚いた。
命に別状はないが、救急車出動という緊迫した模様だったようだ。
とにかく今は安静に…。
焦ったところで仕方ないから、神様がくれた休息期間だと思って療養に専念して欲しい。

救急車…。
そういえば私も救急車にお世話になったことがある。
しかしながら、めっちゃ苦い思い出だ。

今となっては笑い飛ばせるのだが…。

何かの参考になるかも知れないので、とりあえず記憶を辿りながら書いていく。


かれこれ4年近く前になるだろうか。
雲ひとつない気持ちの良い秋の日に、私は体調が悪くいた。
身体のどこかが痛むとか、苦しいとか、具体的な症状はなくて…。
ただなんとなくダルい…という感じ。
それを周囲に異変を伝えることもなく「時間が経てば治るだろう」と、たかを括っていたのだ。

雲行きの怪しい身体で、近所のイベントに行って、賑やかな雰囲気のせいで私の機嫌は良かった。
その後、ノリで少し遠くへ紅葉狩りに行った。

帰り道。
遊び疲れたのか、母は助手席でうたた寝。
すっかり日の暮れた夜道を、半刻ほど運転してきた時だった。
あの「違和感」が、私の身体に襲いかかる。
「眠気」…ではなく、「倦怠感」…でもなく、ピタリとくる表現は、やはり「違和感」だった。

堪えているのが辛くなり、ハザードを点滅させながら路肩に停車し、ハンドルに突っ伏した。

しばらくそうしていると、隣から母が「大丈夫?」と声をかけてきた。

「うん…少しだけ休みたいから…」

母に肩を叩かれた時、1時間経ったことに気付いた。

「あぁ、遅くなるから帰らなきゃ」

私はハンドルを握り直した。
しかし10分も経たないうちに、再び「違和感」が蘇ってきた。

「あの交差点を曲がれば家までもう少しだ。平坦な直線道路になる…」

そう思ったのが最後で、そこから明確な記憶が途絶えてしまった。

気付いた時には、私の車は路肩の道路標識のバーに突っ込んでいた。
周囲には知らない人が集まって、車内を覗いていた。

母が「事故起こしたんだよ!……痛い…」と言った。
私も腹部の痛みを自覚した。

「大丈夫ですかー?!」

若い人たちが心配そうに声をかけてくれた。
彼女たちに促され、私と母は車を降りて傍の歩道に座り込んだ。

「救急車を呼びましたから、頑張って」
「横になりますか?その方がいいかも?」

若者たちはテキパキと車内のクッションを出して、私の頭に当ててくれた。

間もなくサイレンが鳴り響き、救急車が到着。
どうやら2台来たようだ。
私と母は、別々の救急車に乗せられた。

消防隊員は、受け入れ先の救急医に連絡を取っている。
その間に代わる代わる、同じ質問を繰り返す。

「どこが痛みますか?」
「お名前と生年月日は?」
「住所は?」

救急車は、現場から程遠い(約10km)離れた総合病院に向かうことになった。
サイレンを鳴らして走ると、周囲の車両が道を譲り、赤信号もスルーして、とにかく速い速い…。

母は別の救急車なので、どんな容態か知る由もなくいたが、隊員の話では「意識はある」とのこと。
私の意識もハッキリとしていて、少し身体の節々が痛かった…が。

急激な身体の「異変」が顕著になってきた!

「トイレに行きたい!」

「異変」の症状は、激しい「尿意」!
爆発的に襲いかかる激しい「尿意」!

「お願い、トイレに行かせてください」

何度も懇願するが、隊員の答えは「No!」。

「内臓破裂の恐れがある、じっとしていて」

「お願い、コンビニに寄って」
「もう少しだから」
「もう無理」
「我慢して」

この繰り返しだった。

「病院に着いたらすぐトイレに行かせて」
「わかった、大丈夫だから」

隊員は時々、思い出したかのように私の腹部を触る。

「どの辺が痛い?」
「触らないで!…漏れちゃうから!」

やがて病院に到着。
看護師たちにバトンタッチして、私を乗せたストレッチャーは院内に滑り込んだ。

「トイレ…すぐにトイレに…」
「大丈夫、少し待って」
「トイレ…」
「はいはい、お名前は?生年月日は?」

また始まる尋問。
事故後、名前、生年月日、住所を何回答えただろうか。
もう…本当に限界を迎えていた。

私は正気を失い狂ったように激しく要求…というより抵抗…ではなく、暴れた!

「トイレに行かせろ!トイレ!トイレ!トイレ!」

看護師はドクターと入れ替わった。

「トイレ!先生、トイレ!」
「お名前は?生年月日は?」
「あーもートイレが先!トイレだ!このヤブ医者!」

彼は一目で「元気」な私を見抜き言った。

「歩けそう?看護師を付けるからトイレに行こう」

やっとストレッチャーから降りることが出来た。
と同時に、ダッシュでトイレマーク🚻を目指した。
ここに搬送された時、いの一番に🚻マークが目に入っていたのだ。

ストレッチャーから飛び降りダッシュ!
内臓破裂している患者の姿ではない。


緊急事態を免れた私は、ようやく従順な患者になった。
あちこち検査して「異常なし」のお墨付きをもらえた。
だが数日後に症状が出ることもあるから、しばらく安静にするようにとのこと。

母は肋骨の骨折。
入院せずに自宅療養するようにと促された。

救急救命室を出た時には、時刻は日付けが変わりそうになっていた。
身体の節々の痛みがあった。
駆け付けてくれた親族の車に乗せられ、ようやく自宅に着いた…が。

「鍵がない!家に入れない!」

私と母の私物は、全て事故車両の中に置いたまま。
大破した車両はレッカー移動された。

途方に暮れ、私は自宅ガレージに座り込んだ。
もう…今夜は…。
一歩も動きたくない…。

レッカー移動先に親族が行ってくれることになり、私だけ自宅ガレージに残った。

もう本当に…一歩も動きたくなかった。
                     続く
几戸姶洛

◉あとがき
軽い気持ちで書き始めましたが、これ、精神的にキツイ記憶の掘り起こし作業でしたー!
でも、続きも頑張って書いていきます。
またここにいらしてくださいね。
療養中の「のー友」さん、お大事にしてください。
早く良くなりますように。


#救急車   #交通事故
#病院   #医師   #看護師
#日航機   #御巣鷹

いいなと思ったら応援しよう!