完璧主義を手放し、劣等感を受け入れると、成長は加速する #19
成長したい―
その思いが強い人ほど、つい高すぎる目標を掲げてしまうことがあります。
そして、その目標に向かって真面目に、愚直に、時にストイックに努力を続ける。
それは「それだけ成長意欲が高い」ということです。
しかし、成長しなければならないことを自分に課しすぎると、いわゆる「完璧主義者」となってしまいます。
そうなると、仮に、思わしく成長できないとなれば、自分で自分を責める自虐状態となり、自分自身を苦しめることにもなってしまいます。

■ 他人軸で自分を見るということ
完璧主義の人は、知らず知らずのうちに「他人軸」で自分を評価しがちです。
周囲と比べてどうか。
理想にどれだけ近づいているか。
その結果、理想に届かない自分を見て、劣等感、自己嫌悪、自暴自棄などに陥ってしまうことがあります。
隣の芝生は青く見えるものです。
ですが、ここにも一つの見方があります。
理想との差に苦しむということは、
「自分の基準が高い」ということでもあります。
つまりそれは、成長のポテンシャルが高い状態とも言えます。

■ 調子が悪い日とは
私の息子は高校時代、柔道の選手でした。
朝は早くから登校して朝練、夜は遅くまで稽古の日々でした。
土日も一日中練習で、休みはほとんどありません。
そんな生活を送る息子に、私はよくこう聞いていました。
「最近の調子はどうだ?」
返ってくる答えは決まっていて、
• 5割が「普通」
• 4割が「調子が悪かった」
• 1割が「調子が良かった」
というものでした。
表情もどこか冴えず、時には投げやりにも見えました。
しかし、事実として息子は、「中学時代に県大会2位」、「関東大会ベスト8」という実績を持っています。
決して「できない選手」ではありません。
ではなぜ、本人はそう感じていたのかです。
それは、進学した高校が全国レベルの強豪校だったからです。
周囲には自分より実力の高い選手がいる。
その環境にいることで、「自分はまだまだだ」と劣等感を持っていたのです。
しかし、ここにも別の見方があります。
その環境にいるということ自体が、「高いレベルで戦えている証拠」でもあります。

■ 見方を変えるだけで、意味は変わる
例えば、息子の言う「調子が悪かった」という4割の日があります。
これを基準に考えてみるとどうなるのかです。
すると、「普通」だった5割の日 が、実は“調子が良い日”となります。
さらに「調子が良かった」1割 が、“絶好調の日”に変わります。
事象は何も変わっていません。
変わったのは、自分自身に対する捉え方だけです。
よく、砂漠で遭難して水が半分になったとき、「もう半分しかない」と捉えるのか、「まだ半分ある」と捉えるこかという問いかけがあります。
同じ状況でも、その後の行動や精神状態は大きく変わります。
ドラッカーもこう述べています。
「コップに「半分入っている」と「半分空である」とは量的には同じである。だが意味はまったく違う。」
そして、この「意味の違い」こそが、次の行動を変え、結果を変えていきます。

■ 無理をしないことは甘えではない
コミュニケーションというと、他人とのやり取りを思い浮かべがちです。
しかし実は、最も影響力が大きいのは「自分とのコミュニケーション」です。
自分を外に出して、「他人としての自分」を見る。
これは「ポジションチェンジ」と呼ばれる考え方です。
「今の自分はどこにいるのか」
「何ができていて、何が課題なのか」
これを冷静に観察することが、成長のスタートになります。
目標に向かって努力することは大切です。
しかし、常に全力で走り続ける必要はありません。
むしろ、疲れている ことは、 「しっかり取り組んだ証拠」であり、ペースが落ちた ことは 「調整できている」と捉えるべきです。
このポジティブ・リフレーミングとも呼ばれる捉え方をすることで、持続可能な成長にもつながります。
車も常にフル回転ではエンジンが焼きつきます。
スピードを出しすぎれば視野が狭くなり、事故を起こします。
余裕を持つことは、遠回りではなく“戦略”です。
■ 完璧主義を、強みに変える
ここで一つ大切なことがあります。
ポジティブとは、「現実から目を逸らすこと」ではありません。
できない自分、自分の劣等感を認めることです。
その上で「ミスはミスとして認める」、「失敗から学ぶ」、「次に活かす」という一連の流れがあって初めて、ポジティブは機能します。
「目標がある限り、劣等感があるのは当然のことだ。」アルフレッド・アドラー
失敗を見ないふりをするのは、ポジティブではなく「ただの楽観」です。
完璧主義は、見方を変えれば「高い基準を持てる強み」です。
だからこそ必要なのは、他人と比べすぎないこと、自分の現在地を正しく見ること、見方を柔軟に変えることです。
自分軸で自分を評価し、ときに他人軸で自分を客観視する。
そして、劣等感さえも「成長の材料」として扱う。
この行き来こそが、成長のプロセスです。
ただ、「どう捉えるか」は選ぶことができます。
その選択が、同じ努力を“苦しさ”にも“成長の実感”にも変えていきます。
