母の日に、娘がくれた39の言葉
昨日は、母の日でしたね。
ドラマがあった家も、いつも通りの時間が流れた家も、それぞれの『母の日』を過ごされたことと思います。
我が家でも、ささやかな、けれど一生忘れられないようなイベントがありました。
中1の娘から、母へのプレゼント。
その舞台裏を少し紹介させてください。
母の日当日。娘は週末恒例のバレエのため、午前中から家を空けていました。夕方まで帰らない娘を待つ間、妻が私に尋ねてきます。
妻「今日はなんの日か知ってる?」
はは〜ん。
なにかを期待している顔だなと思いながら、私はあえてぶっきらぼうに返しました。
私「母の日でしょ?知ってるよ。もしかしたら娘ちゃんが何かくれるかもよ。」
妻「ナポリタン作ってくれるっていってた気がする...!」
私「そうなんだ。それはいいね。」
この冷ややかな対応は、「母の日だからといって過度な期待は禁物だよ」と妻に思い込ませるための、私なりの巧妙な作戦でした。
なぜなら、娘が密かに準備していた「本命の贈り物」を私は知っていたからです。
ことの始まりは先週、ゴールデンウィーク最終日でした。
せっかくの大型連休なのに、娘は「バレエと勉強」の繰り返し。
ゴールデンウィークといえば、毎年、パパは娘と2人で山に登り、その翌日に周辺観光するのが定番でした。実質、2泊3日の旅行が今回はゼロ。
このままでは休みの思い出が机の上だけで終わってしまう。そう思った私は、娘を連れて千葉の銚子まで車を走らせました。
気分転換したかったのは、娘だったのか、はたまた、娘を口実にどこかへ出かけたかったパパだったのか。 その真相はいまだ謎に包まれたままです。
そんな娘が、銚子からの帰路でぽつりと言いました。
「 寄ってほしいところがあるんだよね。今週の母の日、ママに買いたいものがあるんだ。」
この時点では、何を買うかまでは教えてくれませんでした。週末はバレエで埋まっているし、今日じゃないと当日には間に合わないと言います。
それなら、バレエのあとに買いにいけば済む話では?とも思いましたが、そこは深くは突っ込まず、わざわざパパに「寄ってほしい」と切り出した娘の意思を尊重しました。
「まぁ、いいか」
そう思って、自宅に帰るにはだいぶ遠回りになるのですが、私はハンドルを切り、LOFTへと車を走らせました。
LOFT に着いて、娘が手に取ったモノは、一冊の小さなノートブックでした。

「39 のありがとう」
それは、39個の「ありがとう」をひとつひとつ言葉にして贈る、メッセージ型ブックでした。
娘はこの春から中学生になり、慣れない環境や新しいリズムの中で、自分のやるべきことをこなすだけで精一杯な毎日を送っています。
そんな余裕のない日々を、いつも裏で支え、細やかに面倒を見てくれるママの存在を、娘はしっかりと感じとっていました。だからこそ、形に残る言葉を選んだのかもしれません。

「39個も書けるの?」と思わず問いかける私に、「39個ならギリいけるんじゃない?」と娘。
売り場には『100個のメッセージブック』もありましたから、それに比べれば確かにハードルは低いかもしれない。けれど、39個の「具体的」な感謝をひねり出すのは、大人でもなかなか難しいものです。

娘はその他に、ママが喜びそうなプチプラの贈り物を真剣に探していました。しかし、良さそうなものが見つかっても値段が高すぎたりして、これといった決め手に欠ける様子。
でも、パパは知っていました。
ママはお金で買えるモノよりも、この世にひとつしかない手作りの贈り物のほうが、何百倍も喜ぶことを。
だから、私は娘に伝えました。
私「たぶん、このメッセージブックだけで十分だと思うよ。ママは欲しいものがあれば自分で買うわけだし、お店では絶対に買えないプレゼントがひとつあれば、絶対に喜ぶはずだよ。」
娘もその言葉に納得したようで、「じゃ、これにする」とレジに向かいました。
ついでに、このパパの交渉術により、財布の紐を固く守れたことに安堵したのは、ここだけの内緒にしておきましょう。

母の日の前夜。
私は娘にこっそり尋ねました。
私「結局、39個、全部書けたの?」
娘「やばい!まだ19個しか書けてない!だんだん、似たようなメッセージになってきてるんだよね...。」
頭を抱える娘。やはり「具体的な感謝」を39個並べるのは、中1の娘にとっては、なかなかの難問だったようです。
私「それじゃ、残り3つぐらいまでは頑張って書いて、『今後のありがとう』を追加できるように、わざと空欄にしておくとかもアリじゃない?」
苦肉の策のような提案をしてみましたが、娘は少し考えた表情のまま、自分の部屋へと戻っていきました。

母の日、当日の朝。
珍しく娘がいつもより早く起きて、1人でリビングにいることに気がつきました。おかしいなと思い、様子を探りに行ってみると勉強用の照明をつけて、ハリーポッターの不死鳥の騎士団、二巡目を読んでいました。
えっ、本!? メッセージブックは!?

娘は、午前10時過ぎからバレエの習い事で、15時半過ぎまで帰ってこない。
結局、あのメッセージブックは完成したのだろうか。渡す準備はできているのか。当事者である娘よりも、私の方がそわそわと不安になってきました。
午後15時半。ようやく娘がバレエから帰宅しました。
今夜の夕飯は外食。17時には家を出る予定であることを告げると、娘はこのままではプレゼントを渡す機会を逸してしまうと判断したのかもしれない。
少し落ち着いた頃、「さもありげ」な様子で、お腹の中に何かを隠してこちらへ向かってくるのが見えました。

唐突すぎる瞬間に、パパは焦る。
もしかして今なのか?
やっぱり朝の早起き行動は怪しすぎると思っていたけど、その時に完成させていたのか!
まずい、急いで2階にミラーレスカメラを取りに行かなければ! いや、待て。
今このタイミングでカメラを構えたりしたら、サプライズが台無しになる。一瞬で気づかれてしまう。
なので、私はあたかもスマホに夢中になって、note を書いているかのようなフリを演じました。iPhoneの録画ボタンの音が漏れないように、こっそりと録画開始。
娘「ママ、はい」
妻「サンキューだって。すごぉい!」

勘のいい妻は母の日のプレゼントであることはすぐに気づきましたが、まだ中身を見ていません。
「ちょっとしたノートをくれたのかな」くらいの軽い気持ちで、そのまま家事を続けようとページをパラリと覗きました。
その瞬間、妻の動きが止まりました。
え!?ウッソーーー!!
声から察するに、ママの涙腺はいまにも崩壊しそうだった。
いっぱい書いてあるー!!

そこに、さらに追い打ちをかけるような質問を投げかける私。
私「え?何が書いてあるの?」
しばらく立ち止まり、そのメッセージのひとつひとつを読み耽るママ。
半分ほど読み終えたところで、感極まったママは、ゆっくりと娘の方へ近づいていきました。向かう先は、パパが座っている位置からは廊下の陰に隠れて見えなくなる場所。
ここで引き下がるわけにはいかない。「敏腕パパカメラマン」の私は、身軽に立ち上がり、音を立てずに後を追いかけました。
そして、壁から iPhoneだけをひょっこり出して録画を継続。
そこには、ママと娘が強く抱き合い、ママが大号泣している姿がありました。
娘は、泣きじゃくるママの背中を、優しく「サスサス」とさすってあげていました。
ウッドブラインドから漏れる光の筋が、その光景をスポットライトのように照らし、より感動的なものにしていました。

ママと娘の抱擁は、30秒以上も続きました。
ようやく娘から離れたとき、娘もまた、自分の頬を濡らす涙を拭っていました。それが娘自身の涙だったのか、それとも寄り添ったママの涙が移っただけだったのか。
カメラ越しでは判別ができなかったけれど、二人の間に流れる空気だけで、もう十分すぎるほど伝わってくるものがありました。
ママは階段に腰を落ち着かせて、また泣きながら続きを読み始めました。

後半になるにつれ、「料理を作ってくれてありがとう」といった日常的な感謝から、特定のイベントや出来事に対するピンポイントなメッセージが増えていきます。
感情が高まるにつれ、めくるスピードも自然と上がっていきました。

そして、ついに迎えた最後のページ。
39番目のありがとう。

そうきたか!!
心の中で叫ばずにはいられませんでした。
場の空気や話の流れを読むのが苦手で、人のために何かを企画したり、誰かを喜ばせようという「思いやり」が不足しているようにみえていた娘が、まさかこんなストーリー性のあるラストを用意していたなんて!
娘自身の誕生をママへの最大の感謝として届けるまでに成長していたなんて、妻にとっても私にとっても全くの予想外でした。
これは、幼稚園や小学校時代に先生に言われるがまま書かされた言葉ではありません。ましてや、AIが生成した借り物の言葉でもない。
娘が、自分の心で見つけた言葉。
中学生になり、慣れない新生活に揉まれながらも、娘の心は私たちが思う以上に、ずっと豊かに、そして優しく育っていた。
その事実を心の底から感じ取ることができた、それだけで十分すぎるほど素敵な母の日となりました。
ママは「宝物がまたひとつ増えた。みんなに自慢しよう。」と喜んでいました。
「私が死ぬ時は、このメッセージブックを一緒に棺桶に入れてね」とも言ってました。それほどまでにママにとっては大切な贈り物となったようです。
いつか来るその大役は、このメッセージを綴った娘本人に託そうかなと思っています。
娘ちゃん。こちらこそ...

