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「近所付き合いの“理不尽”に負けないために。私が木を切った日」




ご近所付き合いというのは、若いころよりも、50代・60代になってからのほうが、ある意味ずっと重たく感じるものだと思います。
距離を置きたい相手でも、家が近いというだけで生活が交差する。避けようとしても避けきれない場面が必ず出てくる——今回の出来事は、まさにその典型でした。

私の家の近くに、ひとつ細い路地があります。
そこは我が家が“必ず通らないといけない道”なのですが、あるお宅の木が長いあいだ道路にはみ出し、車の側面に細かい傷が何度もつくようになっていました。

最初は「お願いすればきっと切ってくれるだろう」と思っていました。
ところが、何度伝えても切ってくれず、こちらの声は完全に無視。とうとう内容証明で「何日までに切ってください」と正式に文書を送るところまで追い込まれました。

ところが返ってきた返事は、驚くしかありません。
「勝手に切ったら、こちらから訴えます」

——正直、目の前が暗くなるようでした。

近所で暮らす以上、気持ちよく過ごしたいだけなのに。
迷惑をかけている事実が目に見えているのに。
それでもこちらを無視し、あまつさえ逆ギレのような返答をしてくる人がいる——その現実に心がざわざわし、どうしていいかわからなくなりました。

とはいえ、生活は続きます。あの路地を通らないわけにはいかない。
意を決して、弁護士の先生に相談しました。

そこで見せてもらったのが、民法233条3項1。
道路にはみ出している枝について、適切な期限を示して切除を求めたにもかかわらず相手が応じない場合、こちらが切除しても問題ないと明記されている法律です。

先生ははっきり言いました。
「あなたは100%悪くありません。期限も過ぎているので、切っても大丈夫です」

その言葉は、まさに背中を押してくれました。

そして今日。
主人と二人で、その木を切りました。

切り終わった瞬間、胸の底からスーッと何かが抜けていくような感覚がありました。
この一年でいちばんすっきりしたと言っても過言ではありません。

もちろん、木を切っただけで、すべてが解決したわけではありません。
近所付き合いには、いろいろな感情や力関係、常識のズレが絡み合っているものです。
「どうして他人に迷惑をかけて平気でいられるのか」
「すぐ近くに住んでいるのに、なぜあんな態度がとれるのか」

そう思わずにはいられません。

けれども今回、私ははっきり学びました。

理不尽に屈しないためには、「正しく知ること」そして「堂々と行動すること」が欠かせない。

理不尽に強い人がいるわけではありません。
正しいルールを知っている人、相談するべき相手を知っている人——
つまり、“味方”を増やせる人が、最終的に強くなれるのだと思います。

あの日、弁護士の先生に相談しなければ、私は今もモヤモヤしたまま、毎日傷だらけの車を見てため息をついていたでしょう。

近所の問題は、身内や友人には言いにくいものです。
でも、言いにくいからこそ、専門家の言葉は心を支えてくれます。

今回のことで気づいたのは、
「法的な正しさ」には、自分を守り、安心して暮らすための力があるということ。

50代・60代になると、我慢する癖がついている人が多いです。
「言ったところで…」「角が立つし…」
そう思って本音を飲み込むことも多いでしょう。

でも、本当に困っているなら、一歩踏み出してもいい。
大人だからこそ、丁寧に、でも確実に、正しく問題を解決していく道があるのだと今回知りました。

そして何より、
すっきりするという感覚は、自分で自分を守った人にだけ訪れるものなんだ
と強く思いました。

同じように、近所の理不尽で悩んでいる方がいたら、
どうか一人で抱え込まずに、適切な手段を取ってほしい。

私の経験が、どこかで誰かの心を軽くできますように。



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