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3年前に小説を書いたときに考えていたこと

さて、たまには自作について振り返りみたいなことをしてみたい。今日気がついたのだが、3年前に僕が初めて書いた長編小説『チーム・オルタナティブの冒険』がKindle Unlimitedで読めるようになっていた。僕の批評は読んでいるけれど、小説は未読という読者は結構いると思うのだけど、このサービスを利用している人なら実質0円で読めるので、ぜひとも読んでみて欲しい(期間限定らしいので、お早めに)。

これは『庭の話』の前半と並行して連載していたので、小説版『庭の話』のような内容になっている(と3年経って考えるとつくづく思う)。内容的には高校生の男子が語り手のジュブナイルで、地方の進学校の生徒にありがちな自意識を書きたいな……と思って書いていた。当時(高校生の頃)の自分はこんなことを考えていたな……とか思い出しながら、楽しく書いていたのだけれど、普段こうして自分の考えていることを「そのまま」書いている分、架空の人物(登場人物)の架空の考えを書くのが意外なほどに難しくて、ものすごく苦戦したのを覚えている。ただ、この経験が『庭の話』や『ラーメンと瞑想』を書くときにかなり活きたと思う。

内容的には、地方都市の進学校に通う主人公の少年が、自殺した恩師の葬儀に参列している……というシーンからはじまる。彼は多くのティーンがそうであるように自意識過剰で、プライドが高く、自分の劣等感や寂しさにも自覚的じゃない。この少年らしい少年に、『母性のディストピア』の作者として、どのような「成熟」像を与えるのか、ということになる。

作者本人の弁なので、まあ、あくまで読解の「参考」程度にして欲しいのだけれど、つまりこの本は要するに僕なりの「成熟」をめぐる問いへの回答のつもりで書いていたのだ。三宅さんが当時この本を読んで「宇野さんって本当に氷室冴子と吉田秋生が好きだよね」的な感想を書いていてさすがに「よく分かっているじゃないか」と感心したのだけど、要するに僕は『河よりも長くゆるやかに』生きられないタイプの人間がどうしたらいいのか、ということを考えながら書いていたのだ。

吉田秋生は少なくとも『BANANA FISH』から『イヴの眠り』までは、河口近くの「ゆるやかな」流れに至る生き方を信じられずに、上流の澄んだ、急流のような生き方(アッシュ・リンクス的なもの)に傾いていったはずだった。当時の僕はその選択に反発したのだけど、吉田が『海街diary』で「河口」から「海」に出てしまったときに、それはそれで違和感を覚えたのだ。

つまり現代において「長くゆるやかに」河口に至る回路はなかなか機能しない。それがよく分かる吉田は上流の澄んだ急流に傷ついた魂を、一気に「海」にショートカットして「癒す」方向に傾いたのだと思う。「海」はすべてを包み込むのだが、河口近くの「長く緩やかな」下流では視認できた流木とか、ゴミとか、そういった「雑な」ものが広い海に飲み込まれると見えなくなるのだ(要するに『海街diary』に窮屈さを感じていたのだ)。

吉田秋生の話になってしまったけれど、要するに僕なりに「河口」の話をーーもちろん吉田とは前提となる時代が違うので、別の形でーー書こうと考えたのだ。そしてその結果が、(既読の読者に向けて言えば)あの「終盤」の展開なのだ。

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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