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断り方に正解があるらしい―根っこからの景色⑦

今日
問ノ森で
またひとつ問いを拾った🌳

きっかけは
ある人の話を聞いていた時のこと。

オフ会のような場で
欠席を伝える時

わざわざ細かい理由まで
説明する人がいるという話だった。

その人はもともと
さっぱりした
男前な考え方をする人で

「何を言うかより
何を言わないかも大事。」

そんな話をしていた。

主催側は忙しい。

そこへ長々と
欠席する事情を伝えられても

「あぁ、そうですか。」

くらいのもので

「欠席します。」

それだけで
十分伝わるという。

自分を正当化するために
細かい事情を伝えたり

事情を汲み取ってほしいと
相手に求めたりする必要はない。

そんな話を聞きながら

わたしは
なんとなく
モヤっとしていた🤣

たぶん

わたしが
真逆のタイプやから。

わたしは
理由を説明する側の人。

もちろん

そこにはわたしにも

自分を正当化したい気持ちが
少なからず
あるんやと思う。

悪く思われたくないとか
事情があったことを
知ってほしいとか。

「ちゃんと理由があったんよ。」

そんなことを
伝えておきたい気持ちも
出てくるんやろな。

それは
もしかしたら

わたしにとって
今後の課題になること
かもしれへん。

でも

それだけなんやろうか。

例えば
わたしが主催する側で

楽しみにしていた人から

「用事ができたので
欠席します。」

とだけ届いたら

用件としては
何ひとつ足りていないものはない。

欠席する。

ちゃんと
伝わっている。

でもわたしは

少しだけ
冷たく感じるかもしれない。

「行きたかったけど
急な用事ができてしまって…」

「どうしても
時間の都合がつかなくなって…」

そんな一言が
添えられていたら

そこに

その人の気持ちを
感じることがある。

欠席するという
情報には必要のない言葉。

でも

人と人との間には

その言葉があることで
キラリと光るものが
あるような気がする。

もちろん

「そこまで説明せんでも
ええのにな。」

と思う人がいてもいい。

反対に

「なんか水臭いな。」

と感じる人がいてもいい。

どちらも

その人が
その人の景色から
感じたことなんやと思う。

そして
そこで終わればいい。

「この人は
こういう伝え方をする人なんやな。」

それを知って

心地良く巡れる人とは
また巡っていく。

少し違うなと思えば
自然と境界線ができることもある。

それもきっと
お互い様なんやと思う。

理由を伝える人を
重たいと感じる人もいる。

用件だけを伝える人を
冷たいと感じる人もいる。

どちらが正しいというより

そんな小さな違いからも

わたしたちは
自分に合う人との巡り方を
知っていくのかもしれない。

そして
もうひとつ思った。

理由を伝えることと
理解を求めることは

本当に
同じなんやろうか。

事情を話すことと
自分を正当化することも

似ているようで
同じではないのかもしれない。

言わなくても
用件は伝わる。

だから
いらない。

そう考えることもできる。

でも

伝えなくてもいい言葉だからこそ

そこに
その人らしさや

人と人との間にある
何かが宿ることもある。

伝えなくてもいい言葉は

本当に
「いらない言葉」
なんやろうか。

今日もまた
問ノ森で

ひとつ問いが
光った🌳✨

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