場所を変えても変わらない景色―根っこからの景色⑬
「移動距離が大きいほど
人生も大きく動く」
そんな話を
何度か見聞きしたことがある。
知らない場所へ行く。
いつもとは違う人に会う。
違う環境に
自分を置いてみる。
たしかに
場所を変えれば
出逢う人も変わるし
今まで知らなかった景色に
出逢うこともある。
だから以前のわたしは
「もっと外へ出た方が
いいんやろうな」
「もっと人に会わな」
「動かないと
何も変わらへんのかもしれない」
そんなふうに
思っていた時期があった。
でも
やろうとすると
なんかしんどい。
できない自分に
燻ることもあった。
わたしは
外へ外へと
動いていくより
内へ内へと
潜っていく方が
エネルギーが
溜まっていく人だった。
そんな自分の巡り方が
少しずつ見えてきた頃
ふと
思った。
場所を変えることだけが
景色を変える方法
なんやろうか。
同じ場所でも
同じ景色とは限らない。
見ようとしたら。
同じ人でも
同じ人とは限らない。
見ようとしたら。
同じ環境でも
同じ環境とは限らない。
見ようとしたら。
昨日と同じ場所にいて
昨日と同じ人と話して
昨日とそれほど変わらない
暮らしをしていても
わたしの見る位置が
ひとつ動くだけで
今まで見えていなかったものが
見えることがある。
反対に
どれだけ遠くへ行っても
どれだけ新しい人に
出逢っても
見る位置が
ずっと同じなら
場所は変わっても
同じ景色を
見続けることだって
あるのかもしれない。
外へ巡ることで
景色が変わる人もいる。
内へ巡ることで
景色が変わる人もいる。
どちらが正しいとか
どちらの方が
大きく動いているとか
そんな話では
ないんやと思う。
ただ
わたしは
場所を動かすより
見る場所を動かす方が
先だった。
ひとつの出来事を
何度も眺める。
違和感を拾う。
問いを置く。
自分が出した答えを
また疑ってみる。
そうやって
身体は
同じ場所にいるのに
内側では
ずいぶん遠くまで
巡っていた。
昔のわたしは
そんな自分を見て
「動けていない」と
思っていたけれど
今は
ずっと
動いていたんやなと思う。
動いていたのは
身体の現在地ではなく
景色を見る
わたしの位置だった。
「見えているものが
全てではない」
という
その言葉も
まだ見えていない
何かがある
という意味だけでは
なかったのかもしれない。
今
目の前に見えている景色にも
見る場所を変えれば
まだ違う景色が
あるのかもしれない。
場所を変えなくても
景色は変わる。
そして
場所を変えても
景色が変わらないこともある。
ならば今日も
どこへ行くかの前に
「わたしは今
どこから見ている?」
そんな問いと
巡ってみようと思う🌱
今日も
問いが光った🌳✨
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